隣の席のキミとひみつの合図 ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~


《既読の先のキミ、土曜日の約束》
お風呂を済ませ乃愛は、
自室のベッドにごろんと寝転んだ。


「はぁ……」


先ほどから、もう何度目になるか
分からない溜め息がこぼれる。


手の中にあるスマートフォンには、
メッセージアプリの
トーク画面が開かれていた。


一番上に表示されているのは、
夕方、あの夏の隠れ家で
交換したばかりの名前。


『羽瀬琉生』


たった四文字を目にするだけで、
夕方の出来事が鮮明によみがえってくる。


膝の中に顔を埋め、
恥ずかしさで真っ赤になっていた私の頭に、
すとん、と置かれた羽瀬くんの手。


少し大きくて、温かくて。


髪の奥には、まだあの優しい
感触が残っているような気がした。


(本当に……
メッセージ、くれるのかな……)


そう思いながら、
ずっとスマートフォンを握りしめて
待っている自分が急に恥ずかしくなってくる。


「もう……っ」


私は枕にがばっと顔を埋め、
行き場のない気持ちを
ごまかすように足をぱたぱたと動かした。


その瞬間。


トロン、と軽やかな通知音が
静かな部屋に響いた。


「……っ!」


私は弾かれたように顔を上げる。


慌てて画面を確認すると、
そこには待ち続けていた
相手からのメッセージが届いていた。


『お疲れ!ちゃんと無視しないで
待っててくれた?笑』


ドクン、と心臓が大きく跳ねる。


私はベッドの上に座り直すと、
少し震える指先で急いで文字を打った。


『お疲れ様です。
無視なんてするわけないですって
言ったじゃないですか……。
ちゃんと、待ってました』


送信。


その直後だった。


『既読』


「あ……」


一瞬でついた、たった二文字。


それだけなのに、
画面の向こうに羽瀬くんが
いるのだと急に実感してしまう。


乃愛の耳の先が、
じわじわと熱くなっていった。


*―*―*


その頃、琉生もまた、
自室のベッドの上で
スマートフォンを握りしめていた。


画面には、
たった今届いた白石さんからのメッセージ。


『ちゃんと、待ってました』


「うわ、まじか……っ」


思わず声が漏れる。


琉生はそのまま仰向けに倒れ込み、
枕に顔を押しつけた。


学校では、まだ「白石さん」。


教室では簡単に話しかけることもできず、
周囲の視線を気にして、
時には目を逸らさなければならない相手。


そんな白石さんが今は、
自分からのメッセージを待っていてくれた。


その事実だけで、心臓がうるさい。


「……やば」


枕に顔を埋めたまま小さく呟いてから、
俺は勢いよく起き上がった。


そして、照れをごまかすように指を動かす。


『よかった。あ、部活で颯人に、
白石さんがありがとって言ってたぞ
って言ったら、

あいつ「点数稼ぎの報酬として
購買の焼きそばパンな」とか言ってきて、
まじで現金な奴だわ(笑)』


ほどなくして、返信が届く。


『ふふ、高城くんらしいね。
でも本当に、あんなに詳しいテストのメモ、
私がもらっちゃって良かったんですか?

羽瀬くん、古典苦手だって言ってたから、
自分の分がなくなっちゃって
大丈夫なのかなって……ちょっと、心配で』


「…………」


俺の指が止まった。


視線は、最後の一文に釘づけになる。


『ちょっと、心配で』


(白石さん、
俺のこと心配してくれてんの……?)


途端に、また心臓が騒ぎ始めた。


「待て待て……心臓、
まじでうるさいって……」


真っ赤になった耳の裏を掻きながら、
俺はベッドの上でごろりと寝返りを打つ。


けれど、
白石さんの前では少しくらい格好つけたい。


そんな小さな意地に背中を押され、
琉生は必死に文字を打ち込んだ。


『まじで大丈夫だから!
俺の分はあいつのノートを丸写しした
これがあるし!

今回のテスト、白石さんに
良いところ見せるって決めてるから。
だからこれ、まじで白石さんへの
「お守り」だからさ』


送信したあとになって、
自分が何を書いたのかを改めて読み返す。


「……いや、待って。俺、何送ってんだよ」


『白石さんに良いところ見せる』


文字にすると、
思っていた以上に直球だった。


消したくても、もう遅い。


画面にはしっかり『既読』がついている。


「うわぁ……」


俺は再び枕へ顔を埋めた。


*―*―*


同じ頃、乃愛は、
届いたメッセージを何度も読み返していた。


『白石さんに良いところ見せる』


『白石さんへの「お守り」』


夕方、あの隠れ家で言われた言葉まで
一緒によみがえってくる。


――送りづらくなるんだけど。
……ちゃんと読んでよ?


