隣の席のキミとひみつの合図   ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~


《初♡私服デート、駅前の待ち合わせ》
土曜日の朝、駅の改札口。
切符の自動改札機がパチン、
パチンと規則正しい音を立てて響く。


ほんのり桜色のトーンのお洋服を着て、
ハーフアップの髪にリボンを結んだ乃愛は、
大きな時計の下に立っている。


人混みの中、
通りすがる人々が
思わず彼女を振り返るほどの透明感。


「……はぁ、心臓が痛い……」


結衣とひまりが作ってくれた、
鏡の中の私。


ほんのり桜色のお洋服に、
丁寧に整えられたハーフアップの髪。


いつもは学校の地味な制服を着て
クラスの隅っこに隠れている私が、
今日は大好きな男の子を待つために、
こんなに開けた駅の改札口に立っている。


約束の十分前。
休日で賑わう駅の中は、
たくさんの人で溢れていた。


周りを歩く人たちの視線が、
なんだかさっきから私の方に
向けられている気がして、
私はいたたまれなくなって
カバンの紐をぎゅっと握りしめた。


「なぁ、あの時計の下の子、
めちゃくちゃ可愛くね?」


「あ、本当だ。清楚系っていうか、
透明感ヤバいな。
どこの学校だろ、声かけてみる?」


すぐ近くの柱の陰から、
他校の制服を着た
男の子たちのささやき声が、
ガヤガヤとした雑音を突き抜けて
私の耳に届いた。


男の子たちの視線が
真っ直ぐに私へと注がれている。


男子が苦手な私は、
それだけで急に怖くなって、
きゅっと背中を丸めて下を向いてしまった。


助けて、羽瀬くん。
心の中で、
一番大好きな人の名前を何度も何度も叫ぶ。


その時だった。


「――悪い。待たせた、白石さん」


ポン、と私の頭の上に、
大きくて温かい手のひらが優しく置かれた。


ハッとして顔を上げると、
他校の男の子たちと私の間に
すっと割って入るようにして、
長い手脚を響かせて歩いてきた
羽瀬くんが立っていた。


羽瀬くんは、
私を背中に隠すようにして、
男の子たちに向かって「何か用?」
と、いつも通りの爽やかな、
でもどこか絶対に踏み込ませないような、
真っ直ぐで強い視線を向けた。


そこに立っていたのは、
圧倒的な透明感とスタイリッシュな
格好よさをまとった羽瀬くんだった。


いつもは見慣れた制服姿の彼が、
今日は高城くんと必死に選んだ、
少し大人っぽい黒のタイトなジャケットに
白のカットソーを着こなしていて、
通りすがる大人の女性たちが思わず
足を止めて振り返るくらいに眩しかった。


普段はクラスのムードメーカーの彼が見せた、
男の子としてのブレない強さ。


他校の男子たちは、
彼の圧倒的なオーラに気圧されたように、
「あ、いや……何でもないです」
と慌てて人混みの奥へと逃げていく。


怖かったはずの駅のホームが、
彼の優しい手のひらの熱だけで、
一瞬で世界で一番安全な場所に
変わっていくのが分かった。


あいつらをスマートに
追い払った羽瀬くんは、
バッと私の方を振り返った。


だけど、私の姿を正面から見た瞬間、
彼のその完璧なカリスマオーラが、
一瞬でピタッ、と消え去った。


長い睫毛が、
驚いたようにパチパチと瞬きを繰り返す。


羽瀬くんは
耳たぶまで一瞬で真っ赤に染め上げると、
照れ隠しのために咄嗟に
片手で口元を思いきり覆って、
視線をあちこちへと激しく泳がせた。


「……ずる、すぎ……」


「え……?」


「いや……今日の白石さんその、
洋服とか髪型とかマジで反則。
……すげー可愛すぎて、今まともに見れねぇ」


学校ではいつもみんなの中心に
いるはずの彼が、
私の姿を見ただけで、
言葉を詰まらせて本気で照れまくっている。

その不器用な姿が、
たまらなく愛おしくて。


「……ありがとうございます。
羽瀬くんも、すごく、格好いいです」


私が精一杯の声を振り絞ると、
羽瀬くんは顔を覆いながら逆の手で、
駅の賑やかな人混みの中で、


周りの誰にも見えないように
お腹の前でそっと右手を止めると、
手首を二回、優しく「ぐる、ぐる」
と回してみせた。


――ありがと、今日もよろしくな。


「ふふ、はい!」


私は照れている羽瀬くんが愛おしすぎて、
嬉しくなり微笑んで、深く深く頷いた。


「――じゃあ、行こっか。
図書館、ここから歩いて十分くらいだから」


羽瀬くんが少し照れくさそうに
首の後ろを掻きながら、
私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出した。


