隣の席のキミとひみつの合図   ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~


《既読の先のキミ、土曜日の約束》
お風呂を済ませて
自室のベッドに寝転んだ乃愛。


先ほどからもう何度目になるか
分からない溜め息を吐いていた。


手の中にあるスマートフォンの画面には、
メッセージアプリのトーク画面が開かれている。


一番上に表示されているのは、
夕方にあの夏の隠れ家で
交換したばかりの『羽瀬琉生』という名前。


夕方、膝の中に顔を埋めて
赤くなっていた自分の頭の上に、
すとん、と置かれた琉生くんの
少し大きくて温かい手のひら。


髪の奥に残る
あの優しい感触を思い出すだけで、
乃愛は胸がぎゅっと苦しくなってしまう。


(本当に……メッセージ、くれるのかな……)


本当にスマホを握りしめて
待っている自分が恥ずかしくて、
枕にがばっと顔を埋めて
足をバタバタとさせた。


その瞬間。


トロン、と小気味いい通知音が
静かな部屋に響いた。


乃愛は弾かれたように顔を跳ね上げ、
画面を凝視する。


『お疲れ!
ちゃんと無視しないで待っててくれた?笑』


「……っ!」


心臓がドクンと激しく波打った。


乃愛は慌ててベッドの上に座り直し、
震える指先で大急ぎで文字を打ち込んだ。


『お疲れ様です。
無視なんてするわけないですって
言ったじゃないですか……。
ちゃんと、待ってました』


送った直後、
一瞬で『既読』の二文字がつく。


それだけで、
液晶画面の向こうにあの眩しい琉生が
確かにいるのだと分かって、
乃愛の耳の先がカッと熱くなった。


画面の向こうの琉生もまた、
自分の部屋のベッドの上で、
スマートフォンの画面を
睨みつけながら心臓を狂わせていた。


乃愛からの『ちゃんと、待ってました』
という健気な文字を目にした瞬間、
琉生は「うわ、まじか……っ」と声を漏らし、
仰向けにひっくり返って枕に顔を押し付けた。


学校では冷たい苗字で呼んで、
視線すら逸らさなければいけない女の子が、
いま、自分のためだけに
スマホの向こうで待っていてくれた。


愛おしさが一気に限界を
超えそうになりながら、
琉生は慌てて文字を打ち直す。


『よかった。あ、部活の颯人にさ、
白石さんがありがとって言ってたぞ
って言ったら。

あいつ「点数稼ぎの報酬として
購買の焼きそばパンな」とか言ってきて、
まじで現金な奴だわ笑』


『ふふ、高城くんらしいですね。
でも本当に、あんなに詳しいテストのメモ、
私がもらっちゃって良かったんですか?

琉生くん、古典苦手だって言ってたから、
自分の分がなくなっちゃって
大丈夫なのかなって……ちょっと、心配で』


付き合う前だからこそ、
「心配」という文字を送信するだけで
胸がキュッと締め付けられる。


再び押し戻された付箋の会話の続きのようで、
でも二人きりしか見ていないナイショの空間。


『既読』がついた画面の向こうで、
琉生は完全にフリーズしていた。


『ちょっと、心配で』という、
乃愛のどこまでも優しい文字。


(白石さん、
俺のこと心配してくれてんの……?
待て、心臓まじでうるさい……!)


琉生は真っ赤になった耳の裏を
ガリガリと掻きながら、
男としてのプライドと、
乃愛の前で少しでも格好つけたい一心で、
ベッドの上で寝返りを打ちながら
必死に文字を綴った。


『まじで大丈夫だから!
俺の分はあいつのノートを丸写しした
これがあるし!