あのときは目の前で聞いた
羽瀬くんの言葉が、
今度は文字になって自分のもとへ届いている。


(良いところ見せる、なんて……。
そんなの、もう、ずるいです……っ)


私は熱くなった頬を両手で挟み、
そのままベッドの上で膝を抱えて
小さく丸くなった。


文字だからなのだろうか。


学校ではなかなか聞くことのできない
羽瀬くんの素直な気持ちが、
いつもより真っ直ぐ胸の奥まで届いてくる。


嬉しい。


でも、それと同じくらい恥ずかしい。


胸の高鳴りを落ち着かせるように
一度深呼吸すると、
私は少しだけ勇気を出して返信を打った。


『丸写ししたから完璧、なんですね?笑
でも、もし本当に分からないところが
あったら……私で良ければ、
いつでも教えますからね?』


送信。


ところが――。


いつもならすぐ返ってくるはずの返信が、
今度はなかなか届かなかった。


トーク画面の上では
『入力中……』の表示が現れては消え、
また現れては消えていく。


(あ……変なこと送っちゃったかな)


胸の奥に、
さっきまでとは違うざわめきが生まれる。


(お節介だったかな……)


私が不安になり、
スマートフォンを胸元へぎゅっと
抱きしめた、そのときだった。


ポン、と通知音が鳴った。


急いで画面を見る。


そこには――。


『じゃあさ、今度の土曜日部活休みだから、
市立図書館で一緒にテスト勉強しない?

……白石さんに教えてもらったら
絶対大丈夫な気がするし!

……急にごめん。でもマジで
一緒に行きてーなって、だめかな?』


「……あ」


乃愛は小さく声を漏らした。


もう一度、最初から読む。


そして、もう一度。


『一緒にテスト勉強しない?』
『マジで一緒に行きてーな』


文字を追うたびに、
胸の鼓動が速くなっていく。


ただ勉強するだけ。


市立図書館で、一緒にテスト勉強をするだけ。


それなのに。


学校では簡単に話しかけることすら
できない羽瀬くんと、
土曜日に二人で会える。


そう考えた途端、
胸の奥から嬉しさが一気に込み上げてきた。


(羽瀬くん、私と一緒に
勉強したいって思ってくれたんだ……)


自然と頬が緩んでいく。


そして、ふと別のことを思いついた。


(……お昼、どうするんだろう)


図書館で朝から勉強するなら、
きっと途中でお腹も空く。


(お弁当……作って持っていったら、
喜んでくれるかな……)


そこまで考えたところで、
乃愛は我に返った。


「……っ!」


一気に顔が熱くなる。


(わ、私、何考えてるの……っ)


まだ付き合っているわけでもないのに。


けれど、胸の中に芽生えた小さな楽しみは、
どうしても消えてくれなかった。


乃愛は恥ずかしさを隠すように
口元を緩めながら、返信を打つ。


『うん、喜んで。土曜日、
すっごく楽しみにしてるね、羽瀬くん』


少し迷ってから、送信ボタンを押した。


*―*―*


その頃、
メッセージを送ってからというもの、
琉生はスマートフォンをベッドへ放り出し、
天井を見上げていた。


「マジで一緒に行きてーな」


自分で送った言葉が、
頭の中をぐるぐる回っている。


「……直球すぎただろ、俺」


断られたらどうしよう。


急すぎたかもしれない。


そもそも、二人きりで図書館なんて
誘って迷惑じゃなかっただろうか。


それでも。


白石さんと、学校の外で会いたかった。


誰かの視線を気にすることなく、
もっと話してみたかった。


そんな気持ちを抑えきれなかった。


数秒後、
トロン、と通知音が鳴る。


「……っ!」


琉生は飛び起きるように
スマートフォンを手に取った。


そして、画面に表示された
メッセージを見た瞬間、目を見開く。


『うん、喜んで。土曜日、
すっごく楽しみにしてるね、羽瀬くん』


「…………」


一秒。


二秒。


そして――。


「っ、しゃあ……!」


誰もいない部屋で、小さくガッツポーズ。


そのまま勢いよくシーツへ顔を埋めた。


画面には、『羽瀬くん』の文字。


まだ、それ以上近い呼び方ではない。


学校でも、
二人の距離は簡単には縮められない。


それでも――。


土曜日だけは、
教室の隣の席ではなく、学校の外で。


二人だけの時間が待っている。


*―*―*


夏の夜。


それぞれの部屋で、
二人は同じトーク画面を見つめていた。


乃愛はスマートフォンを胸元に抱きしめ、
まだ見ぬ土曜日を思い浮かべる。


琉生もまた、届いたばかりの
返信を何度も読み返していた。


まだ「白石さん」と「羽瀬くん」。


まだ、想いを伝え合ったわけでもない。


けれど、『既読』の向こう側で、
二人の距離は確かに少しずつ近づいていた。


そして――。


二人だけの土曜日まで、あと少し。