王太子妃になりそこねた公爵令嬢は、我儘をつき通す

涙を見たあの日から、一週間が経過した。
暦は十二月。コートが手放せなくなった。

それなのに。

「もうすぐ冬休みですわ。アリスさんは領地に帰りますの?」

なぜか公爵令嬢が東屋にいる。
アリステアと今も一緒に昼を食べている。

「いや、冬は帰らない。夏だけだ」
「そうですの」

静かな、静かな東屋に、ふたりの声だけが響く。
彼女の吐いた息が白く染まった。

「寒くないのか?」
「寒いですわ……」

コートを着ていても指先が冷えるだろう。
一時期はサンドイッチではなかったのだが、片手で食べられる方が楽なのか、またサンドイッチに戻っていた。
そうまでしてアリステアと、いや、東屋で昼を過ごす理由が分からない。

「いいかげん、室内でとったらどうだ?」
「……アリスさんも食堂に行かれます?」
「いや、俺は毎年ここだ」
「……寒くありませんの?」
「だから誰も来ない」

そう返せば、むぅっと唇を尖らす。
何が不満なのか。アリステアが人を苦手としていることは知っているはずだ。

「マフラーを作ってさしあげましょうか?」
「は?」

口の中に物が入っていたことも忘れて、声をあげてしまった。
慌てて口を閉じた。

「わたくし編み物は得意ですの。淑女教育は完璧ですのよ」
「……」
「もしかして疑ってますの?ついでにハンカチに刺繍もしましょうか?」

得意げに笑っているが、淑女教育が完璧と言うならまずは異性に対する接し方から改めるべきではないだろうか?

(……まぁ、向こうはこっちを異性として見てないしな)

好都合と思えばいいのか、アリステアにも分からない。

「何色のマフラーがよろしいですの?黒……ん~でもそれだと面白くないですわね……」

ローズピンクの瞳が見定めるように細められた。
このままだと本気で編んできそうで怖い。

「要らない」

はっきりと断ると、むぅっとまた唇が尖った。

「勉強するより全然簡単なんですのよ?」
「……それでも要らない」
「……そうですの」

今度はしゅんと項垂れた。
なぜそこまで残念そうにされなくてはならないのか。
胸は痛むが、こればかりは頷くわけにはいかない。
ただの『先生』……いや、今となってはなんなのか?
昼休みを一緒に過ごすだけの関係性で、手作りなどあってはならない。

「ところで、卒業後のことは決めたのか?」

アリステアは敢えて話題を変えた。
すると彼女はさきほどの話をすぐに忘れて、きらりと瞳をきらめかせる。

「そう!そうなんですの!!」
「……」

あの泣いた日の翌日、彼女は唐突に自身の進路について騒ぎ始めた。

――どうしましょう?わたくし何も考えていませんでしたわ!

アリステアにしてみれば、今更だが、そういうところも彼女らしいと思ってしまうようになっていた。

――仕事をするつもりだったのか?

高位貴族の令嬢が外で働くことは、ほとんどない。
だが、彼女はその慣例に従うつもりはないようだった。

――家にいるだけなんて、退屈ですわ

公爵夫人にもそのまま伝えて怒られたらしい。
貴族家の夫人を舐めてはいけない。忙しいのである。

――お母様のお手伝いをするというのも悪くはないとは思うのですけれど……

言いながら顔には『嫌だ』と書いてあって笑えた。
家に落ち着きたくないらしく、彼女は悩んでいた。
だが、もうどこも募集を締め切っている。
公爵家のコネを使えばいくらでも滑り込めそうだが、彼女はそれを望まない。

だからこそ、困っていたのだ。
それに決着がついたらしい。

「わたくし、家庭教師になろうと思いますの!!」

キラキラとした瞳が、アリステアを見る。
どうだと言わんばかりだが、こちらとしてはなんとも言い難い。

「……どうして、そうなった?」
「わたくし、いろいろ考えたんですのよ」

両腕を組んで、わざとらしく人差し指を唇に当てて。
可愛いとかはどうでもいい。

「……で?」
「わたくしの得意なことと言えば、やっぱり礼法だと思いますの」
「まぁそうだな」
「これだけはアリスさんにも勝ってますし、つまりこれを活かすべきだと」

ある意味間違ってはいない。
彼女にしては意外と論理的だとさえ思ってしまった。

「ですから、学園に入る前の淑女たちの教育係、つまり家庭教師ならできるんじゃないかと」
「……」
「分かってますわ。そんな簡単な話ではないって。できるなんて軽々しく言ってはならないって」

ローズピンクの瞳がまっすぐにアリステアを見つめる。
力強かったそれが、やわらかな光を帯びた。

「でも、家庭教師って浮かんだ瞬間に、これだって思ったんですの」

眩しいな、と思う。
彼女はいつだって、眩しい。

迷いがなくて、どこまでも真っすぐで。

「わたくし、アリスさんのような先生になりたいんです」

その声がアリステアの胸を突く。
不意に泣きたい気持ちになった。

――先生

そう呼ばれて嬉しいのか、悔しいのか。
自分の中の感情が分からない。
それでも。

「そうか」

彼女がまた前を向くのが、どうしようもなく嬉しかった。