《芽生えた恋の夢、特別な熱い視線》
「はい、プリントが終わった奴から
自習にしていいぞー」
先生ののんびりとした声が響き、
教室内はどこか気の抜けた、
ガヤガヤとした空気に満ちていた。
私はノートの隅に最後の答えを書き込むと、
待ってましたとばかりに
シャープペンシルを置いた。
心臓が、授業が始まったときからずっと、
小さくトクトクと高鳴り続けている。
私は周囲の目を盗むようにして、
自分の特等席である、窓際の一番後ろの席
からそっと身を乗り出した。
三階の開け放たれた窓からは、
五月の眩しい太陽に照らされた
グラウンドが、驚くほど一望できた。
砂埃が白く舞うサッカーコート。
(……あ、いた)
探すまでもなかった。
みんなと同じ白の体操着姿のはずなのに、
羽瀬琉生くんの姿だけが、遠目からでも
一際大きく、眩しいオーラを放って
私の瞳に飛び込んできた。
休み時間の、あの窓際での会話が
脳裏をよぎる。
『次の授業、男子はサッカーだからさ。
……三階の窓から、
俺のことちゃんと見てて』
悪戯っぽくパッとウインクしてみせた
彼の顔を思い出すだけで、
今になって顔がカッと熱くなる。
羽瀬くんがボールを持った瞬間、
グラウンド全体の空気が
一気に引き締まるのが、
三階の窓際まで伝わってくるようだった。
長い足を滑らかに動かし、相手の男子たちを
次々と華麗なドリブルでかわしていく。
ディフェンダーに囲まれても、
彼の動きには少しの焦りもない。
いつもクラスの真ん中で
みんなを笑わせている、
あの余裕に満ちた笑顔のまま、
楽しそうにボールを支配していた。
(すごいな……。本当に、遠くの人みたい)
胸がキュンと、切なく締め付けられる。
グラウンドの主役として、太陽の光の
ど真ん中で輝いている羽瀬くん。
隣の席で「起こしてな」って
笑いかけてくれるけれど、
彼はやっぱりクラスの、
学校の真ん中にいる人だ。
いつかあの人の隣に、
堂々と並べる私になりたい。
──内気な私にとっては大きすぎる
「夢」が、胸の中で小さく芽生えていく。
その時、グラウンドのゲームが、
急激に加速した。
羽瀬くんが、
ペナルティエリアの手前で
鋭いパスを受ける。
相手のディフェンダーが二人、
一斉に彼を止めようと
目の前に立ちはだかった。
──その、瞬間。
羽瀬くんは、
鋭いステップで一瞬にして
二人を置き去りにすると、
迷いのない、目にも留らぬ速さで
きれいな右足を振り抜いた。
ドカッ!
遠くからでもはっきりと聞こえる、
重くて鋭い破裂音。
放たれたボールは五月の光を浴びて
美しい放物線を描きながら、
キーパーの指先をかすめて
ゴールの右上隅へと突き刺さった。
完璧な、文句のつけようのないロングシュート。
「うおおお!マジか羽瀬!」
「ヤバすぎだろ、お前!」
と、グラウンドの男子たちが大歓声を上げ、
コートになだれ込んで琉生くんの頭を
くしゃくしゃに撫で回している。
「悪いな、今日の俺は誰にも止めらんねーよ。
……さあ、次の点も貰いに行くぞ!」
男子たちに囲まれながら、
白い歯を覗かせて
ニカッと嬉しそうに叫んでいる。
羽瀬くんの声が、
風に乗って三階の窓まで
聞こえてくる気がした。
(本当にかっこいい……)
私は窓枠に置いた手に
ぎゅっと力を込めて、
胸のバクバクを必死に抑え込んだ。
すると、仲間たちとハイタッチを
交わしていた羽瀬くんが、
ふと、動きを止めた。
そして、周りの大騒ぎを
置き去りにするようにして、
ゆっくりと振り返った。
その視線が、迷いなく、真っ直ぐに、
この古い校舎の、三階の窓へと向けられる。
(え……?)
心臓が、今日一番の爆音を立てて
跳ね上がった。
陽炎が揺れる遠い距離の向こう。
三階の、窓際の、一番後ろの席。
信じられないことに、
羽瀬くんの真っ直ぐな瞳が、
窓から彼を見つめていた私の目と、
遠い距離を越えてガチッと重なった。
下から見上げる羽瀬くんの顔は、
クラスのみんなに見せている
お調子者の顔じゃなかった。
私だけを見つけて、私だけに届くように、
すごく優しくて、少し照れくさそうに
目を細めた
──特別に甘い笑顔だった。
「っ……!」
あまりの破壊力に、全身に甘い電流が走る。
私はたまらず、窓の陰にサッと身を隠した。
心臓がうるさいほどドクドクと暴れ回り、
顔が、耳の奥まで火が出そうくらい熱い。
(見られてた……! 偶然じゃない、
羽瀬くん、本当に私を見てた……っ)
両手で真っ赤になった頬を包み込みながら、
私は必死に呼吸を整えようとした。
『絶対に、すげぇシュート
決めてみせるから。ちゃんと見てて』
有言実行で、世界で一番格好いい姿を
見せて、あんなに遠い場所から私だけを
見つけて笑ってくれた。
遠い世界の憧れだったあの人が、
今、私の夢になった。
カーテンの影で小さくなりながら、
私は自分の右手首をぎゅっと握りしめた。
羽瀬くんへの恋心が、
もう誰にも止められないほど、
深く、激しく。
私の心のすべてを支配していくのを、
息を弾ませながら静かに自覚していた——。
