隣の席のキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~


《結ぶハチマキ、秘密のエール》
体育祭当日の朝、二年二組の教室。
窓の外のグラウンドからは、
ブラスバンド部が奏でる入場行進のマーチや、
スピーカーのテストをするマイクの
ハウリング音が賑やかに響いている。


生徒たちは全員、
青空に映える真っ白な体操服姿。


頭には赤組の真っ赤なハチマキが巻かれ、
すでに登校してきたクラスメイトたちで、
お祭りのようにガヤガヤと騒がしかった。


「おいハチマキ忘れた!」


「メガホンどこ置いたっけ!?」


男子たちのふざけ合う声や、
女子たちの賑やかな笑い声が
飛び交う窓際の席で、
乃愛は椅子にちょこんと座っていた。


「よし、乃愛! これでバッチリ!
……うわ、めっちゃ可愛い!」


後ろに立つ結衣が、
私の黒髪を高い位置できゅっとまとめ、
クラスカラーのゴムで
ポニーテールに結び上げた。


「本当、いつもと雰囲気違って
すごく似合ってる」


と、横からひまりが穏やかに微笑みながら、
手鏡を私の前にかざしてくれる。


「……あ、ありがとう。
ちょっと恥ずかしいかも……」


慣れない首筋の涼しさに、
少し照れくさそうに
手鏡を覗き込んでいると、
ガラッと教室の扉が勢いよく開いた。


「ういーっす! おはよ!」


クラスのムードメーカーである羽瀬くんが
入ってきた瞬間、教室の温度が一段と上がる。


周りの男子たちとハハッと笑い合いながら、
彼はまっすぐに私たちの席へと歩いてきた。


「白石さん、おはよう! ……って、うわ」


私の前に立った羽瀬くんが、
一瞬、言葉を詰まらせた。


いつもは前髪や横の髪で
少し顔を隠しがちだった乃愛が、
すっきりと爽やかなポニーテールにしている。


朝の光を浴びて、
露わになった白い首筋や、
照れて少し赤くなった耳たぶが、
琉生の目に飛び込んできた。


「……あ、羽瀬くん、おはよう」


「お、おう、おはよう……。
なんか、いつもと違うな。
……すげー、似合ってる」


彼が少し動揺したように
目を泳がせながら、
無意識に自分の耳たぶを赤くする。


その絶妙な空気感を、
結衣とひまりのレーダーが
見逃すはずはなかった。


二人は一瞬で目を合わせ、
無言の会話を交わす。


「あ、そうだひまり!
うちらのクラスの入場門の場所、
ちょっと確認しに行こ!」


「え? あ、うん、そうだね」


「ってわけで乃愛、
うちらちょっと廊下の様子見てくるねー!」


結衣は私の肩をぽんと叩き、
ひまりを引っ張るようにして、
悪戯っぽい笑みを浮かべながら
早足で教室を飛び出して行った。


「え、あ、ちょっと、結衣……っ」


引き留める間もなく、
親友二人の完璧な気遣いによって、
大騒ぎの教室の中に、
ぽつりと二人だけの空間が作られてしまった。


私の心臓が、急にうるさいほどの
音を立てて波打ち始める。


揺れるポニーテールを
隠すように少し俯く私の前で、
羽瀬くんは少し照れくさそうに
頭を掻いたあと、
前の席に反対向きに腰掛けた。


いつもより距離が近い。


その手には、クラスカラーの
真っ赤なハチマキが二本、
握られている。


「……あの、羽瀬くん。
そのハチマキは……?」


「あ、これ? ……なぁ、白石さん。
これさ……お互いのハチマキに、
メッセージ書かねぇ?」


羽瀬くんは周囲の目を盗むように、
手にした二本のハチマキを
机の下でこっそり広げると、
体操着のポケットから
黒い油性マジックを取り出した。


「バレないように、ここにこっそり。
これがあれば、俺、
今日マジで負ける気しねぇわ」


「えっ、メッセージ……?
でも、みんなに見つかったら……」


私が慌てて周囲を見回すと、
彼は「大丈夫、内側なら見えねぇし」
と悪戯っぽく笑って、
大きな背中で周囲の視線から
隠すようにしながら、
一本のハチマキにさらさらとペンを走らせた。


