「いよいよか」
赤に金糸で刺繍された天蓋付きベッドに座り一人呟く。自然と拳に力が入った。
追放か処刑か、運命を変えるためこの一年やれるだけのことはやった。ここから本当の闘いが始まるのだ。
まだ余裕がある状況に来たとは言えない。今日ここで過去の自分――絵に描いたような愚者ヨハン・フェンブレンの悪名を轟かせることができるのか。
ふう、と大きく息を吐きゆっくりと立ち上がる。
コンコン。
ちょうどその時、扉を叩く音がし栗色の髪をしたメイドが深々と頭を下げた。
「ヨハン様。アンダルシア公爵令嬢リーシア様がおつきになりました」
「うむ。麗しの姫と聞いている。楽しみでならんな。はっはっは!」
立ち上がって胸を反り、高慢に笑う。
何度やっても慣れないな、かつての俺のフリは。本日をもって、この馬鹿馬鹿しい演技も終わりになる、最後までうまく演じて見せるさ。
令嬢の到着を伝えに来たメイドの胸を嫌らしく見ることも忘れずに。
対するメイドはこめかみがヒクヒクしているものの、笑顔を張り付けたままくるりと踵を返す。
彼女の動きに合わせふわりと揺れたスカートから下着がチラリと見える。見えるくらいの長さにしているからな。ははは……はあ……。
誰もいなくなったところで大きなため息が漏れる。
姿鏡に映った自分の姿に対し、いかんいかんと首を振った。
そう、その顔だ。
人をなめまわすような粘っこい目つきに軽薄そうな笑み。ふんと斜に構え、指をパチリと鳴らす。
よし、完璧だ。行くぞ。
大股で胸を張り、ふんふんと周囲を威嚇しながら歩く。
今は誰も見てないんだがな。バッタリ誰かに出くわすこともあるのだから油断禁物である。
「ヨハン様のおなりー」
右手を上げ、法衣の官吏へ応じた。
奥には美しいウェーブのかかった金色の髪をしたドレス姿の美女が座っている。彼女の後ろに侍女が二人控えていた。
「ヨハン様、初めてお目にかかりますわ。わたくし、アンダルシア公爵令嬢リーシアです」
「おう。俺様は領主のヨハン。辺伯爵をやっているぞ。はははは!」
「お父様からの伝言は伝わっておりますか?」
「おう、もちろんだ。婚姻の儀をアンダルシアで行う、だろ。俺はいいぞ、どこでやっても。そうだ、俺からもお父様に言っておかなきゃあな」
ここで一呼吸置き、胸を反らし出来得る限りいやらしそうな笑みを浮かべる。
「な、なんですの?」
「夜は決して誰も覗かぬように、と厳命せよ、とな。ははははは」
下品に高笑いする。
令嬢はといえば、嫌そうな顔を隠そうともせず口元を扇で隠し眉間に皺が寄っていた。
「本当にあなた様がヨハン様なのですか……」
「これほど屈強で美しき野獣が俺様以外にいるわけなかろう?」
うーん、を舐めまわすように令嬢を見やると、顔を青くした令嬢がかぶりをふる。
「わたくしにどこか粗相がございましたでしょうか?」
「嫌な態度をとって悪かった。看過できぬことがあったのだ」
彼女は自分の何かが俺の怒りに火をつけ、嫌らしい態度を取られたと考えたのだ。
ならば、そこに乗っかってやろう。ヨハンらしくな。
ヨハンはこと女性に対しては尊大ではあるが懐の深さがある。しおらしい令嬢に対し、素直に謝罪するし何故かを真摯に説明する度量も持ち合わせているのだ。
「看過できぬこと……とは?」
「これでは詐欺だ。俺は巨乳だと聞いていたぞ。それだと虚乳ではないか!」
令嬢の仕草や態度、服装に至るまで不備と言える不備は見当たらなかった。
しかし、ここで何かを言わねばヨハンではない。適当に言ったのだが、どうも本当に胸に何か詰め物をしていたらしい。彼女が顔を真っ赤にして扇で顔を覆う。
