隣の席のキミとひみつの合図   ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~


《見つけられた恋の付箋、鏡の前の魔法》
乃愛の部屋に着いて、
久しぶりに来た親友たちは嬉しそうに入る。


窓の外から差し込むオレンジ色の優しい光が
ベッドの上に広げられたばかりの
桜色のお洋服を照らしている。


「お邪魔しまーす!
やった、乃愛の部屋で
ファッションショーの続きだ!」


買ったばかりの可愛いお洋服の紙袋を抱えて
結衣とひまりが私の部屋へとやってきた。


私の部屋は、小さな勉強机とベッド、
それから本棚があり、
可愛い小物やぬいぐるみ、
少しの観葉植物がおいてある、
普通の女子の部屋だ。


「当日の髪型はどうする?
三つ編みハーフアップとか絶対似合うよ!」


と、結衣がベッドの上に
桜色のブラウスを広げながら、
自分のことのように目をきらきらさせて
はしゃいでいる。


いつも図書室の隅っこで縮こまっている私。
だけど、こうして大好きな二人が
私の部屋で、私の初めてのデートのために
一緒になって笑ってくれている。

胸の奥がぽかぽかと温かくなって、
私は照れくさそうに笑いながら、
みんなのために冷たい麦茶を淹れようと
立ち上がろうとした。


その時、静かに部屋を見渡していたひまりが
勉強机のすぐ横にある、
白い壁の前でピタッと足を止めた。


「……あれ? 乃愛、これって……」


ひまりの呟くような声に、
私は心臓が冷たく跳ね上がるのを感じた。


「あ、」


と声を上げた時には、もう完全に遅かった。


結衣もひまりの視線を追って、
ベッドから起き上がり、その壁を覗き込む。


そこにあったのは、
私の小さな白いコルクボード。


そこには、
私がこれまでの日常のラリーの中で、
羽瀬くんから貰った『淡いブルーの付箋』が
一枚も失くさないように、日付順に、
宝物みたいに綺麗に並べられて、
小さなピンで大切に留められていた。


『最後まで読んだら、感想教えてな。
隠れ家で茶トラと一緒に聞くから』


『このページのセリフ、
白石さんが好きそうな場面だなと思って。
気にいるといいな』


『白石さん、折りたたみ傘持ってる?
俺、今日傘忘れて詰んでるから
……もしよかったら、
俺を傘に入れて、なんてな』


『これ、颯人から奪い取った
国語の予想問題のメモ。
白石さんにあげる。
これ見ておけば赤点回避できるから!』


静まり返った部屋の中で、
結衣がボードの目の前まで顔を近づけて、
一枚一枚、書かれた文字を
指でなぞるようにして息を呑んだ。


「これ……全部、羽瀬くんの字だよね……?
乃愛、あんた……」


結衣がゆっくりと振り返る。


その瞳には、
いつものからかうような色は一切なくて。


私のあまりの健気さと、
誰にも言わずに重ねてきた恋心の深さに、
本気で胸を打たれたような、
泣きそうなくらい優しくて
温かい光が宿っていた。


「う、うん……。
羽瀬くんには内緒、なんだけど……。
どうしても、剥がして捨てられなくて……
私だけの、秘密のコレクションなの……」


恥ずかしさと、
一番大切な秘密を見つめられている
気恥ずかしさで、
私はおでこまで真っ赤にしながら、
ブレザーの袖の中に顔を埋めるようにして
消え入りそうな声で白状した。


