隣の席のキミとひみつの合図   ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~


《君の写真と、不意打ちの名前》
お風呂を済ませてパジャマに着替え、
ベッドに潜り込んだ後も、
私の心臓はまだ夕暮れの並木道の
熱を覚えたまま、トクン、トクンと
うるさく鳴り響いていた。


スマホの画面を見つめていると、
メッセージの受信を知らせる
小気味いい音が鳴る。


通知画面に表示されたのは、
大好きな彼の苗字だった。


『白石さん、お疲れ!ちゃんと家帰れた?
今日、駅までしか送っていけなくてごめんな』


画面の向こうの彼を想像して、
胸がキュッと疼く。


私は弾む心を落ち着かせながら、
指先を動かした。


『羽瀬くん、お疲れ様です。
大丈夫、ちゃんと着いたよ!
駅のホームまで見送ってくれたから
寂しくなかったです。

それに、ココアも茶トラのクッキーも、
本当にすごく美味しかったです』


『そっか、白石さんがそう言って
喜んでくれたなら良かった。
……あのさ、帰り道に急に
手繋いじゃってごめん。

白石があんな可愛いこと言うから、
俺、頭真っ白になって
体動いちゃったんだよ。

嫌じゃなかった……?』


画面に表示された
『手繋いじゃってごめん』の文字に、
体中の血がカッと一気に巡る。


嫌なわけ、あるはずがない。


私は熱くなる頬を毛布に押し付けながら、
消しては書き直してを繰り返し、
必死に本音を打ち明けた。


『嫌なわけないよ……!むしろ、
羽瀬くんの手がすごく温かくて、
私もずっとこのままがいいな
って思ってました』


『よかった、ホッとした……。
駅で別れてから、
嫌がられてたらどうしようって、
実はガチで凹みかけてたからさ。

……俺、まだ右手に白石さんの
手の温もり残ってる気がする。

実はさっきから、
カフェで撮らせてもらった
白石さんの写真、ずっと見返してる』


彼からのメッセージにドキリとして、
私は一度トーク画面を閉じ、
アルバムを開いた。


そこには、
カフェで照れくさそうに笑いながら、
口元を隠している羽瀬くんの写真が
保存されている。


「……私もね?
羽瀬くんの写真、ずっと見てます。
なんだか夢みたいで……。
私だけに見せてくれた姿なのかなって
思ったら、
本当は……すっごく、嬉しかったです」


送信ボタンを押した後、
恥ずかしさのあまりスマホを裏返して
ベッドに突っ伏した。


1分、2分。


しばらくして恐る恐る画面を開くと、
既読がついた直後、
いつもは返信の早い彼からの文字が
なかなか進まない。


「……っ、ずる。まじ、
スマホ持ったまま本気で固まったんだけど。
当たり前だろ。

お前以外に、
こんな顔見せるわけねぇじゃん。

……ってか、俺ばっか
調子狂わされてんの悔しいんだけど。
今日貰ったお礼の付箋も、
生徒手帳に挟んで一生大切にするわ」


彼も自分と同じように、
部屋で一人で照れ転がっているのだ
と思うと、愛おしさが胸に満ちていく。


それからしばらく、
他愛もないお喋りがぽつぽつと続いた。


夜の静寂の中、
スマホの光だけが二人の世界を繋いでいる。


やがて、時計の針がてっぺんを回る頃、
琉生から『そろそろ寝よっか』
とメッセージが届いた。


『うん、そうだね。
そろそろ寝なきゃ。今日も一日、
本当にありがとうございました』


丁寧にお礼を送り、
画面を閉じようとしたその瞬間、
画面がまたピカリと光った。


そこに書かれていた一列の文字列に、
私の呼吸は完全に停止した。


『ん、おやすみ乃愛。』


『――っ!』


苗字ではない。
初めて呼ばれた、私の名前。


画面にぽつんと残された
『乃愛』の2文字の破壊力に、
頭が本気で爆発しそうになる。


ドクドクと耳の奥で心臓が暴れる中、
私は震える指先で、お返しとなる
最大限の勇気を鍵盤に込めた。


『おやすみなさい、琉生くん。』


トーン、と送信音が響くのと同時に、
私はスマホを放り投げて
顔をごっそりと枕に埋めた。


――その頃、
少し離れた街の、薄暗い男の子の部屋。


自分のベッドの上で
乃愛からの返信を受信した琉生は、
画面に躍る『琉生くん』の文字を
目にした瞬間、言葉にならない声を
上げて枕に顔を突っ伏していた。


「うおおおおお……っ!!」


いつもの完璧なクラスの
ムードメーカーの姿なんて、
どこをどう探しても存在しない。


琉生は顔を耳の後ろまで真っ真っ赤に
染め上げ、心臓の爆発的な
高鳴りに耐えかねるように、
ベッドの上で何度もゴロンゴロンと
激しく転がってのたうち回った。


「……っ。マジで可愛すぎるだろ……!」


「俺ばっか調子狂わされて悔しい」
と言った直後に、乃愛から
初めて『琉生くん』と呼ばれたのだ。


琉生は嬉しさと照れくささで
胸がパンクしそうになりながら、
生徒手帳にそっと挟んだ
乃愛の付箋を愛おしそうに見つめた。


まだ付き合う前。


学校では他人のフリ。


だけど、間違いなく
二人の距離が奇跡のように縮まった、
そんな特別な初デートの夜が、
静かに更けていくのだった——。