元皇帝、二度目は悪徳辺境伯

 領都フェンブレンは大通りで区切られた区画ごとに番地がつけられている。向かう先は今いる区画の隣、四番街だ。
 四番街は大通りに近い場所にあるオレンジ色の屋根のホテルが向かう先である。四階建てのこの建物は表と裏のちょうど境界線にあり、このホテルより大通りから離れると裏社会の勢力圏になるんだ。
 ホテルの一部を改装し、俺と関係者以外に入ることができない部屋を作ってある。
「こっちだ」
 メルキトを伴い、蓋を開け隠し階段を降り、部屋扉を開けた。
 部屋は20畳くらいの広さで頭が付きそうになるくらい天井が低い。
「ほお、地下倉庫を買い取ったのか」
「そんなところだ」
 扉を開ける音に気が付いたらしく、奥から足音が響いてくる。
 ピクリと肩があがるメルキトを問題ない、と手で制す。
「おかえりなさい。ヨ……黒仮面様、お早いお帰りですね!」
「旧友と会ってな。積もる話があって呼んだんだ」
 足音は部屋で俺を待っていてくれたキアーラだった。寝ているように言っておいたのだが、寝ていたにしては反応が早い。
 兜を脱ぐとささっと彼女が受け取りますよ、と手を出す。遠慮せず彼女に兜を渡し、両手で兜を抱えた彼女が満面の笑みを浮かべ、メルキトへ向け深々と頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました。私はメイドのキアーラです」
「フクロウだ。そいつと同じ状況でね。よろしく頼む」
 初手で何ら警戒せず自らの秘密を明かすメルキトに変わってないな、と頬が緩む。
 俺の表情の変化を察知したメルキトがキアーラから見えぬよう肘うちしてくるが、照れ隠しだって分かってるから何も言うまい。
 俺はキアーラの前でいつものように兜を脱ぎ素顔を晒した。俺とキアーラの慣れたやり取りを見たことで、キアーラがヨハンの秘密を知るメイドだと当然ながらメルキトも理解する。ここからがメルキトらしいのだけど、俺がキアーラを信頼しているのなら、たとえ初対面でも自分も同じく秘密を晒す。もちろん、ただ盲目的にグル・カンを信じるから信じるってわけではない。俺のおかれた今の状況を鑑み、そうすべきだ、と判断があってのこと。ご存じのとおり、俺には今キアーラしか仲間がいない。メルキトが俺の仲間の情報をどこまで掴んでいるのか不明だが、仲間がいたとしても多くないと断定しているだろうから。
 メルキトの状況判断からの思い切りの良さ、に懐かしさを覚えたってわけさ。
「あ、あの。私はフクロウ様とお呼びすればよいのでしょうか」
「さすがグル・カンの抱えているメイドだけある。そうだな、ここではメルキトでいいぜ」
 メルキトがさも嬉しそうに俺の背中を叩く。
 キアーラもキアーラで随分としっかりしてきた。初対面のメルキトに対してもおどおどしているものの、ハッキリ伝えるべきことを伝えることができていたものな。
 俺の背中を叩いた後、彼が耳元に口を寄せ囁く。
「いいメイドじゃねえか。よく見つけたな」
「本当に幸運だった。俺が黒仮面として活動を続けることができるのも彼女の活躍あってだよ」
 短期間で読み書き計算もマスターしてくれたし。多数のお使いも嫌がらずこなしてくれている。そろそろ交渉事にも挑戦してもらおうかと思っているほどだ。
「ヨハン様、お水か白湯のどちらをご用意いたしましょうか」
「水で頼むよ」
 さて、積もる話をしようじゃないか。
 
 メルキトと向い合せに席に腰かけ、キアーラが用意してくれた水を口に含む。
「お前が知っての通り、今の俺はクズでどうしようもない辺境伯ヨハンだ」
「黒仮面とヨハンの人となりが別人としか思えなかったが、まさかグル・カンだったなんてな。俺は魔法ってやつを信じてなかったが、荒唐無稽な話もあり得ると考えていたところだった。これまでの俺の見方はこんな感じだ」
 そう言ってメルキトが語り始める。彼は裏社会の情報屋をやっており、彼は黒仮面の正体がヨハンである、と掴んでいた。極上の情報だと喜んだ彼であったが、ヨハンと黒仮面のありようが違い過ぎ困惑する。超高値をつける情報であるが、事実をありのままに伝えても誰も信じてはくれないだろう。あのヨハンと闘技場からはじまり一気呵成に裏社会へ勢力を拡大しているやり手の黒仮面。同一人物だと告げられ、誰が信じようか。
