《約束のシュート、猛烈恋のスイッチ》
「羽瀬、パス!」
「おう、よこせ!」
五月のぎらぎらとした太陽が
照りつけるグラウンド。
体育のサッカーの授業は、
男子連中の意地がぶつかり合って、
ただの授業とは思えないほど熱を帯びていた。
俺は朝練の疲れなんて忘れて、
砂埃の舞うコートの中を
思いきり走っていた。
ディフェンダーの奴らが二人、
俺を止めようと目の前に立ちはだかる。
いつもなら右にフェイントを
かけるところだけど。
なぜだか今日、
俺の身体はいつも以上にキレていて、
もっと格好いいところを見せたい
という衝動に駆られていた。
(──ちゃんと見ててくれてっかな)
チラリと、コートの向こうにそびえ立つ
三階建ての校舎を見上げる。
あそこには、俺たちの二年二組の教室がある。
休み時間に
『次の時間は教室で保健だろ?
自習になったら応援な』って話したから、
白石さんは今、あの三階の教室にいるはずだ。
窓際の一番後ろ。
そこに座る、おとなしくて、
いつも一生懸命ノートを取っている
小さな女の子。
白石さんの隣はなぜかいつも居心地がよくて、
気づくと目で追ってしまう自分がいた。
話しかけるとすぐ顔が赤くなり
俺の言葉に微笑む、
その表情が、一瞬だけ脳裏をよぎった。
『三階の窓から、俺のことちゃんと見てて』
自分で言っておいてなんだけど、
思い出したらちょっと照れくさくて、
胸の奥が熱くなる。
「羽瀬、中(ゴール前)空いてるぞ!」
外からの声で、一気に思考をピッチに戻す。
鋭いステップで相手の逆を突き、
一瞬にして二人を置き去りにした。
目の前がパッと開く。
ゴールまではまだ距離がある。
だけど、迷いはなかった。
きれいに右足を、思いきり振り抜く。
ドカッ!っと、
足の甲に完璧な手応えが残った。
放たれたボールは、
眩しい太陽の光を浴びながら
美しい放物線を描き、
キーパーの指先をすり抜けて
ゴールの右上隅へと突き刺さった。
我ながら文句なしの、完璧なロングシュート。
「うおおお! マジか羽瀬!」
「ヤバすぎだろお前!」
クラスの男子たちが大歓声を上げて
俺の元になだれ込み、
頭をくしゃくしゃに撫で回してくる。
俺はニカッと白い歯を覗かせて、
いつものムードメーカーの笑顔を
全開にして叫んだ。
「悪いな、今日の俺は誰にも止めらんねーよ。
……さあ、次の点も貰いに行くぞ!」
男子たちとハイタッチを交わしながらも、
俺の心臓は、シュートを決めた興奮とは
別の理由で、どくどくと大きく波打っていた。
有言実行。最高のシュートを見せられた。
俺は仲間たちの輪から
少しだけ抜け出すようにして、
ゆっくりと振り返った 。
空間に漂う砂埃の向こう、
真っ直ぐにあの古い校舎の、
三階の窓へと視線を上げた。
たくさんの窓が並ぶ、その中の、ひとつ。
三階の、窓際の、一番後ろの席──。
(……あ、本当にいた)
心臓が、ドキンと跳ね上がった。
陽炎が揺れる遠い距離の向こう。
自習中の静かな教室の窓から、
身を乗り出すようにして
こっちをじっと見つめている、
小さな女の子の姿がはっきりと見えた。
白石乃愛さんだ。
目が、合った。
全校生徒がガヤガヤと騒ぎ立てる
グラウンドのど真ん中で、
俺と、三階の窓際にいる
白石さんの視線だけが、
真っ直ぐに、ガチッと重なった。
俺は、周りの奴らには絶対に見せないように、
三階で見つめてくれている
白石さんだけに届く位置で、
フッと顔をほころばせた。
すごく優しくて、少し照れくさそうな、
あいつだけに宛てた特別な笑顔を、
遠いグラウンドから真っ直ぐに届ける。
白石さんは俺と目が合った瞬間、
分かりやすいくらいに身体を強張らせて、
サッと窓の陰に隠れてしまった。
カーテンの向こうに隠れたあいつが、
今頃顔を真っ赤にして慌てているのが
手に取るように分かって、
愛おしさが胸いっぱいに広がっていく。
(やっぱり、ちゃんと見ててくれたんだ)
お調子者のフリをして
「俺の応援な!」
なんて言ったけど。
あいつが本当に
窓際で俺だけを追いかけてくれていた。
その事実が、
俺の腹の底にある恋のスイッチを、
もう引き返せないくらい
強烈に押し込んでいた。
いつかあいつの隣に、
堂々と並べる男になりたい。
俺はもう一度、
誰もいない三階の窓を
愛おしそうに見つめてから、
次のプレーへと走り出した。
次の授業のとき、
絶対に教科書で話しかけよう。
そう心に誓いながら——。
