(アリスさん……遅いですわ)
クラリッサはいつものようにサンドイッチを食べながら、数学の問題を解いていた。
専用のノートにはアリスさんの文字がびっしりと書かれている。
クラリッサの質問に対する答えだ。
(ふふ、アリスさんの字)
流れるような文字だけれど、読みやすくて綺麗だ。
クラリッサのちょっと子供っぽい字とは違って羨ましい。
これを見るだけでやる気が出る。
数学と政治学の勉強も以前ほど嫌いではない。
アリスさんの文字を追いかけるようにして問題を解いていると、カタと音がした。
「アリスさん!」
アリスさんがお弁当をテーブルに置いた音だった。
「……邪魔したか?」
「いいえ……それより、何かあったんですの?」
「ああ……進路の件で呼ばれていた」
疲れたのか、ふぅとため息を吐いている。
「……そう言えば、どうなったんですの?図書館資料室?」
「……覚えてたのか?」
「忘れませんわ。アリスさんの進路先ですもの」
「……そうか」
「あの……アリスさんですもの、受かってますわよね?」
「……ああ」
落ちてはいないと思いつつも、万が一落ちていたらと不安になりながら訊けば、短い言葉で肯定が返ってくる。
(……というか、どうして教えてくださいませんの?)
クラリッサは、もやっとする。
つい不満で口を尖らせてしまう。
「……怒ってるのか?」
「ええ、教えてくださらなかったから」
「……どうでもいいだろう?」
「アリスさんはわたくしのことをどうでもいいとお思いかもしれませんが」
「いや、そうではなくて」
「……?」
「俺の進路など」
「どうでもいいわけありません。アリスさんの進路ですわ。わたくしの大事な先生ですのよ」
「……そう、だったな」
髪に隠れて見えない目元。
けれど、アリスさんが困ったように笑っている気がした。
「……ごめんなさい。またわたくしわがままを……」
「違う。今のは俺が悪かった」
「……そうですの?」
「ああ。気にかけてくれてありがとう」
見てはいけないのに、アリスさんの顔が見たいと思った。
今、どんな顔をしているのか知りたいと、思ってしまった。
(いけないですわ。わがままは厳禁です)
* * *
公爵令嬢が目の前で真剣に問題を解いている。
髪を束ねているリボンは、今日は青。
昨日は紫。交互に変えている。
しかも比べた時とは違う、より彼女に似合っている繊細で愛らしいリボンだ。
(……はぁ)
ひとつひとつが、いちいち胸を突く。
さっきの進路の話だってそうだ。
受かったという結果を伝えていなかっただけで、怒って。
尖る唇の、その我儘を可愛いと思ってしまう。
――大事な先生ですのよ
けれどアリステアは先生だ。
彼女が気にかけてくれるのは、先生の進路を知りたいだけ。
これは恩義みたいなもの。
「アリスさん、ここは?」
ふっと顔が上がり、アリステアを見る。
ローズピンクの瞳がまっすぐに向けられる。
前髪があって良かったと思う。
この鬱陶しいほどに伸ばした髪が、彼女を遮ってくれる。
「……相変わらず代入がおかしい」
「入れる前に気づきましたのよ?」
「……そうか」
「あとは正解が探せるようになるだけですわ」
得意げに笑う。
どんな時でもまっすぐで、揺らぐことのない明るさ。
彼女は十位になったら、どうしたいのだろう?
王太子妃にこだわっていないと言っていた。
それなら。
十位のその先は?