「ひ、酷すぎますわ! わたくし、あなた様と婚儀を結ぶことは……破棄させていただきます」
「おう、俺からも偽乳なんぞお断りだ。無いなら無いで素直に見せればよいのだ」
「帰ります、メイア、準備して」
「は、はい、お嬢様!」
私兵とメイドを連れて公爵令嬢リーシアが去って行った。
慌てて彼女を追いかける大臣らを後目に豪奢な椅子へ深く腰かける。
ガチャン。
その時、唐突に大窓が開く。
慌てて出ていく大臣や官僚たちと入れ替わるようにしてぼさぼさ頭の30半ばほどの男が窓から降りてきて、華麗に床に着地する。
男はさも愉快そうに無精ひげを撫でながら笑い始めた。
「あひゃひゃ、いくらなんでも予想外だわ」
「俺もだよ。まさかの展開に驚いた」
「偽乳ってなんだよ。傑作過ぎるだろ。不世出の軍師とはお前さんのことじゃねえか」
「茶化すな。結果的に最高の幕切れになったから良しだ」
右手でパチリとすると、男の目がすうっと細くなる。
「これで少なくとも二か月は時を稼ぐことができたはずだぜ」
「多少でも時間を伸ばせたことは幸いだ。メルキト、手はず通りに進んでいるか?」
「もちろんだ。ライヤーラも今か今かと待ってるぜ」
「よし、始めよう」
――大粛清を。汚職、背信行為、隣国の間者、王都からの刺客、全てまとめて一網打尽にしてやる。
隣国ヌアイア王国の公爵令嬢リーシアには愚図な辺境伯と強く印象を付けることができた。彼女を通じて隣国には俺がいかに愚鈍な領主であるかが伝わる。同様に我が国の王都にも噂が広まるだろう。
いつまでも愚鈍であると思ってはくれないだろうが、少しでも誤魔化せるならこれ幸いだ。
今日この日から辺境伯領の大改革を始める。
まさか一年前はこのような事態になるとは思ってもみなかった。そう、あの日強く頭をぶつけてから大きく人生が変わったのだ。
赤に金糸で刺繍された天蓋付きベッドに座り一人呟く。自然と拳に力が入った。
追放か処刑か、運命を変えるためこの一年やれるだけのことはやった。ここから本当の闘いが始まるのだ。
まだ余裕がある状況に来たとは言えない。今日ここで過去の自分――絵に描いたような愚者ヨハン・フェンブレンの悪名を轟かせることができるのか。
ふう、と大きく息を吐きゆっくりと立ち上がる。
コンコン。
ちょうどその時、扉を叩く音がし栗色の髪をしたメイドが深々と頭を下げた。
「ヨハン様。アンダルシア公爵令嬢リーシア様がおつきになりました」
「うむ。麗しの姫と聞いている。楽しみでならんな。はっはっは!」
立ち上がって胸を反り、高慢に笑う。
何度やっても慣れないな、かつての俺のフリは。本日をもって、この馬鹿馬鹿しい演技も終わりになる、最後までうまく演じて見せるさ。
令嬢の到着を伝えに来たメイドの胸を嫌らしく見ることも忘れずに。
対するメイドはこめかみがヒクヒクしているものの、笑顔を張り付けたままくるりと踵を返す。
彼女の動きに合わせふわりと揺れたスカートから下着がチラリと見える。見えるくらいの長さにしているからな。ははは……はあ……。
誰もいなくなったところで大きなため息が漏れる。
姿鏡に映った自分の姿に対し、いかんいかんと首を振った。
そう、その顔だ。
人をなめまわすような粘っこい目つきに軽薄そうな笑み。ふんと斜に構え、指をパチリと鳴らす。
よし、完璧だ。行くぞ。
大股で胸を張り、ふんふんと周囲を威嚇しながら歩く。
今は誰も見てないんだがな。バッタリ誰かに出くわすこともあるのだから油断禁物である。
「ヨハン様のおなりー」
右手を上げ、法衣の官吏へ応じた。
奥には美しいウェーブのかかった金色の髪をしたドレス姿の美女が座っている。彼女の後ろに侍女が二人控えていた。
