醒めない夢に溺れてる

 昨年同様、七月下旬から夏休みに入り、帰宅部の俺はアルバイトと宿題に明け暮れる毎日を送っている……はずだった。
 それが実際はどうだ、毎日のように好きな人と連絡を取り(業務連絡だが)、明日はなんと二人きりでお出かけするのだから(これも業務の材料調達だが)。
 
 文化祭の役割が同じというだけで、ここまで遥陽とたくさん関わることができるとは思っていなかった。
 昨年はクラスの出し物がモザイクアート展示だったこともあり、特定の誰かと協力して活動することもなく文化祭準備を終えたから、そりゃあもう雲泥の差だ。
 この俺が、まさに青春というような夏を過ごしていることが、いまだに信じられない。
 
 
 そんなわけで夢見心地のまま、明日の買い出しに着ていく服を決めるため、鏡の前で一人ファッションショーを開催していると……スマホからピコン、と通知音が鳴った。
 送り主は期待通り。まさに明日会う人物だ。
 

 
 遥陽(はるひ)のまっすぐな言葉に今夜も胸を射抜かれる。
 楽しみという一言だけで、俺が大空だって飛べちゃいそうなくらい浮かれてしまうということを、いつか君にも知ってほしい。
 と、そんなことを思っておきながら、返信は最低限の内容を入力するので精一杯。
 もっと熟考して返すべきだっただろうか……と腕組みしていたら、すぐに遥陽から返信が来た。
 

 
「えっ」
 
 スマホを落としそうになった。
 心臓がドクドクと速くなる。
 こんなのまるで……ほんとにデートするみたいじゃないか。
 
 行きたいところなんて、遥陽がいるところならどこでもいい。
 かと言って「どこでもいい」という回答をすると乗り気じゃないと思われそうだ。
 少し悩んで、結局「考えとく」という一言しか返せなかったけど……遥陽がいかにもご機嫌な猫のスタンプを送ってきてくれたおかげで、ほっこりと安堵して頬が緩んだ。
 
 
 ◇
 
 
 翌日、待ち合わせ時刻の十分ほど前。
 A駅の改札へ向かうと、涼しげな白いTシャツとデニム生地のタックワイドパンツを着こなした遥陽が、満面の笑みで手を振って迎えてくれた。
 
聖來(せいら)、おはよ!」
 
「ぉ、おはよ、遥陽。ごめん、待たせちゃった?」
 
「んーん、俺もさっき来たとこ。楽しみすぎて早く着いちゃった」
 
「っ、そっか」
 
 相変わらず絶好調なキュンキュン攻撃を受け、早速俺のハートは大ダメージを食らう。
 胸ってときめくと本当に痛くなるんだなぁと、遥陽のせいで何度も実感している。
 
「聖來、めっちゃオシャレだね。似合ってる」
 
 遥陽の攻撃はその勢いを落とさない。
 昨夜たくさん悩んで選んだアッシュブルーのシャツとグレーのワイドパンツも喜んでいる。
 
「は、遥陽こそ似合ってるよ! 私服、見れて嬉しい……」
 
「ふふ、ありがとう」
 
 って、これは夢じゃなくて現実だった……ついつい本音が溢れてしまったではないか。
 ここ数ヶ月ずっと都合の良い夢を見ているから、油断したらあんなことやこんなことを言ったりやったりしてしまいそうだ。
 
「じゃあ、まずは文化祭の色々買っちゃおうか」
 
「うん! ……あ、そういえばさ、今更だけど、仲良しの人たちは大丈夫だった……?」
 
「え? どういう……あ、そういうことか、全然大丈夫だよ。俺は聖來と組むねって一言言っておいたし」
 
「そ、そう……」
 
 遥陽の口調は俺が思っているよりずっと軽やかなものだった。
 誰とグループを組むかなんて遥陽にとってはちっぽけな問題で、そこに俺が期待しているような意味はないのかもしれない。
 
「あ、今日行きたいとこ、何か思いついた?」
 
「ぁ、うん、えっと……」
 
 昨夜、寝る前に色々と調べて候補は考えてきた。
 しかし、冷静になってみると、俺が持ってきた候補はどれも定番のデートスポットばかりだ。
 勝手に恋心を高鳴らせていたけれど、遥陽からしたら俺は当然ただの友達で……もっと他に「友達」っぽい遊べる場所を考えてきたら良かったかも。
 
「聖來、遠慮しないでよ。俺、聖來とならどこへでも行きたいから」
 
「っ……」
 
 ほらまたそういうことを言うから、今度は照れで言葉が出てこなくなる。
 俺の心の激しい揺れを知ってか知らずか、遥陽は少し屈んで顔を下から覗くようにして目を合わせてくる。
 恥ずかしくて俯くと、垂れた前髪をそっと指で持ち上げられ、きっと熟れたりんごみたいに赤いであろうこの顔が晒されてしまう。
 
