王太子妃になりそこねた公爵令嬢は、我儘をつき通す

クラリッサは、ふぅと静かに息を吐いた。

いよいよ期末試験が始まる。
中期試験の時は緊張しなかったのに、今は手が震えている。

(……大丈夫、大丈夫)

ぎゅっと強く指先に力を入れて、瞳を閉じる。

たくさん勉強した。
お昼の時間は教えてもらって、家でもちゃんと勉強した。
分からないところは減ったはず。

「始め」

クラリッサは配られた試験用紙をひっくり返し、ペンを握りしめた。


* * *


「はい、そこまで」

二日間の試験が終わった。

アリステアは、ふぅと息を吐く。
異様に疲れた。
問題一つ一つに、あの公爵令嬢が解けるだろうか、ここまでは教えてないとか、そんなことばかりが浮かんでは消えた。

試験の日は午前で終わる。
昨日も、そして今日も彼女の顔を見ることはない。

(……気にしてもしょうがない。もう終わってる)

声を掛ける必要はない。
アリステアは筆記用具を片付けると、いつも通り教室を後にした。


* * *


「あ……アリスさん……!!」

試験の翌日、ふらふらと公爵令嬢が東屋に現れた。

「うわーん!!アリスさんに教えてもらったのにぃ~!!」

ここのところ静かだった反動なのか大騒ぎだ。
バン、と勢いよくテーブルの上に鞄が乗り、そこから取り出された試験結果。

「……数学か」

彼女がもっとも苦手な科目だ。泣きたくなるような点数だったとしてもおかしくない。

「……ん?五十点?」
「そうなのです……頑張ったのに……」

泣いているけれど、上出来だと思う。
一年の数学からやり直して、ここまで取れているのだから泣く必要もない。

「よく頑張ったんじゃないか?」
「……え?」

涙をためていた目が、大きくなる。

「上出来だろう?」
「……そう、なのですか?」
「あぁ……さすがにこれで十位以内は無理だろうけど」
「上出来……ですか?」
「あぁ、上出来」

そうアリステアが繰り返すと、嬉しそうに笑って、鞄から別の試験結果を出し、並べた。

「こっちは政治学で」
「あ~六十二点か」
「だめですか?」
「ん~これもよく頑張ったと思う」
「あ、あの、地理です!!」
「お!八十二点」
「そうなのです!!」
「得意の特産物、出たしな」
「はい。もう勝ったなと思いました」
「……なんだそれは」
「うふふ。頑張りましたわ!!」

落ち着き……いや元気を取り戻した公爵令嬢は、お弁当を広げ始めた。今日もサンドイッチだ。

「まだ頑張るのか?」
「ええ!!だって今回も十位は無理でしょう?」
「まぁ……無理だろうな」
「ええ、ですから、次の十一月の試験こそ、十位に入って見せますわ!!」
「……やっぱり、諦めないのか」

薄々気づいてはいた。
既に決定事項である王太子の婚約者を覆そうとしているのだから、納得いくまで走り切るのだろう。

「ええ、だってアリスさんが教えてくださってるんですもの、諦めるわけにはいかないですわ」
「……ん?」
「なにか?」
「いや……そこは王太子妃になるためだろう?」
「……え?」
「え?って?」
「わ……忘れてましたわ!!」

公爵令嬢の目が丸くなっているが、こちらの方がビックリである。
王太子妃という目的を忘れていて、十一月まで頑張る必要はどこにあるのか?

「あ、あの引き続き教えてくださいます?」
「……忘れてたのに?」
「う……うう、でも十位までに入りたいのです」
「何のために?」
「……王太子妃に……」

そこまで言いかけて、彼女は首を傾けた。
ん~っと考えてから。

「うまく言えませんけど、やっぱり十位までに入りたいのです」
「……わがまま」
「……だめ、ですか……?」

しゅんと項垂れる様子に、こちらとしてはもう断る気にはなれない。すでに十一月まで面倒を見るつもりではいたのだ。

「嫌になったらやめるから、それまでは」

ぱぁっと表情が明るくなる。
うふふといつもの笑い声がした。

「はい!お願いします。アリス先生」