隣の席のキミとひみつの合図   ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~


《私たちの秘密基地、女子の恋バナ》
お昼休み。
私たちは結衣が購買のパンを買ってから、
わざわざ人の少ない旧校舎への
渡り廊下の端にある階段まで移動してきた。


ここなら教室と違って、
誰かに会話を聞きつけられる
心配はほとんどないので、
いつもの私たちの『秘密基地』になっている。


「はい、乃愛。
チョコおすそわけ……って、聞いてる?」


「あ、うん! ごめんね、結衣」


結衣は購買パンを、
ひまりはお弁当を広げている。


私は自分で作ったお弁当箱を
膝に乗せていたけれど、
さっきからお箸が完全に止まっていた。


「もう、わかりやすすぎるって。
土曜日の『図書館デート』、
どうだったわけ?」


結衣がいたずらっぽく目を細めて、
ぐいっと顔を近づけてくる。


「デートだなんて、
そんなんじゃないよ……。
ただの、テスト勉強の約束で……」


「またまたぁ。
駅の待ち合わせで他校の男子から王子様
のように助けてもらったんでしょ、
その続き早く聞かせてよ!」


朝の登校の時に話して
途中になっていたので、
結衣が待ちきれなく身を乗り出してくる。


「……頭に手をぽんと置かれて
『悪い、待たせた』っていって
間に入って隠してくれただけだよ」


私は恥ずかしさで
顔が熱くなるのを隠したくて、
小さなプチトマトを口に放り込んだ。


「ねえねえ、図書館で勉強はしたの?」


「うん、ちゃんとしたよ。
それでお昼は早く起きて
お弁当作って行ったの……」


「え、二人分?」


今度はひまりが、
焼きそばパンを両手で
持ちながらおっとりと首を傾げる。


「うん。二人分。
頑張って作っていったんだけど
……『勉強頑張ったご褒美だ!』って、
すっごく喜んでくれて。
残さず全部、食べてくれたの」


「うわー、羽瀬くん大歓喜じゃん。
中身は何入れたの?」


「唐揚げと、卵焼きと……
あと、たこさんウインナー……」


「可愛い! 朝から頑張って
作った甲斐があったね、乃愛」


ひまりが自分のことのように
嬉しそうに微笑む。
ひまりのこういう優しいところが大好きだ。


「それで? 午後はどうしたの?
勉強だけしてバイバイじゃ、
さすがに羽瀬くんが可哀想すぎるでしょ」


結衣の鋭いツッコミに、
私は土曜日の夕方の光景を思い出す。


「夕方、高城くんに教えてもらった
っていうカフェに連れていってくれたの。

おすすめのココアを頼んだら、
おまけで猫型のクッキーがついてきて……。
それが、いつも窓の外にいる
茶トラにそっくりだったから、
私、嬉しくなっちゃって」


「ほうほう、それで?」


「そしたら、羽瀬くんがスマホで私の写真、
撮ったの『我慢できない』って……。
ずるいから、私も羽瀬くんの
同じポーズの写真、撮らせてもらったんだ」


「ちょっと待って、
何そのバカップルみたいな可愛いイベント⁉」


結衣がメロンパンを落としそうに
なりながら身を乗り出す。


「違うの、お相子にしただけだから……っ。
でも、そのあとの帰りの並木道で……」


駅が見えてきて、
もうすぐお別れなんだと思ったら、
急に寂しくなってしまったこと。


『今日楽しくて、帰るのが寂しいです。
また一緒にお出かけしたいな』
と、勇気を振り絞って伝えたこと。


「そしたら、羽瀬くんが
……急に、手を……」


「手を⁉」


「ぎゅって、指を絡める繋ぎ方……
恋人繋ぎ、されて……。

……『俺も寂しい。ずっと手繋ぎたかった。
駅までこのまま歩いちゃだめ?』

って言われちゃいました……」


「キャーーーーーーッ!!」


渡り廊下に、結衣の黄色い悲鳴が響き渡った。


「声が大きいよ、結衣……っ!」


「だってしょうがないじゃん!
何それ、羽瀬くん、