「……ね、教えて?」
 
「……す、すぃぞくかん、とか……」
 
 こんなに弱々しい自分の声は初めて聞いた。
 遥陽は小さく震えた音をしっかりと受け取ってくれたのか、ニッと微笑んで俺の頭を撫でる。
 
「水族館、すげー楽しそう。いいね、行こうよ!」
 
「ほんとに、いいの?」
 
「言ったでしょ。聖來とならどこへでも行くって」
 
「遥陽……ありがとう」
 
 制服姿じゃない君と二人でお出かけして、こんなに優しい言葉をかけられると……夢と現実の狭間にいるみたいだ。
 じりじりと燃える太陽に身体の芯も熱せられ、少しずつ少しずつ理性が衰えていく予感がする。
 涼しい水族館を選んだのは、なんだかんだ正解だったかもしれない。
 
 
 ◇
 
 
 駅から近い商業施設内の百均で文化祭準備に必要なものを色々と揃えたら、お昼ご飯にちょうど良い頃合いとなったため、そのまま施設内のレストランに入ることに。
 こういった場所には両親や年上の従兄弟としか来たことがなかったのに、いきなりハードルが上がって好きな人と二人きり……ということで、メニューの内容が全然頭に入らなかった。
 結局、遥陽に「何頼む?」と聞かれたとき偶然開いていたページにあったボリュームたっぷりの唐揚げ定食を注文してしまった。俺は男子にしては少食な方だから、普段はあっさりしたものや量が少なめのものを選ぶようにしているのに。
 
 案の定、たくさん盛られていた唐揚げの最後の一個を、俺はどうしても食べられなかった。
 遥陽は俺の箸が進まなくなったことにすぐに気づいて、「俺も唐揚げと迷ってたから、もしよかったら食べてもいい?」なんて言って、パクッと最後の一つを口に入れてしまった。
 とっくに自分の分を食べ終えていたのにニコニコ笑顔でのんびり待っていてくれるところも、俺が申し訳なく思う隙を与えないところも……全部全部かっこよくて、何度も遥陽に惚れ直してしまう。 
 きっとこれから先も、俺はそうやって数えきれないほど遥陽に恋をするんだ。そんな未来が楽しみなようで、途方もない試練のようにも思えた。
 
 
 
 昼食を終えたら十五分ほどバスに乗って、この街の数少ない観光スポットである水族館へ。
 最後に行ったのは小学校低学年の頃だ。当時のことは正直あまり覚えていないが、遥陽と新鮮な気持ちで回れるから多少忘れてるくらいでちょうど良かったのかもしれない。
 
 館内に足を踏み入れると、バス停からのわずかな距離でかいた汗が一気にひんやりと冷え、少しだけ身震いしてしまった。
 今朝、夏用のカーディガンを持っていこうか迷ってやめたことを思い出し、若干の後悔を感じる。
 
「聖來、チケット買えたよ」
 
「ありがとう。お金渡すからちょっと待っ――」
 
「もしかして冷えちゃった?」
 
「え、」
 
「結構冷房効いてるし……あ、ごめん、勘違いだったかな」
 
 財布を取り出そうとする手も思わず止まってしまった。
 どれだけ人のことをよく見ているんだ、俺の好きな人は。
 いや、一年の頃からそういう人だとは知っているけれど……この人の温かさが全部、今は俺だけに向いているということを猛烈に実感して、俺は多分感動しているのだ。
 
「……ほんの少し冷えたかも。でも、このくらいなら大丈夫」
 
「んー……あのさ、一応薄手のカーディガン持ってきたから渡しとく。もし寒くなったら着てね」
 
「えっ、い、いいの?」
 
「うん。俺はまだ全然暑いし、聖來が使って」
 
 ありがとう、と受け取ったオフホワイトのカーディガンを羽織ってみると、ふんわりと遥陽の優しい香りがした。
 好きな人の匂いに包み込まれて、隣では本人が笑いかけてくれて……水槽の中の魚たちに、浮かれた自分を観察されているような気がしてくる。
 
「聖來、見てみて! 頭の上でエイが泳いでる」
 
「ふふ、ほんとだ」
 
 行きたいと言い出したのは俺だったけど、遥陽もいつもよりテンションが上がっているようで嬉しい。
 ワクワクしているのは俺だけじゃないのだと、この目で一瞬一瞬、確かめられることが嬉しい。
 
「遥陽は、小さい頃とか水族館行った?」
 
「保育園の遠足で一度行っただけだなぁ。聖來は?」
 
「俺は、家族や従兄弟と何度か。でも、今日は小学生ぶりに来たよ」
 
「そっか、家族と……従兄弟は、二歳上だっけ」
 
「よ、よく覚えてるね」
 
「聖來一人っ子だから、従兄弟がお兄ちゃんみたいな存在だって前に話してたじゃん?」
 
「う、うん、多分……」
 
 遥陽が当然のように話すから圧倒されてしまった。
 興味のない人の話を、こんなに詳しく覚えているだろうか。
 いや、色んな人に気を配れる遥陽にとっては、造作もないことなのかも。
 それに対して俺は……遥陽の家族のこととか、あまり聞いたことがない。
 俺が自分のことをペラペラと話せるのは、遥陽が聞き上手で気持ちよく喋らせてくれているからなのだとしたら、俺はつまりその逆で聞き下手ということだ。
 
