王太子妃になりそこねた公爵令嬢は、我儘をつき通す

「アリスさん、どっちが似合います?」

公爵令嬢は非常に上機嫌である。
青と紫のリボンを交互にピンクブロンドの髪に当てて、無邪気に訊いてくる。

「どっち……」
「はい、どっちがいいですか?青?紫?」
「……」
「アリスさん?」

――お兄様、どうしていつもどっちか決めて下さらないのです?わたくしはどっちがいいか訊いているんです!!

ソフィアの声が蘇る。
しかしどっちも似合っているのだから、どっちもとしかアリステアには返せない。

「……どっちも」
「え?」
「どちらも良く似合っている」

仕方なく素直に答えると、公爵令嬢の表情がぱあっと明るくなった。

「どっちも似合っているんですの?」
「え?……あ、あぁ」
「そうなのですね!嬉しいです」

(……そうか。公爵令嬢はソフィーとは違うのか)

当然と言えば当然だが、どこか勢いの強い二人を勝手に重ねてしまっていた。安堵したアリステアは思ったことをそのまま伝える。

「青は綺麗だし、紫は少し可愛らしさもあってとてもいいと思う」
「……あ、ありがとうございます!!」

ふわりと笑顔が広がった。


* * *


(……綺麗……可愛らしい)

リボンへの返答なのに、なんだかとっても嬉しい。
それにアリスさんの声は心地よい。
聞き取りやすくて、耳によく残る。

「ふふ」

ノートをめくる手に勢いが出てしまう。
明日からは交互に青と紫のリボンをしようかしら。
でもこれはお母様のリボンだから、今度のお休みの日にリボンを買いに出かけましょう。

「……手が止まっている」
「う……ごめんなさい」

うきうきしていたのを瞬時に見抜かれた。
クラリッサは改めてノートに向き合う。
夏休みの間に地理と歴史はだいぶ進んだ。
問題の数学と政治学は……

(あ!)

クラリッサは鞄の中から数学と政治学のノートを取り出す。
アリスさんに訊きたいことをいっぱいメモしてあったのだ。
すっかり忘れていた。

「あの、これ、分からなかったところなんですけど……」

ノートを広げて見せると、アリスさんが覗き込んできた。
ふわりと髪が揺れ、もっさりとした前髪の隙間からアリスさんの目元が見えそうになる。
クラリッサは慌てて目を逸らした。

「……ん?」
「大丈夫です!!見てませんわ!」
「は?」
「アリスさんの目元、見えませんでしたから!!」
「……見ないように、してるのか?」
「ええ。見られたくないんですよね?」
「まぁ……そうだな」
「ですから、見てませんわ!!」
「……そうか」

アリスさんの視線がノートに戻る。
クラリッサは怒られなくてほっとして肩の力を抜いた。

「……そんなに気にしなくていい」
「え?」

驚いてアリスさんを見るも、その目はクラリッサのノートに向けられたまま。

「見られたくはないが、別にたまたま見てしまったぐらいはしょうがないだろう?」
「……そうですけど、嫌なんですのよね?」
「……どうだろうな」
「……え?」
「見られたくはない」
「ですよね?」
「でも、まぁいい」
「……全然分かりませんわ」
「だろうな」

アリスさんは手を伸ばして本格的にノートを読み込み始めた。
何も言わなくなってしまったので、クラリッサはおとなしく歴史の勉強をすることにした。


しばらくして、アリスさんが声を掛けてきた。

「このノート、持って帰ってもいいのか?」
「いいですけれど……?」
「明日には返す」
「えっと……それってノートを見て教えてくださるってことですわよね?」
「ああ、ノートに書き加えておく」
「……無理はなさらないでくださいね」
「そういうのはしない」

アリスさんはそう返してきた。

(……嘘ですわ)

クラリッサは知っている。
アリスさんは無理をしないと言いながら、いつだってクラリッサに合わせてくれる。

「一週間ぐらい、無くても平気ですわ」
「……そっちこそ無理はするな」

思わず唇を尖らせてしまう。

すると、アリスさんがふっと笑った気配がした。

(なんだか、ズルいですわ)

どうしてか、そう思った。


* * *


公爵令嬢から預かったノートを、アリステアは自室で読み込んでいた。

綺麗な字で書かれた少し頓珍漢なメモ。

(……相変わらず、どうしてそうなるのか分からないな)

数学を理論ではなく直感で解こうとしている節がある。
彼女らしいと言えなくもない。

――見てませんわ!!

唐突な宣言だった。

目は合わせてくるのに、目元は見ないようにしているらしい。
その微妙な違いがよく分からなくて、おかしくて。

(あぁ……どうしようもないな)

心の底から湧き上がってくる感情。
押し込めようとしても溢れてくる。
見ないふりにも、気付かないふりにも限界が来てしまった。

(……愛おしい、か)

浮かんだ言葉が、苦く響く。

彼女は公爵令嬢だ。
アリステアが望める相手ではない。
たまたま学園で一緒になって、彼女から声を掛けてもらっているだけだ。勘違いをしてはいけない。
卒業すれば会うこともなくなる。

――アリスさん!

元気が良くて、我儘で。
そのくせ変に気を遣ってきて、一生懸命で。

卒業まで、あと半年。

(……長いな)

深くため息を吐いてから、アリステアは思考を断ち切る。
そして、ノートへと意識を向けた。

彼女が望んでいるのは『先生』だ。
アリステアは、公爵令嬢の仰せのままに教え続けるだけ。

(そう、余計な感情は要らない)