キュッキュッと静かな世界に
マジックの音だけが響く。


「ほら」と、羽瀬くんが書き終えた
ハチマキを私に差し出す。


そこには、彼の性格そのままの
力強い文字でこう書かれていた。


『一番カッコいいところ、見てて。琉生』


「――ッ、」


心臓がうるさいほどに跳ねる。


私の頬がみるみるうちに赤くなっていく。


「はい、次は白石さんの番。
こっちに隠して書いて?」


彼がもう一本のハチマキを机に広げ、
自分のマジックを私の手へ
そっと握らせた。


クラスの女子グループが
こっちを見ていないかドキドキしながら、
私は左手で文字を隠し、
震える手でぎこちなく文字を紡いだ。


普段は口にできない、
けれど心の中でずっとずっと温めていた、
羽瀬くんへの絶対的な想い。


『がんばってきた羽瀬くんなら、
絶対大丈夫って、信じてます。乃愛』


私がペンを置くと、
彼は机に顔を近づけて、
その文字をじっと見つめた。


「……『絶対大丈夫』、か」


「あ、ご、ごめんね……っ。
私、スポーツのことよく分からないのに、
勝手なこと書いちゃって……!」


恥ずかしさで
私はパッと顔を伏せる


けれど、羽瀬くんは周囲の喧騒が
耳に入らないほど愛おしそうな目で
その文字を見つめ、優しく、
だけどどこか切なそうに笑った。


「ううん、違う。俺、
いっつも周りから『エースだから勝て』
って言われるからさ。

……がんばってきたところを
ちゃんと見ててくれて、
その上で『大丈夫』って
信じてもらえたの、初めて。
……最高のハチマキだわ」


羽瀬くんはそう言うと、私の書いた
【乃愛の文字入りのハチマキ】を持つと。


「よし。じゃあ白石さん、
これ後ろで結んでくんね?
自分でやると曲がっちゃうからさ」


今度は彼が頭を差し出してくる。


私は「うん……!」と小さく頷くと、
椅子から少し腰を浮かせ、
彼の頭の後ろへと手を伸ばした。


指先が髪に少し触れるたび、
胸のバクバク音が響く。


「おい羽瀬ー! 何やってんだよ!」


後ろから男子が声をかけてくるのが聞こえ、
私は焦ってきゅっとハチマキを結んだ。


「ありがとな!」


羽瀬くんはパッと振り返って
男子たちと「今行く!」といつも通り
大騒ぎしつつ、机の下で、
自分のメッセージが書かれた
もう一本のハチマキを、
私の手首に優しく、
滑り込ませるように巻きつけていく。


結ぶとメッセージは隠れて
二人の秘密のハチマキになった。


「これ、今日はお守り代わりにつけようぜ。
これつけて、お互い頑張ろうな」


ガヤガヤと盛り上がる教室の片隅。


誰にも気づかれないように、
私の手首にしっかりと結ばれた琉生の文字。


周りの大騒ぎとは対照的な、
二人だけの秘密の「お守り」が誕生した。


その時、
教室の前側のドアの小さなガラス窓から、
三つの人影が並んでこちらを
覗いているのが見えた。


結衣とひまり、そして高城くんだ。


結衣は
「きゃー! 手首に結んでもらってる!
なんて書いたのかな⁉」
と小声で大興奮していて。


ひまりが
「結衣、声が大きい。琉生くんにバレる」
と頭をペシッと叩いている。


朝のホームルームのチャイムが鳴り響く。


担任の先生がガラッとドアを開ける。


「よし、全員グラウンドへ移動しろ!」


先生が声をかけると、
立ち上がって一気に賑やかになる
生徒たちの雑踏の中、ハチマキを
綺麗に結んでもらった羽瀬くんが、
カバンを持って颯爽と廊下へ出ていく。


廊下で待っていた高城くんが
琉生の首を腕でぐっと締め上げる。


「たく、
ハチマキにメッセージってなんだよ」


とニヤニヤからかう。


それを羽瀬くんが。


「うるせぇ!見てんなよ!」


と真っ赤になって小突いている。


結衣とひまりが
乃愛の両腕に絡みついてきて。


「乃愛、ハチマキ結んでる時
まじで新婚さんみたいだった!」


と笑顔ではしゃぎし、
グラウンドの入場門へと
みんな移動し始めた——。