王太子妃になりそこねた公爵令嬢は、我儘をつき通す

『また後で』と約束したはずなのに、アリスさんは放課後クラリッサのところに来なかった。
わざわざ特進クラスまで覗きに行ったのだが、アリスさんの姿はどこにもない。

「どういうことですの!?」

ぷんぷんしながらクラリッサは家へ帰った。

そして翌日。
クラリッサは昨日と同じようにお昼の鐘が鳴ると同時に教室を飛び出そうとしたが、お友達に声を掛けられてしまった。その間にアリスさんの姿は特進クラスから消えていた。
その放課後。
午後の授業を終えてすぐに特進クラスへ向かったが、いない。
さらに翌日。
タイミング悪く授業の終わりが少し長引いた。アリスさんの姿はない。
そのまた放課後。
特進クラスで待ち構えてもアリスさんが戻ってこない。
教室にいた生徒に聞いたところ、アリスさんは選択科目の授業を終えると、特進クラスの教室に戻らず、そのまま帰っているらしい。これでは放課後に捕まえることはできない。

(……困りましたわ)

このままでは普段の授業まで身が入らなくなってしまう。
十位どころか今の成績だって維持できなくなってしまうかもしれない。

クラリッサは考えた。

お昼まであとわずか。時計の針が刻々と進んでいく。
この時間なら確実にアリスさんは隣の特進クラスの教室にいるはずだ。

「先生」

ビシッと手を挙げた。

「……どうしました?」
「具合が悪いです」
「……クラリッサさん、本当に?」
「はい!本当です」

疑わしそうな視線を受けても負けるわけにはいかない。
じっと先生の目を見つめ返す。
大きなため息を吐かれた。

「……医務室に行くことを許可します」
「ありがとうございます!!」

クラリッサはお弁当片手に、教室を飛び出した。


* * *


「見つけましたわ!!」

アリステアは学園の奥にある東屋で、弁当を広げようとしているところだった。

振り返らなくても分かる。あの公爵令嬢だ。

「いつもここにいらっしゃったのね?」

最悪だ。
完璧に逃げ切れたと思ったのに、何故いる。

「信じられませんわ。授業が終わる前に教室から出ているなんて!!」
「いえ、終わったと同時に出ました」
「まぁ!嘘ですわ。わたくしこの目で見ましたもの」

……それは、つまり?

「わたくしはきちんと先生に許可を取ってます」
「……さすが、公爵令嬢ですね」

こちらは教師の目をなんとか掠めながら教室から脱出しているというのに。

「何を仰ってますの?体調不良と偽りましたのよ。公爵令嬢らしくもなく嘘をついてしまいましたわ」

ジロリと睨まれた。
けれどアリステアには関係ない。そっちが勝手に嘘をついただけだ。

「でも、素敵なところですわね」

公爵令嬢はアリステアの機嫌など気にもせず向かいの椅子に座り、辺りをくるりと見渡して、にっこりと笑った。

「ネモフィラに……あら?あのチューリップ?見たことない品種ですわね」

公爵令嬢がとことこと花壇の方に向かう。
アリステアに背中を向けている状況だ。

……この隙に。

「どこに行かれるんですの?」

気づくのが早い。
ぐっと腕を掴まれた。
諦める気は無いらしい。

「……貴女のいらっしゃらないところに」

にっこりと微笑んで見せれば、公爵令嬢の唇が尖った。

「約束しましたでしょ?」
「……してません」

ぐいっと公爵令嬢がアリステアの方に体を乗り出してくる。

「どうして?何が気に入りませんの?」
「時間の無駄です」
「無駄って……ちゃんとお礼はするわ」
「そういう問題ではありません」
「……」

これだけ言っても、公爵令嬢の手がアリステアの腕から離れない。
格上のしかも令嬢相手に振り払うわけにもいかず、何とか言葉で理解してもらうしかない。

「あのですね、誰も彼もが貴女を甘やかすと思ったら大間違いです」
「……甘やかす?」

不思議そうに首を傾げている。

「ええ、貴女の我儘に付き合えない、と言ってるのです」
「……わがまま」

公爵令嬢の目が揺れている。

「……わたくし、わがままですの?」

大きな目が縋るようにアリステアを見た。
だが、アリステアはそれをバッサリと切った。

「ええ、我儘です」

ぱたりと手が離れた。

そして、ふらふらと公爵令嬢は歩き出した。

(……あ)

アリステアはちらりと東屋の方を見る。
ピンクのお弁当箱がテーブルの上に残されたまま。
声を掛けようかとも思ったが、戻ってこられても困るので、見なかったことにした。


* * *


(わがまま……わがまま……)

クラリッサの脳内でぐるぐるとその言葉が回る。
午後の授業の間も、お友達に声を掛けられても、ずっとそればかりが回っていた。
そうして、気づけば馬車に揺られ、公爵邸にいた。

「ねぇ、マリア。わたくしって、わがままですの!?」

すぐそばにいた侍女に声を掛ける。
ビクッと体を揺らした侍女の視線が、つつつーと斜め上に動いてから。

「まさか!そんな失礼なことをどなたが?」

マリアは嘘が下手なのだ。これは、もう確定。

(嘘でしょう!!わたくしわがままでしたの?……そんな!!)

クラリッサは助けを求めて、お母様の部屋へと飛び出した。