《雨の日の付箋、二重線で隠した本音》
嵐の音が響く無人の下駄箱。
濁流のようなのような雨の音が
激しく響いている。
部活が中止になり、
仲間たちが「まじ詰んだわー」と騒ぐ中、
琉生は下駄箱の上の棚に置かれた、
白石の折りたたみ傘と
一枚の桜色の付箋を見つけていた。
「――ッ、あー……クソ、だめだこれ」
無人の下駄箱の陰で、
俺は付箋を持ったまま、
自分の顔の半分を片手で思いきり覆って、
その場にしゃがみ込みそうになった。
心臓が、外の雷の音よりも大きく、
ドクンドクンと耳の奥で
うるさいくらいに暴れ出している。
今日の放課後、俺が彼女の傘の持ち手に
『もしよかったら、
俺を一緒に傘に入れて、なんてな』
ってブルーの付箋を仕込んだ時。
白石さんは、どんな顔をして、
どんなに真っ赤になって
この返事を書いていたんだろう。
手の中にある桜色の紙切れには、
『少し小さいですけど、
入るなら、使ってください。
下駄箱の上の棚に置いておきます』
って書かれている。
……いや、それだけじゃないんだ。
そのメッセージの上の余白に、一度書いて、
恥ずかしくなって大急ぎで消したような、
ぐちゃぐちゃっとした二本線が引かれていた。
暗い下駄箱の光の中で、
透かすようにしてよく見ないと
分からないくらいの、不器用な消し跡。
俺は吸い寄せられるように、
その二本線の向こうにある文字を、
目線で必死に追いかけた。
『小さめの傘ですけど、
もしよかったら、一緒に……』
そこまで読んで、
俺の脳内は完全にキャパオーバーを起こした。
(白石さん……、お前、
本当は俺と一緒に帰りたかったの……?)
『一緒に帰りたい』
って書こうとして、でも恥ずかしくて、
心臓破裂しそうになりながら、
この二本線で必死に消したってこと……⁉
可愛すぎるだろ、
反則なんてレベルじゃない。
その消されてしまった本当のワガママが、
愛おしくて、愛おしくて。
どうしようもないくらいの
熱になって俺の胸の真ん中を貫いていく。
「おい羽瀬ー!
颯人たちがマック行くってさ、
お前どーすんの?」
遠くから部活の奴の声が聞こえて、
俺は慌ててその桜色の付箋を
ブレザーの内ポケット……、
――心臓に一番近い特等席へと、
滑り込ませるようにして大切に隠した。
「俺はパス! 先帰るわ!」
あいつ、傘を置いていったってことは、
友達の傘に入れてもらって帰ったのかな。
俺のせいで
濡れて風邪ひいてなきゃいいけど……。
白石さんが残してくれたちっちゃくて
可愛い折りたたみ傘を
両手でそっと手に取る。
外に出て傘を開くと、雨の匂いに混ざって、
なんだかすごくいい匂いがした。
そんなこと本人には絶対に言えないけれど。
彼女の温かさに包まれているみたいで、
嵐の中を歩いているのに、
俺の体温は一気に沸騰していた。
翌朝、俺は綺麗に畳んだ傘と一緒に、
溢れる愛おしさと「濡れて風邪ひいてない?」
という心配を込めたブルーの付箋を
下駄箱に残した。
その後、教室での国語の授業中。
白石さんからプリントと一緒に
新しい付箋が貼られて渡してきた。
『雨すごかったけど、大丈夫でしたか?』
二本線のない、
ピュアな心配だけが書かれた文字。
白石さんは
「消したから絶対にバレてない」と思って
いつもの大人しい顔で前を向いている。
だけど俺の内ポケットには、
昨日あいつが必死に隠した
『一緒に……』の付箋が、
お守りみたいに大切にしまわれている。
(……あー、本当に可愛いな、あいつ)
お前がそんな風に
自分の気持ちを二本線で隠すなら、
今度は俺から、その線を全部消してやる。
次の雨の日は、絶対に、白石が、
二本線を引く暇もないくらい真っ直ぐに、
俺の傘の中に引っ張り込んで、
一緒に帰ってやる。
自分の内ポケットにそっと触れながら、
愛おしそうに声を殺して笑う。
二人の秘密の日常が、
さらに甘く深く加速していく——。