「うん」


私は結衣たちがお買い物で選んでくれた
桜色のお洋服の裾をそっと押さえながら、
彼の斜め後ろをちょこちょこ付いて歩く。


いつも学校の教室では、
すぐ右隣の席から
「白石さん、ノート見せてー」
なんて気さくに話しかけてくる彼なのに、


制服を脱いだ途端、
お互いに視線のやり場に困ってしまって
前を向いたまま会話が途切れてしまう。


休日の賑やかな街の景色が、
私たちのじれったい沈黙を余計に
際立たせている気がして、
私はカバンの紐をぎゅっと握りしめた。


すると、
羽瀬くんがチラリと私の足元に目をやった。


「あ、白石さん。その靴……」


「え……っ? あ、これ、
結衣ちゃんたちが選んでくれたの。
……変、かな……?」


慌てて足元を引っ込めるように立ち止ると、
羽瀬くんはブンブンと大きく首を横に振った。


「違う違う! 全然変じゃねぇよ!
マジで可愛い。……てか、
少しヒールあるみたいだからさ、
もし足痛くなったらすぐ言えよ?
俺、いつでも止まるから」


「……っ、」


等身大の男の子らしい、
真っ直ぐで優しい気遣い。


黒のジャケットを着こなした羽瀬くんに
そんな風に覗き込まれると、
胸の奥がぎゅーっと甘く締め付けられて、
私はまたおでこまで熱くなってしまう。


「だ、大丈夫です。
結衣ちゃんたちと、
お店でたくさん歩き回って練習したから」


「あはは、まじか。
そこまでしてくれたんだ。
まじで可愛いんだけど、白石さん」


「う……っ、笑わないでください……」


私が恥ずかしさのあまり
カバンを胸元にぎゅっと抱きしめて、
少しだけ口元を隠すと、
羽瀬くんは「ごめんごめん」と言いながら、
本当に愛おしそうな目で私を見つめた。


学校のみんなの前で見せる
完璧な笑顔とは違う、
私だけに見せてくれている、
どこか無防備で優しい笑顔。


「でも、白石さんが俺のために
そんなに頑張ってお洒落してきてくれたんだな
って思ったら、なんか……まじで今日、
気合入れて服選んできて良かったわ」


「え……?」


「いや、俺もさ。
放課後、颯人の胸ぐら掴んで
ショップ何軒も連れ回したの。

白石さんに『私服見てみたい』って
言われたから、
ダサい格好していったら絶対凹むと思って、
まじで必死だったから」


そう言って、
羽瀬くんは白いカットソーの襟元を
照れくさそうに指先でパタパタと仰いだ。


(羽瀬くんも……私に会うために、
高城くんとお洋服を選んでくれたんだ……)


いつもクラスの女の子たちから
「羽瀬くん格好いい」って言われている彼が、
私のあの初LINEの一言のために、
そんな風に一生懸命になってくれていた。


その事実がたまらなく嬉しくて、
私のスマホの中にしまってある
夜のLINEの
『でもマジで一緒に行きてーなって』
という彼の言葉が、
胸の奥で温かい熱を持って
何度も何度も繰り返されていく。


「……ふふ」


「ん? なに笑ってんだよ」


「ううん、なんでもないです。
……ただ、羽瀬くんが私のために
そこまでしてくれたのが、
なんだか、すごくびっくりして……。

でも、お洋服、とっても似合ってます。
……私も、今日をずっと楽しみに
待っててよかったです」


並木道に差し込む木漏れ日の中、
私は歩きながら、
ほんの少しだけ顔を上げて
彼の横顔に向かってそう伝えた。


学校の教室では
絶対に恥ずかしくて言えない、
私の精一杯のお返し。


私のその言葉を聞いた瞬間、
羽瀬くんは「――ッ、」と声を詰まらせて
歩くスピードを急に早めた。


「ちょ……、早く行くぞ! 遅れる!」


「あ、待って、羽瀬くん……っ」


慌てて前を向いて
早足になる彼の耳たぶが、
真っ赤に染まっているのが、
後ろからでもはっきりと見えた。


いつもドキドキさせられてばかりなのに
私の言葉一つで、彼はこんなに
簡単に調子を狂わせて照れてくれる。


だけど、歩幅を合わせて
ゆっくりと図書館の白い階段を
上り始めた彼の隣で、
私の世界は、青空よりもどこまでも
鮮やかな恋の喜びで満たされきっていた——。