「ヨハン様、初めてお目にかかりますわ。わたくし、アンダルシア公爵令嬢リーシアです」
「おう。俺様は領主のヨハン。辺伯爵をやっているぞ。はははは!」
「お父様からの伝言は伝わっておりますか?」
「おう、もちろんだ。婚姻の儀をアンダルシアで行う、だろ。俺はいいぞ、どこでやっても。そうだ、俺からもお父様に言っておかなきゃあな」
ここで一呼吸置き、胸を反らし出来得る限りいやらしそうな笑みを浮かべる。
「な、なんですの?」
「夜は決して誰も覗かぬように、と厳命せよ、とな。ははははは」
下品に高笑いする。
令嬢はといえば、嫌そうな顔を隠そうともせず口元を扇で隠し眉間に皺が寄っていた。
「本当にあなた様がヨハン様なのですか……」
「これほど屈強で美しき野獣が俺様以外にいるわけなかろう?」
うーん、を舐めまわすように令嬢を見やると、顔を青くした令嬢がかぶりをふる。
「わたくしにどこか粗相がございましたでしょうか?」
「嫌な態度をとって悪かった。看過できぬことがあったのだ」
彼女は自分の何かが俺の怒りに火をつけ、嫌らしい態度を取られたと考えたのだ。
ならば、そこに乗っかってやろう。ヨハンらしくな。
ヨハンはこと女性に対しては尊大ではあるが懐の深さがある。しおらしい令嬢に対し、素直に謝罪するし何故かを真摯に説明する度量も持ち合わせているのだ。
「看過できぬこと……とは?」
「これでは詐欺だ。俺は巨乳だと聞いていたぞ。それだと虚乳ではないか!」
令嬢の仕草や態度、服装に至るまで不備と言える不備は見当たらなかった。
しかし、ここで何かを言わねばヨハンではない。適当に言ったのだが、どうも本当に胸に何か詰め物をしていたらしい。彼女が顔を真っ赤にして扇で顔を覆う。
「ひ、酷すぎますわ! わたくし、あなた様と婚儀を結ぶことは……破棄させていただきます」
「おう、俺からも偽乳なんぞお断りだ。無いなら無いで素直に見せればよいのだ」
「帰ります、メイア、準備して」
「は、はい、お嬢様!」
私兵とメイドを連れて公爵令嬢リーシアが去って行った。
慌てて彼女を追いかける大臣らを後目に豪奢な椅子へ深く腰かける。
ガチャン。
その時、唐突に大窓が開く。
慌てて出ていく大臣や官僚たちと入れ替わるようにしてぼさぼさ頭の30半ばほどの男が窓から降りてきて、華麗に床に着地する。
男はさも愉快そうに無精ひげを撫でながら笑い始めた。
「あひゃひゃ、いくらなんでも予想外だわ」
「俺もだよ。まさかの展開に驚いた」
「偽乳ってなんだよ。傑作過ぎるだろ。不世出の軍師とはお前さんのことじゃねえか」
「茶化すな。結果的に最高の幕切れになったから良しだ」
右手でパチリとすると、男の目がすうっと細くなる。
「これで少なくとも二か月は時を稼ぐことができたはずだぜ」
「多少でも時間を伸ばせたことは幸いだ。メルキト、手はず通りに進んでいるか?」
「もちろんだ。ライヤーラも今か今かと待ってるぜ」
「よし、始めよう」
――大粛清を。汚職、背信行為、隣国の間者、王都からの刺客、全てまとめて一網打尽にしてやる。
隣国ヌアイア王国の公爵令嬢リーシアには愚図な辺境伯と強く印象を付けることができた。彼女を通じて隣国には俺がいかに愚鈍な領主であるかが伝わる。同様に我が国の王都にも噂が広まるだろう。
いつまでも愚鈍であると思ってはくれないだろうが、少しでも誤魔化せるならこれ幸いだ。
今日この日から辺境伯領の大改革を始める。
まさか一年前はこのような事態になるとは思ってもみなかった。そう、あの日強く頭をぶつけてから大きく人生が変わったのだ。