「アリスさん?」
「いや……ん?そっちも違うぞ」
「え?……あぁ、やっぱり数学は分かりませんわ」
もう嫌だとばかりにテーブルへと突っ伏す彼女に、アリステアは何も言えない。
彼女が求めたことだけに応えるべきで、手を伸ばして撫でたいという衝動などあってはならない。
そっと視線を外そうとしたところで、彼女がゆっくりと起き上がった。
「とりあえず、先ほどのところから教えてくださいません?」
「ああ……分かった」
とんとん、といつものように正しい場所を示す。
そうすると彼女はその数式を見つめる。
(……気をつけないとな)
アリステアはテーブルの下でぐっと拳を握りしめた。
クラリッサはいつものようにサンドイッチを食べながら、数学の問題を解いていた。
専用のノートにはアリスさんの文字がびっしりと書かれている。
クラリッサの質問に対する答えだ。
(ふふ、アリスさんの字)
流れるような文字だけれど、読みやすくて綺麗だ。
クラリッサのちょっと子供っぽい字とは違って羨ましい。
これを見るだけでやる気が出る。
数学と政治学の勉強も以前ほど嫌いではない。
アリスさんの文字を追いかけるようにして問題を解いていると、カタと音がした。
「アリスさん!」
アリスさんがお弁当をテーブルに置いた音だった。
「……邪魔したか?」
「いいえ……それより、何かあったんですの?」
「ああ……進路の件で呼ばれていた」
疲れたのか、ふぅとため息を吐いている。
「……そう言えば、どうなったんですの?図書館資料室?」
「……覚えてたのか?」
「忘れませんわ。アリスさんの進路先ですもの」
「……そうか」
「あの……アリスさんですもの、受かってますわよね?」
「……ああ」
落ちてはいないと思いつつも、万が一落ちていたらと不安になりながら訊けば、短い言葉で肯定が返ってくる。
(……というか、どうして教えてくださいませんの?)
クラリッサは、もやっとする。
つい不満で口を尖らせてしまう。
「……怒ってるのか?」
「ええ、教えてくださらなかったから」
「……どうでもいいだろう?」
「アリスさんはわたくしのことをどうでもいいとお思いかもしれませんが」
「いや、そうではなくて」
「……?」
「俺の進路など」
「どうでもいいわけありません。アリスさんの進路ですわ。わたくしの大事な先生ですのよ」
「……そう、だったな」
髪に隠れて見えない目元。
けれど、アリスさんが困ったように笑っている気がした。
「……ごめんなさい。またわたくしわがままを……」
「違う。今のは俺が悪かった」
「……そうですの?」
「ああ。気にかけてくれてありがとう」
見てはいけないのに、アリスさんの顔が見たいと思った。
今、どんな顔をしているのか知りたいと、思ってしまった。
(いけないですわ。わがままは厳禁です)
* * *
公爵令嬢が目の前で真剣に問題を解いている。
髪を束ねているリボンは、今日は青。
昨日は紫。交互に変えている。
しかも比べた時とは違う、より彼女に似合っている繊細で愛らしいリボンだ。
(……はぁ)
ひとつひとつが、いちいち胸を突く。
さっきの進路の話だってそうだ。
受かったという結果を伝えていなかっただけで、怒って。
尖る唇の、その我儘を可愛いと思ってしまう。
――大事な先生ですのよ
けれどアリステアは先生だ。
彼女が気にかけてくれるのは、先生の進路を知りたいだけ。
これは恩義みたいなもの。
「アリスさん、ここは?」
ふっと顔が上がり、アリステアを見る。
ローズピンクの瞳がまっすぐに向けられる。
前髪があって良かったと思う。
この鬱陶しいほどに伸ばした髪が、彼女を遮ってくれる。
「……相変わらず代入がおかしい」
「入れる前に気づきましたのよ?」
「……そうか」
「あとは正解が探せるようになるだけですわ」
得意げに笑う。
どんな時でもまっすぐで、揺らぐことのない明るさ。
彼女は十位になったら、どうしたいのだろう?
王太子妃にこだわっていないと言っていた。
それなら。
十位のその先は?
「アリスさん?」
「いや……ん?そっちも違うぞ」
「え?……あぁ、やっぱり数学は分かりませんわ」
もう嫌だとばかりにテーブルへと突っ伏す彼女に、アリステアは何も言えない。
彼女が求めたことだけに応えるべきで、手を伸ばして撫でたいという衝動などあってはならない。
そっと視線を外そうとしたところで、彼女がゆっくりと起き上がった。
「とりあえず、先ほどのところから教えてくださいません?」
「ああ……分かった」
とんとん、といつものように正しい場所を示す。
そうすると彼女はその数式を見つめる。
(……気をつけないとな)
アリステアはテーブルの下でぐっと拳を握りしめた。
