隣の席のキミとひみつの合図   ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~

《渡り廊下での大合図(琉生視点)》
照りつける太陽の下、
熱気あふれるグラウンド。


体操服姿の男子たちが
声を掛け合いながらサッカーをしている。


俺はエースとして
鮮やかにフィールドを駆け回り、
周囲の女子生徒たちからの視線を
集めているが、その意識は別の場所にあった。


「羽瀬、ナイスシュート!」


ゴールネットを揺らした瞬間、
チームメイトたちがワッと
俺の周りに集まってきて、
背中や頭をくしゃくしゃに叩いてくる。


グラウンドの端の方からは、
他クラスの女子たちの
「羽瀬くん格好いい!」っていう
黄色い歓声が聞こえてきた。


いつもなら「サンキュー!」って
爽やかに笑って返せるはずの風景。


だけど、今の俺の頭の中は、
そんな賑やかなお祭り騒ぎとは全く違う、
ある一つの『予定』でいっぱいだった。


(……今日、昼休みは、
白石さんが図書室に行く日だ)


前髪をかき上げながら、
俺の視線は無意識に、
グラウンドから校舎の二階へと
向けられていた。


校舎と体育館を繋ぐ、
あの長いガラス張りの渡り廊下。


あそこを通って、
彼女は図書室へ向かうはず。


「おい琉生、
次の試合のポジションどうする?
……って、またあっち見てんのかよ」


呆れたような、
でもすべてを察したような
低い声が隣からした。


振り返ると、
サッカー部の副キャプテンであり、
俺の一番の親友である高城颯人が、
腰に手を当てて俺の視線の先。


――二階の渡り廊下を見上げていた。
颯人は俺が白石さんのことで
頭がいっぱいなのを薄々気づいている、
クラスで唯一の男だ。


「悪い、颯人。ちょっと、
秒で用事済ませるから」


「……しょうがねぇな。
早くしろよ、次の試合始まるぞ」


颯人は小さくため息をつくと、
他の部員たちが
「おーい、羽瀬早くしろよ!」
と、俺を呼びに来ようとするのを、
すっと片手で遮った。


「あいつ、シュートの時に
ちょっと足ひねったっぽいから、今状態見てる。
次のセット俺らがボールキープして
時間稼ぐから、お前ら先にポジションつけ」


「え、羽瀬大丈夫か?」


「じゃあ高城、頼んだ!」
と、颯人の冷静な指示に、
周りの奴らは疑いもせず
グラウンドへと散っていく。


(颯人、マジでサンキュー……っ!)


親友が作ってくれた、
誰も邪魔してこない、
俺と白石さんだけの数十秒間。


俺は眩しい太陽の光を
遮るように手をかざして、
二階の窓をじっと見つめた。


夏の光を反射する、
何十枚ものガラス窓。


その中に、胸にぽつんと本を抱えて、
一人で歩いている小さなシルエットが見えた。


(――見つけた)


心臓が、
グラウンドを全力疾走したときよりも
激しくドクンと跳ねた。


白石さんだ。


彼女は、グラウンドの騒ぎが
少し眩しすぎるみたいに、
ちょっとだけ切なそうな、
寂しそうな顔をして
こっちを見下ろしている。


周りの女子たちの視線なんて、
どうでもいい。


俺が今、
俺のことだけを見てほしいのは、
あの二階の窓際で
今にも目を伏せちゃいそうな、お前だけだ。


俺はグラウンドのど真んで、
二階の窓にいる彼女に
まっすぐ視線を固定したまま。


思いっきり、
太陽の光が降り注ぐ青空へと右腕を高く、
大きく掲げた。


他クラスの女子たちが
「え、羽瀬くんこっち見てる!?」って
勘違いして騒ぎ出したって、
そんなの知るか。


俺は長い手首を、
空をひっ掴むみたいに大きく 二回。
『ぐる、ぐる!』
と、ダイナミックに、力強く回してみせた。


――ここにいるよ、白石さん。
――どこにいたって、
俺はお前を見つけるから。
俺だけを見てて。


遠くの窓際で、
本を抱きしめていた
白石さんの小さな体が
ビクッと跳ねるのが見えた。


距離があるから顔までは見えない。


だけど、彼女のあの白い頬が、
一瞬でリンゴみたいに真っ赤に染まったのが、
俺にははっきりと分かった。


白石さんは戸惑ったように
周りをキョロキョロと見回したあと、
誰にも見つからないように。


ブレザーのお腹の前で、
本当に小さく手首を二回
「ぐる、ぐる」と回し返してくれた。


ガラス越しで、
しかもそんな消えちゃいそうな小さな返事。


普通なら見落とすはずなのに、
俺の目には、
それが世界で一番眩しい光みたいに
真っ直ぐ飛び込んできた。


「――よしっ」


胸の奥から、
言葉にならないくらいの愛おしさと
嬉しさが爆発して俺は思わず
小さくガッツポーズを握りしめた。


「おい琉生、足はもう大丈夫そうか?」


後ろから、
颯人がわざとらしい大声で
ボールを蹴りながら近づいてくる。


その目が『合図、終わったか?』
とニヤリと笑っていた。


「おう、ばっちり復活した!
颯人、マジで助かった!」


「はいはい。ほら、行くぞ。
白石さん、まだこっち見てるから
格好悪いとこ見せるなよ」


親友に肩を小突かれ、
俺は「分かってるって!」
と、グラウンドを大きく蹴って走り出した。


背中に受ける真夏の太陽よりも、今、
俺の体操着の内側にある心臓のほうが、
何倍も熱く、激しく波打っている。


お前が日陰の隅っこに
隠れようとしたって、
俺が何度でもその手を引っ張って
日向に連れ出してやる。


あんな小さな、
俺にしか届かない返事をくれる白石さんを、
誰にも渡したくない。


(早く部活終わらせて、
放課後の図書室、
絶対一番に駆け込んでやる)


サッカーボールを追いかけながら、
俺の心はもう、グラウンドを通り越して、
彼女がいる静かな図書室のあの席へと、
一足先に激しく激走を始めていた——。