 メルキトは何かのきっかけでヨハンの人格が昼と夜で切り替わる狼人間のようになったのでは、と真相を探っていた。そんな折、闘技場で戦う俺の姿を見て、懐かしさを覚えたそうだ。ならば、たまには感情の赴くままに動いてみるのもいいと、直接俺に接触してきた。
「それで統一帝国式の試合儀式を行ったのだな」
「半分冗談だったんだが、お前さんも応じて内心驚いたぜ。いや、驚きより歓喜が強かったな」
「俺もだ。しかも、あの行儀の悪さ。よりによってあいつを参考にしたのかよ、と思ったら本人だった」
「クク、前置きはこれくらいでいいだろ。お前さんが掴んでいる限り、ヨハンのおかれた状況を語ってくれ」
 情報と人材を集めようとここ一か月の奔走をメルキトに聞かせる。
 人材については、黒仮面がヨハンである、と明かすことができた人材はこれまで出会っていない。しかし、ストリートキッズたちや商人たちへ資金を投入し組織を作りつつある。これに加え闘技場で活躍することにより、裏社会で力を持つ者とも接触していた。
「裏社会の勢力図はかなり複雑で一つにまとめるには表からも大ナタを振るう必要があるな」
「裏社会の人口の多くはファミリーと呼ばれる三組織のどれかに属している。繋がり具合は大なり小なりあるがな」
「俺が目を付けたのは属していない者たちだけだからな。話が逸れた。ヨハンのことに話を戻そう」
「おう」
 ヨハンには隣国ヌアイア王国のアンダルシア公爵令嬢との婚約話がある。婚約についてはストリートキッズでさえも知るところだ。
 婚約話の裏に隠された事実を知ろうと情報を集めたが、どれも信ぴょう性に難があった。
 だが、公爵令嬢との婚約にについて、殆どが肯定的に受け止められていたのだ。結婚後、公爵側の官吏が沢山やってきて豊になる、とか、ヌアイア王国から支援が入るとか、中にはフェンブレン辺境伯領がヌアイア王国になる、というものまである。
 数少ない否定的な噂の一つにヌアイア王国との戦場になるってのもあったな。
「とまあ、事実としてヨハンは政治に無関心。日中は宮廷も探ったが太鼓持ち官吏しかいないな」
「婚姻をきっかけにしてアンダルシア公爵の傀儡となり、放逐か処刑ってとこか」
「そんなところだろうな。事実関係を掴むため、婚姻についても調べたんだが、伝えた通りだ」
「婚姻のことを探るのは俺も賛成だ。お前さんも安心したいんだろ。『婚姻までは安全だ』ってことを」
 さすがメルキト。話が早い。まとまりを欠いた俺の話であっても、正確に必要な箇所を取り上げてくれる。
 その後、婚姻後の敵が誰かまだ判明していないが、相手を油断させるためにもギリギリまでヨハンの人格が変わったことを悟られなくする方針を彼に伝えた。
 彼も俺の作戦に対し、出来得る限りぼんくら領主を装った方がいいと賛成する。相手の戦略が結婚後なのだから、わざわざこちらから期限を短くする必要はないとも。
 続けてメルキトが指を三本立てる。
「だいたい分かった。婚姻までに推し進めたいことは三つだな」
 指を折りながら、メルキトが次々に告げていく。
 一つ、日中はこれまでのヨハンとしてバレないように過ごす。
 二つ、裏社会へ根を広げる。
 三つ、人材と資金集め。
「概ね、意見は同じだ」
 彼の三つの方針に同意し、頷きを返す。
「んじゃ、定期的に会うようにするか」
「一つ、急ぎ頼まれて欲しいことがあるんだが、よいか」
「おう、女だろ? それにしてもお前さんが女とはねえ。堅物で服を着たようなグル・カン様とあろうものが」
「俺の趣味じゃないが……」
 話は終わりだ、とばかりに立ち上がったメルキトが、俺の肩をポンと叩く。
 そこで、ずっと後ろで控えていたキアーラの目線がメルキトへ移った後、彼に気が付かれうつむく。
「お前さん(キアーラ)はヨハンじゃあなく、グル・カンの好みだと思うぜ」
「こら、引っ掻き回すな」
「クク、まあいいじゃねえか。クソ真面目なところがお前さんのいいところだが、会話を楽しむことも必要だ」
「ぐうの音もでないよ」
 緊張感というのはずっと続くものではない。適度な息抜きは必要だ。
 自分にもキアーラにも。
 耳まで真っ赤にしてうつむくキアーラを見て、自省する俺であった。