今回のテスト、白石さんに
良いところ見せるって決めてるから。
だからこれ、まじで白石さんへの
「お守り」だからさ』


昼間の隠れ家での
「送りづらくなるんだけど。
……ちゃんと読んでよ?」


という琉生の真っ直ぐな言葉が、
今度はテキストの文字になって
乃愛の瞳に飛び込んできた。


「白石さんに良いところ見せる」
「まじで白石さんへの『お守り』」。


画面を見つめる乃愛の視界が、
胸の高鳴りのせいでチカチカと滲んでいく。


(良いところ見せる、なんて……。
そんなの、もう、ずるいです……っ)


乃愛は赤くなった顔を両手で挟み込み、
ベッドの上で膝を抱えて小さく丸まった。


文字だからこそ、
学校の教室では絶対に言ってくれないような
琉生のストレートな本音が、
ダイレクトに心臓を撃ち抜いてくる。


嬉しくて、恥ずかしくて、
もうどうにかなってしまいそうだった。


乃愛は胸の奥から溢れ出そうになる
愛おしい感情を落ち着かせるように、
深呼吸をして、少し悪戯っぽく
冗談のつもりで返信を打った。


『丸写ししたから完璧、なんですね?笑 
でも、もし本当に分からないところが
あったら……私で良ければ、
いつでも教えますからね?』


送信ボタンを押したあと、
画面の向こうの琉生からの返信が、
しばらくピタッと途絶えた。


トーク画面の一番上、
彼の名前の下にある『入力中……』
という表示が出たり、
消えたりを繰り返している。


文字を打っては消し、
打っては消しを繰り返している、
琉生の不器用な迷い。


(あ、変なこと送っちゃったかな……。
お節介だったかな……っ)


急に不安になった乃愛が、
スマートフォンを胸元に
ぎゅっと抱きしめ直した、まさにその時。


ポン、と、画面の下から
メッセージが滑り込んできた。


『じゃあさ、今度の土曜日部活休みだから、
市立図書館で一緒にテスト勉強しない?

……白石さんに教えてもらったら
絶対大丈夫な気がするし!

……急にごめん。でもマジで
一緒に行きてーなって、だめかな?』


「……あ」


乃愛は小さく声を漏らし、
スマートフォンの画面を凝視した。


「教えてもらったら絶対大丈夫」
「マジで一緒に行きてーな」。


──文字の向こうで琉生が
真っ直ぐに自分を見つめて、
必死に言葉を絞り出してくれたのが
伝わってくる。


大好きな琉生くんが、
自分のためにテスト勉強を
一生懸命頑張ろうとしてくれている。


その一途な姿が、
どうしようもないくらい愛おしかった。


ドクドクと、胸の鼓動が
静かな自室に響いてしまうんじゃないか
と思うほど激しく暴れ出す。


(琉生くん、
私のために時間作ってくれたんだよね。
……よし、勉強、いっぱい応援してあげよう。
……お弁当、作って持っていったら、
もっとやる気出してくれるかな……っ)


まだ付き合っていないのに、
そんなことを考えてしまう自分に
顔がカッと火照っていく。


画面の向こうの琉生は、
送信ボタンを押した瞬間、
スマートフォンをベッドの上に
放り投げて天井を見上げていた。


顔が熱くて死にそうだった。


「マジで行きてーな」なんて、直球すぎる。


断られたらどうしようという不安と、
どうしても乃愛と二人きりで会いたい
という情熱が混ざり合って、
バクバクと心臓が破裂しそうだった。


数秒の後、通知音が鳴る。


琉生が飛び起きるようにスマホをひったくると
そこには、一生忘れたくないくらい
綺麗な乃愛の文字が並んでいた。


『うん、喜んで。土曜日、
すっごく楽しみにしてるね、羽瀬くん』


画面に表示された『羽瀬くん』という文字。


琉生は「っ、しゃあ……!」
と誰もいない部屋で小さくガッツポーズを
決めシーツに顔を埋めて悶絶した。


夏の生温かい夜風が
カーテンを優しく揺らす中、
乃愛もまた、スマートフォンを
胸元にぎゅっと愛おしそうに抱きしめ。


土曜日に訪れる二人きりの時間に、
いつまでも、いつまでも、
甘い予感を感じていた——。