カッコつけるの諦めて本音ダダ漏れじゃん!
完全に乃愛にメロメロじゃん!」


「ひゃあ……少女漫画みたい。
羽瀬くん、本当にかっこいいね。
……いいなぁ、手繋ぐの」


ひまりが少し遠い目をして、
ぽつりと言った。


ひまりには、
ひとつ上の学年に
大好きな幼馴染の先輩がいる。


きっと、その人のことを
重ね合わせているんだろうな。


「でもね。
本当にびっくりしたのは、その日の夜なの」


私は、胸の奥に大切にしまっていた
『一番の秘密』を、
二人に打ち明けることにした。


「夜、おうちに帰ってから、
LINEで『今日はありがとう』って
やり取りをしてたの。
それで、寝る前の最後のメッセージで……」


スマホの画面を思い出すだけで、
心臓がトクトクと暴れ出す。


「羽瀬くんが……『おやすみ、乃愛』って。
私、びっくりしたけど、嬉しくて……
『おやすみなさい、琉生くん』
って、返したの。

LINEの中だけで、初めて、
名前で呼び合っちゃいました……」


一瞬、結衣とひまりが
息を呑んで静まり返った。


それから、
ひまりがそっと両手を頬に当てて、
本当に嬉しそうに目を細める。


「『夜だけの魔法』……。
学校では普通に名字で呼び合ってるのに、
夜のLINEだけ名前呼びなんて、
それ、すっごくロマンチック……!

乃愛がそんなに嬉しそうな顔をしてるの、
私まで幸せになっちゃうな」


「本当にね……」


結衣が食べていたメロンパンを
そっと袋に戻し、
優しい眼差しで私を見つめた。


その目は、からかうような色は
一切なくて、ただただ温かい。


「乃愛、最近すごく笑顔が増えたよね。
……羽瀬くんのおかげかな?」


「え……?」


「前はね、男子が苦手だからって、
クラスでもちょっと縮こまってる
感じがして心配だったの。

でも今の乃愛、
すっごくキラキラしてて可愛いよ。
羽瀬くん、乃愛の素敵なところを
たくさん引き出してくれてるんだね」


「うん。まだ『好きなのかな?』
って想い合ってる段階かもしれないけど、
二人のペースでゆっくり
進んでいけばいいよ。

私たちは、いつでも
乃愛の一番の味方だからね」


結衣の真っ直ぐな言葉と、
ひまりの優しい眼差し。


男子が苦手で、
ずっと自分の殻に閉じこもりがちだった私を、
二人はいつだって否定せず、
一番近くで見守ってくれていた。


(……ああ、私、本当に幸せ者だな)


そう思ったら、
急に胸の奥がぎゅっと熱くなって、
視界がじんわりと涙で滲んでいく。


泣いちゃだめだと思えば思うほど、
二人のシルエットが優しく揺れて、
ぽろりと一滴、頬を伝って落ちてしまった。


「あ、あれ……? ごめんね、
なんだか嬉しくなっちゃって……」


「も〜、乃愛ったら泣き虫なんだから。
ほら、もう泣かないの〜」


結衣がクスッと笑いながら、
私の背中を優しく手のひらでさすってくれる。


大きな、でも女の子らしい
あたたかい手の温もりが、
私の背中からじんわりと伝わってきた。


「ふふ、乃愛は本当にピュアだね」


ひまりもポケットから
可愛い猫柄のティッシュを取り出して、
優しく私の涙を拭ってくれる。


「うん……っ。
私、羽瀬くんのことが、すごく……大切。
二人のおかげで、一歩踏み出せた気がする。
本当に、ありがとう……」


声が少しだけ震えてしまったけれど、
二人の前だから、今回はちゃんと
素直な気持ちを言葉にできた。


背中をさすってくれる結衣のあたたかさと、
涙を拭いてくれるひまりの優しさに
包まれながら、
私は心からの笑顔を浮かべた。


新緑の隙間から、
五月の爽やかな風が吹き抜けて、
私たちのスカートを揺らしていく。


学校では、ただの『隣の席の男の子』。


だけど、
大好きな親友たちに背中を押されて、
私の心の中にある夜の魔法は、
もっともっと輝きを
増していくような気がしたーー。