王太子妃になりそこねた公爵令嬢は、我儘をつき通す

クラリッサは階段を駆け上がる。
そして生徒会室まで走ると、勢いよくドアを開けた。


「どういうことですの!?」

ドンっと机に手をついて、アーサー殿下に詰め寄った。

「どういうことって?」
「昨日の春迎式のことですわ!」
「……もしかして婚約発表のこと?」
「他に何がありますの?」
「……で?」
「どうしてわたくしではないのです?」
「その自信はどこから来るのかなぁ?」

アーサー殿下は呆れたように仰るけれど、クラリッサは公爵令嬢だ。それも筆頭。身分からすればこれ以上ない相手のはずだし、容姿だって可愛い。みんなそう言う。

(……となると、やっぱり成績かしら……)

特進クラスにはなれず、Aクラスに在籍している。

「わたくしが次の定期試験で……首位……いえ、十位以内に入ったら認めてくださいます?」
「……首位って言いきらないんだ。それからもう決定しているから」
「まだですわ!!筆頭公爵家と王家の力があれば、いくらでもひっくり返せます」
「……それは権力の乱用だよ」
「ええ、ですからわたくしが実力を示して」 
「いや、だからね……そういうことではなくて」

アーサー殿下が反論してくるが、もうクラリッサの気持ちは固まっている。

「見てらっしゃい!絶対に十位以内に入ってみせますわ!!」

そう宣言して、アーサー殿下に背中を向ける。
後ろで何やら声がしたけれど、それどころではない。計画を練らなくては。

(……定期試験まであと一か月ちょっと)

考えながら階段を下りていく。

自分ひとりではどうにもならない。
つまり、誰かに助けてもらわないと。

(あ!そうだわ!!)

ピン!とひらめいた。
活路を見いだせて今度は軽やかに階段を駆け下りた。

「ふふふ~完璧だわ~」

とん、と着地し、教室へと向かう。
昼休みになったら計画実行だ。


* * *


そうして待ちに待った昼休み。
クラリッサは声を掛けてくるお友達に「ごめんなさい~」と返して、いそいそと隣の特進クラスへと急ぐ。
と、ちょうど向こうから目当ての人物が歩いてきた。
もっさりとした黒髪、少し猫背の姿勢。間違いない。
一位の人だ!!

「アリスさん!!」

通り過ぎようとするところを、強引に腕を掴んで引き止めた。
淑女にあるまじき態度ではあるが今はそんなことを気にしている場合ではない。学年十位以内に入るためには、彼の協力が必要なのだ。

「……何か御用ですか?」

アリスさんは立ち止まった。
うん、計画は順調だ。

クラリッサは、にっこりと笑った。
そして。

「アリスさん、貴方にわたくしの先生になって頂きますわ」


* * *


アリステアはイラッとした。

偉そうで訳の分からない発言。
しかも『アリス』呼び。
舌打ちしたくなるのをぐっと我慢した。
なにせ相手はクラリッサ・ブランデルウッド。筆頭公爵令嬢だ。
対してアリステアはペンフォード伯爵家の三男。いくら学園が平等を掲げていたとしても、公爵令嬢に失礼な態度はとれない。

「聞いてます?わたくしの先生になって頂きたいとお願いしているんですけれど?」

“お願い”と言っているが、とてもそうは思えない。
そもそもお願いする立場の人間にしては、ずいぶんと上からだ。
いやこれはしょうがないのかもしれない。向こうの方が身分は上だ。
だからといって、向こうの“お願い”という命令を受ける気はなかった。

「お断りします」

アリステアの返しに、公爵令嬢の目が真ん丸になる。
大きなピンクローズの瞳がこれでもかと大きくなった。

「どうして?」

断られると思っていないところがさすがだ。こちらこそ“どうして?”と返してやりたい。

「どうして、とおっしゃいますが、貴女の先生になってこちらにはどのような利があるのでしょうか?」
「あるでしょう?わたくしの先生よ」

筆頭公爵令嬢ともなると、そんなすごい返しができるのか。伯爵家のアリステアには思いもしない回答だ。

「百歩譲って、アーサー殿下ならこちらに利があるとは思いますが」

ちらちらと周りからの視線を感じる。
アリステアは人に見られるのが嫌いだ。
そして、面倒事も御免だ。

公爵令嬢に対する生意気な態度が周りの足を止めさせていたとしても、“先生”となったら最後、もっと面倒なことになりかねない。
憂いは払うべき。多少の犠牲は仕方がない。

「……つまり、利があればいいのね」

公爵令嬢は口元に指をあてて、何やら考え込んでいる。
それに付き合う気はアリステアには無かった。

「それでは……」

そのまま去ろうとした。
だが、公爵令嬢がすっとアリステアの行く手を遮った。

「わたくしとの婚約は無理ですけど、お望みのものがあれば、なんとか致しますわ」

あまりにも無邪気で、そして傲慢な態度にアリステアは返す言葉を失う。
しかし、公爵令嬢はそれを勝手に了承と受け取ったのか……

「それでは、また後で」

満足げに微笑んで、華麗に制服のスカートを翻した。