羽瀬くんは、
私がこんな風に付箋を全部集めてるなんて、
夢にも思っていない。


ただ、自分だけが相手の言葉を
とても愛おしく思っているんだと
思い込んでいる、私の小さな宝物。


すると、結衣は私の両手をぎゅっと、
壊れ物を扱うみたいに、
もの凄く優しく包み込んだ。


「乃愛……あんた、
最高に健気で、最高に可愛いよ……っ!
誰が何と言おうと、私たちがこのデート、
絶対に成功させようね!」


「うん」


と、ひまりも私の隣にそっと座り、
私の背中をゆっくりとさすりながら、
愛おしそうに微笑んだ。


「乃愛のこの一生懸命な気持ち、
いつかきっと……、
一番最高の形で羽瀬くんに届くよ。
この付箋の並び、乃愛の歴史そのものだね」


誰にも言えなかった、
世界の隅っこで育てていた私の小さな恋。


それを、大好きな二人が
丸ごと愛おしそうに応援して、
一緒に守ってくれる。


その温かさに、
私の胸の奥の閉ざされた暗闇は、
今度こそ完全に、きらきらとした安心感と
喜びで満たされきっていた。


私はブレザーの袖に顔を半分埋めたまま
小さく「うん……」と
声を震わせるのが精一杯だった。


「もう……! 乃愛、あんた最高に
健気で、最高に可愛いよ……っ!」


結衣が今度は私の両手を
ぎゅっと包み込んで、
涙ぐむくらい熱い目で私を見つめてきた。


「よしっ! こうしちゃいられない!
髪型! 髪型どうするか決めよ!
ひまり、乃愛の髪をハーフアップにして、
ちょっとだけ毛先巻いてみたら
絶対可愛いよね!?」


結衣がパッと立ち上がり、
涙目を引っ込めて、
太陽みたいな笑顔で腕まくりをした。


その急なテンションの切り替えに、
私は驚いてパチパチと瞬きをしてしまう。


「うん、賛成。乃愛の髪質なら、
少しニュアンスをつけるだけで
雰囲気がすごく柔らかくなるよ」


ひまりも嬉しそうに立ち上がると、
私の勉強机の引き出しから、
いつも私が使っているヘアブラシを
慣れた手つきで取り出した。


「え、ええっ!? 髪の毛、巻くの……っ?」


「当たり前でしょ!
当日、駅の改札前で羽瀬くんが
パッと振り返った瞬間に、
完全にノックアウトさせるための
トドメの魔法だよ!」


結衣が私のクローゼットから
姿見の鏡を引っ張ってきて、
ベッドの前にセットする。


私は言われるがままに椅子の代わりに
ベッドの端にちょこんと腰掛け、
二人に囲まれる形になった。


ひまりが後ろに回り、
私の細い髪を優しく丁寧に
優しくブラッシングしていく。


「乃愛、少し頭後ろに傾けてね。……うん。
このあたりでハーフアップにして、
結衣がお店で選んでくれた
桜色の細いリボンを合わせたら、
絶対にお洋服のトーンとぴったりになる」


「ひまりマジ天才!
じゃあ私、前髪担当ね!
乃愛、ちょっと目を閉じてて」


結衣が私の正面にしゃがみ込み、
ちっちゃいコーム(櫛)を手に持って、
真剣な目で私の前髪を整え始めた。


すぐ目の前にある、
大好きな親友たちの真剣な顔。


男子が苦手で、
クラスの隅っこでいつも縮こまっていた私。


席が隣になった羽瀬くんに
ドキドキさせられるたびに、
「私なんかじゃ釣り合わない」って、
一人で勝手に苦しくなって
ブレーキをかけようとしていた私の恋。


それを、
二人はからかうことなんて一切しないで、
まるで自分のことみたいに、
一生懸命に、優しく優しく
守ってくれようとしている。


「最後に桜色のほんのりリップをつけて、
よし……できた! 乃愛、目、開けてみて!」


結衣の弾んだ声に、
私はゆっくりと瞼を開けた。


正面にある姿見の鏡に映った
自分の姿を見て、私は言葉を失って、
思わず両手で口元を覆ってしまった。


そこにいたのは、
いつもの地味な制服姿や部屋着の
ゆるいパーカー姿の私じゃなかった。


ひまりが綺麗にハーフアップにしてくれた
髪の隙間から、ほんのりと赤くなった
小さな耳が見えていて、
結衣ちゃんが整えてくれた前髪の奥で、
私の瞳が夏の終わりの夕日のように
きらきらと潤んでいる。


橘結衣と椎名ひまり。


二人の最強のプロデューサーが
作ってくれた、私だけの『勝負の姿』。


「……うわぁ……乃愛、
まじで世界一可愛い……っ。
ひまり、大成功だよ、これ!」


結衣が私の両肩を掴んで、
鏡の中の私を見つめながら大興奮で叫んだ。


「うん、本当に素敵、乃愛。
これなら、羽瀬くんのあの専用センサー、
ノックアウトどころか完全に壊れちゃうね」


ひまりも目を優しく緩めて、
私の頭を愛おしそうに
ぽんぽんと撫でてくれた。


「ありがとう、二人とも……。
私、本当にドキドキするけど……
このお洋服と、この髪型なら、
土曜日、少しだけ胸を張って
羽瀬くんに会いに行ける気がする……っ」


私がおでこまで真っ赤にしながら
精一杯の声を絞り出すと、
結衣は私の頬を両手で優しく挟んで、
いたずらっぽく笑った。


「あったり前でしょ! 私たちの
乃愛なんだから自信持ちなさい!

土曜日の夜、LINEで何て言われたか
絶対に隠さず全部報告すること!
約束ね?」


「わ、わかった……、
ちゃんと報告するね……っ」


三人で顔を見合わせて、ふふっ、
と静かな部屋の中に、
温かくて幸せな笑い声が響き渡った。


窓の外の夕暮れの光が、
コルクボードに並んだ
淡いブルーの付箋たちと、
新しく買った桜色のお洋服を
優しく包み込んでいく。


独りぼっちで抱えていたら、
その眩しさに押しつぶされて
逃げ出してしまっていたかもしれない
羽瀬くんへの恋。


でも、私のつたない一歩を、
誰よりも大切に喜んで並んで
歩いてくれる大好きな友達がここにいる。


その絶対的な安心感に
背中をそっと押されながら、
私は胸の奥の、
もう誰にも止められないほど
大きく育った恋の蕾を、
愛おしそうにぎゅっと抱きしめていた。


窓辺から優しい夕日が差し込む部屋で
土曜日のデートへの期待花を膨らませて
三人で笑いあいながら
女子トークを弾ませるのだった——。