醒めない夢に溺れてる

「聖來(せいら)、水分摂って」
 
 初めて経験する疲労に襲われベッドから動けないでいると、目の前に水筒が差し出された。
 俺がいつも学校に持っていっているやつ。
 遥陽(はるひ)がリュックから取り出してくれたのだ。
 ……でも、もう少しお願いしてもいいかな。
 
「ほら、いっぱい汗かいたから飲まないと」
 
「……一人じゃ飲めない」
 
 チラッと視線を送ってみると、既に乱れている髪をわしゃわしゃと撫でられた。
 今日何度目か分からない「可愛いね」を言ってくれたあと、遥陽は水筒の水を口に含み、優しい口づけと共に俺の渇いた喉へ流し込んでくれた。
 生ぬるい水分で潤される幸せを感じながら、遥陽の腰にぎゅっと腕を巻きつける。
 
「……神社の神様に感謝だね」
 
「ふふ、そうだね」
 
「あ、鯉の置物、せっかくだから並べて写真撮ろうよ」
 
「いいね、リュックから出してくる」
 
 遥陽が立ち上がったので、俺ものそりと身体を起こし本棚の方へ視線をやった。
 
「……え? なん、で」
 
「ん? 聖來なんか言った?」
 
「……ない。なくなってる」
 
「どういう……あれ? 絶対ここに入れたんだけど……」
 
 二人で顔を見合わせて、もう一度それがあったはずの場所を互いに確認したけれど、事実は覆らなかった。
 
「……消えたってこと?」
 
「……そうみたいだね」
 
 俺たちの明晰夢を繋げていたと思われる鯉の置物は、跡形もなく姿を消していた。
 まるで、もう自分の役目は終わったのだという風に。

 
 
 
 それから二週間ほど経って、俺たちは再び神社を訪れた。
 毎日恋人として幸せな時間を過ごせていること、千晃(ちあき)やクラスメイトに交際報告ができたことを伝え、これまでの感謝と共に明るい未来を願った。
 
「それにしても、物が消えるなんて不思議なこと、本当に起こるんだなぁ」
 
 恋人繋ぎの手をにぎにぎしながら、遥陽はしみじみと言う。
 俺もうんうんと頷いて、繋いだ手に力を込める。
 
「ほんとに不思議だね。もしかして、そういう言い伝えとか伝説みたいなのがあるのかな」
 
「聖來は小さい頃からこの神社に来てるんだっけ」
 
「うん。でも、特に何も聞いたことないし……」
 
 そんな話をしているとき、ちょうど授与所の前を通りかかって、思わず二人して足を止めた。
 お守りや神札、おみくじなどがずらりと並ぶ中、あの日迎えた鯉の姿を探す。
 探して、探して……やがて、その予感は確信となった。
 
「……どこにもないな」
 
「うん……もう扱うのやめちゃったのかな」
 
 念のため、と遥陽が巫女さんに確認してみると、確かにこの神社では鯉が神の使いとされているが、俺たちが持っていたような鯉の置物は存在しないとのこと。
 巫女さんは親切に鯉に関連するお守りや絵馬などを見せてくれたけど、やはり見覚えのあるものはなかった。
 

 
 
 
「もう明晰夢を見ることもないのかなぁ」
 
 神社から家へ向かう途中、ぽつりと呟いた。
 あんなに明晰夢に振り回されていた日々が、随分と昔のことのように感じる。
 
「これからはしたいことがあれば、現実でしたらいいよ」
 
 遥陽は落ち着いた声でそう言うと、俺の額にそっと口づけをした。
 
「……これが遥陽の今したいこと?」
 
「これ『も』かな。聖來は? 何がしたいのか教えて」
 
「……家に着いてからね」
 
 ちょっと不思議な俺たちの恋は、今日も夢のように甘い湖を泳いでいる。