隣の席のキミとひみつの合図   ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~


《お互いの付箋、新しい約束》
羽瀬くんは、私の文庫本を
宝物を受け取るように両手で受け取った。


そして、緊張した面持ちでパラパラと
ページをめくっていく。


あるページで、彼の指がピタッと止まった。


そこには、私がここへ来て時間をかけて、
何度も何度も心臓をバクバクさせながら
書き直して仕込んだ、
ほんのり甘い桜色の付箋が貼られていた。


『グラウンドから見つけてくれて、
ありがとうございました。

びっくりして、
まだ心臓がドキドキしています。

国語の時間、いつものお返しが
少しだけできて、よかったです』


さっきの五時限目の国語の授業。


筆談に夢中になりすぎて
ページを見失ってしまい、
私に左手で「助けて」と必死に
「ぐるぐる合図」を送ってきた、
いつもと違う無防備な彼。


お昼休みのあの「大合図」と、
授業中のあの「お返し合図」。


その溢れそうな
全部の気持ちを込めた桜色の付箋。


羽瀬くんは、
その付箋に書かれた私の文字を
じっと見つめたまま、
しばらく動かなくなった。


図書室の夕暮れの光の中で、
彼の長い睫毛がかすかに揺れている。


「……羽瀬、くん?」


心配になって顔を覗き込もうとした、
その瞬間。羽瀬くんがバッと顔を上げた。


その端正な顔は、
私よりも真っ赤に染まっていて、
耳たぶまで信じられないくらい
熱くなっているのが分かった。


「……っ、だめだ、
これ……破壊力ヤバすぎ」


羽瀬くんは照れ隠しのように
片手で顔を覆うと、
嬉しさが抑えきれないというように、
声を押し殺して低く笑った。


いつもの爽やかで余裕のある彼が、
私の仕込んだ小さな桜色の付箋一枚で、
完全に調子を狂わせている。


「白石さんさ、そんなこと書くの反則。
俺、今すぐ部活戻って
グラウンド何周でも走れそうなくらい、
心臓バクバクいってんだけど」


「ふふ……羽瀬くんのセンサー、
ちゃんと反応してくれましたか?」


お昼休みの仕返しみたいに、
私が少しだけ悪戯っぽく笑って見せると、
羽瀬くんは覆っていた手を下ろした。


そして、今度は逃がさないというように、
私の目を真っ直ぐに見つめてきた。


その瞳の奥にある男らしい熱さに、
今度は私の息が止まりそうになる。


羽瀬くんは、
机の上の桜色の付箋を
愛おしそうに指先でなぞりながら、
囁くような低い声で言った。


「反応しまくり。っていうか、
この付箋、一生大切にする。
……ねぇ、白石さん」


「え……?」


「また面白い本見つけたら、
こうやって貸すから。
……その時、また感想聞かせてよ」


「うん。……私も、楽しみに待ってます」


これから本を貸し借りするときは、
あの淡いブルーの付箋がついてくるのかな。


そんな淡い期待が胸をよぎるけれど、
恥ずかしくて言葉にはできなかった。


羽瀬くんは照れくさそうに笑うと、
カバンを持って立ち上がった。


「じゃあ、俺、マジで部活戻るわ。
颯人にこれ以上待たせたら
何言われるかわかんねぇし」


「うん、頑張ってね」


席を離れ、
羽瀬くんが図書室の扉の前まで
行ったところで振り返ると、
体で手首を隠しながら私にだけ見えるように
手首を二回、優しく
『ぐる、ぐる』と回して見せた。


——また明日な、白石さん。


「……ふふ」


彼が去ったあとの静かな特等席で、
私は彼から借りた少し厚めの小説を、
胸にそっと抱きしめた。


表紙の裏には、
あの淡いブルーの付箋が綺麗に貼られたまま。


(……これ、剝がしたくないな)


付箋をそっと指でなぞり、
愛しさが溢れてくる。


ふと、
ページをパラパラと
指で弾くように開いてみると。


「え……?」


本のちょうど真ん中あたり、
あるページの端っこ。


淡いブルーの付箋が
開かないと見えない位置に
もう一枚隠されて貼られているのが
目に入った。


私は不思議に思いながら、
そのページを開いた。


そこには、
羽瀬くんの少し丸っこくて力強い、
見慣れた文字がシャープペンシルで
書かれていた。


『このページのセリフ、
白石さんが好きそうな場面だなと思って。
気にいるといいな。』


ドクンッ、と大きな音を立てた。


指先から熱がじんわりと広がっていく。
彼はただ本を貸してくれただけじゃなかった。


本を読んでいる間も、
私のことを考えて、
私が喜びそうな場所を選んで、
内緒でこのメッセージを残してくれたのだ。


図書室の窓から、
夕暮れの柔らかい光が差し込んで、
ブルーの付箋をきらきらと輝かせる。


乃愛は付箋に書かれた文字を
何度も何度もなぞりながら、嬉しさのあまり、
カッと赤くなった顔を両手で覆い隠した。


彼からの、この素敵な付箋たち。
彼には内緒でそっと剥がして、
自分の部屋のコルクボードに
大切な宝物として貼って並べておこう。


いつでも羽瀬くんが
近くにいるみたいな気がする。


何百冊もの本に囲まれた、
静かな放課後の図書室。


誰にも見えないこの特等席で、
私たちだけの新しい『内緒の約束』が、
淡いブルーと桜色の付箋に乗って、
静かに、でも確かに始まりを告げていた——。