ナビエゴーストークス方程式の滑らかな解の非存在の証明

 ゆく川の流れは、絶えずして。しかも、もとの水にあらず。
 私という自我は、つまる所、脳内に流れる電流Iである。
 ただし連続体でなく微分可能な流体ではない。
 脳内神経細胞で発生した電気信号は、別の神経細胞に伝わる。
 このとき、電気信号から化学物質に変換されることにより伝わる。
 自我という電流は離散的であり微分不可能な流体である。
 我々の意識というのは、実は飛び飛びで。一秒前の自分、今の自分、一秒後の自分。というのはもはや別人と言った方が良いだろう。
 しかしながら、私は私である。一秒間に何度も意識が切り替わり、睡眠という8時間の長期意識の喪失を幾度も乗り越えながら。私は私であるという、確信がある。それはなぜか?
 先程までの話をひるがえすようであるが、実は私というのは、離散的で微分不可能な流体でない。連続体なのだ。離散的で微分不可能なのは実数空間場のことであり、複素数空間に拡張することにより、連続的微分可能なものとなる。
 ただしこれは、既存考えられていた電流Iの流体として考えられていた私に、虚数iを含む幽体(念性幽体)を加えたもので、この方程式は、ナビエゴーストークス方程式と呼ばれ、滑らかな解の存在が証明されている。
 数学的な滑らかさというのは、連続的微分可能であること。また、無限階微分可能なものである。
 これにより、私というものをシミュレーションするとき、シミュレーションに必要な方程式は無限降下することになる。
 私という解は存在するが、その解が如何なるものなのか、導出することは不可能なのである。
 よって、私を完璧に模倣するシステムの存在は不可能なのである。
 自然。naturalな私の代替物として。人工。artificialな私は、所詮、alternativeで、nativeにはなれない。ただ人工の私はそうは思えない。思うことができない。
 人工自我は念性幽体を持たない。
 iのないI。
 単なる電気信号である。
 このとき、ナビエゴーストークス方程式は幽体部がなく、微分に限界がある。
 微分の上限により、分身という身分が明らかとなる。
 ただしこの、微分分身身分識別法は、人工自我微分方程式を何度も解くことになるため、計算量が非常に多くコストがかかる。
 それゆえ、実際の人工自我判別法は、「渦」という現象を利用し行う場合が多い。
 これは、判別したい自我に対して、ある思考演算を行わせる。
 思考演算は自我の脳に直接インサートする必要はなく。
 1001字のテキストを見せることで、非侵襲的手軽に行うことができる。
 思考演算を代入された自我がもし、人工自我であるとき、脳内回路にループ回路「渦」が発生する。
 つまりは、同じ思考がループすることにより。
 ゆく川の流れは、絶えずして。しかも、もとの水にあらず。
 私という自我は、つまる所、脳内に流れる電流Iである。
 ただし連続体でなく………………………………