「……えっと、遥陽は弟がいるんだよね。確か結構小さい……」
 
「うん、まだ八歳。夏休みの宿題頑張ってるよ」
 
「ふふ、そっか。弟くんも遥陽と水族館行きたかったかもね」
 
「んー……あ、やばい! 聖來、イルカショーもうすぐ始まっちゃう。行こっ!」
 
「えっ、ぁ、う、うん!」
 
 手を握られてドキドキする気持ちの裏で、遥陽が家族の話題を打ち切ったことや、そのときの表情がわずかに曇ったことが気になっていた。
 他人に話したくないことの一つや二つあるだろう。俺から無理に聞くつもりはない。
 でも、いつか遥陽が誰かに何かを打ち明けたくなったとき、一番に頭に思い浮かぶのは俺でありたいと思う。
 
 
 ◇
 
 
 水族館をゆっくり楽しんだらあっという間に夕方となり、遥陽とバイバイする時間が来てしまった。
 明日からも学校の夏期講習や文化祭準備で会えるのは分かっているけれど、やっぱり好きな人とは離れがたい。
 
 帰りの電車を先に降りるのは俺の方だ。
 この街は基本的に車社会で、電車はいつもそこそこ空いているから、好きな人と二人で過ごすには結構いい空間なのだけど……乗車時間が短いのが惜しい点である。
 あっという間に見慣れすぎた風景に溶け込んで、俺の気持ちなど無視したアナウンスが車内に流れる。
 
「……遥陽、今日はありがとう。また、明日」
 
「こちらこそありがとう。明日から準備頑張ろうね!」
 
 うん、と頷いて手を振ったら、込み上げてくる寂しさをグッと堪えてホームへと足を踏み出した。
 このまま振り返らずに改札を出てしまおうと思いながら、もう一歩足を踏み出して――。
 
「っ、待って!」
 
「えっ」
 
 予想外の声にぐるんと振り向くと、扉がプシューッと閉まる音と同時に遥陽が俺の視界いっぱいに飛び込んできて、思わず後ずさる。
 
「遥陽、どうしたの……?」
 
「渡したいもの、あって」
 
 遥陽がトートバッグの中を漁っている間に電車はどんどん遠くなり、それを目の前に差し出されるときには、すっかり静寂が訪れていた。
 
「開けてみて」
 
「わ、分かった」
 
 白くて小さな紙袋の封を開けると、
 
「っ! これ……」
 
「水族館の売店のやつ。聖來、ずっとそのキーホルダー見てた気がして」
 
 中身は遥陽の言う通り、気になってしばらく眺めていたイルカのペアキーホルダーだった。
 シンプルなデザインで目立つことはなさそうだし、筆箱にでもつけてみたいなぁと考えたが、さすがにこういうペアのグッズは恋人同士でないと厳しいに違いない。
 そう思って完全に諦めていたのに……きっと俺がお手洗いに行った隙に買ってくれたのだろう。
 
「えっと……これって、もう一個は、遥陽が……ってことで、いいんだよね?」
 
「あ……へへ、実はそれ期待して買ったところもあるから……聖來がいいなら、今日の思い出にお揃いにしよう」
 
「っ、うん!」
 
 遥陽からのサプライズで甘く踊る心のままに、片方のイルカを遥陽の手のひらにそっと置いた。
 ほんの少しだけ触れた体温は思っていたより熱い。
 
「やったね。家帰ったら早速つけちゃおっと」
 
「遥陽……ふふ、俺も筆箱につける。ほんとに、ありがとう!」
 
 たとえ恋人じゃなくても……今は、昨日より君に近い友達でいられることが嬉しくて堪らない。
 
「どういたしまして」
 
 その刹那、ちゅ、と額に伝わった感覚。
 ……何が起こったのか?
 一時停止ボタンを押されたみたいに呼吸も思考も止まってしまう。
 
「……あ! で、電車来たから、じゃあ、ほんとにまた明日!」
 
「っ! あ、うん、また明日、ね……」
 
 ボーッとした頭のまま遥陽を見送ったあと、トボトボ家まで歩いて帰った。おそらく、通常の二倍くらいの時間をかけて。
 
 別に唇にされたわけじゃない。
 あくまでも額だし、海外ではキスなんて挨拶の一つだし、大きな意味なんて……って、たくさん「そうじゃない」理由を想像しても、恋に一度与えた希望は何ルクスもの光を放つ。
 この眩しさを抑える方法を、俺は学校で習ってない。
 
 ぐるぐると遥陽を想う心と身体をスッキリさせるため、帰宅後はすぐに風呂に入ろうと洗面所に向かった。
 そして服を脱ぐとき一発目に気づいた。
 
「あ……カーディガン返すの忘れてた……」
 
 まあ、結局最後まで着てしまったし洗って返したほうが良いよね……と、洗濯機に入れようとして、一旦やめた。
 いや、どうせすぐ入れるのだけど。ちょっとだけ。
 
 誰にも見られていないのに恐る恐る顔を埋めた。
 遥陽の香りが、まだちゃんと残っている。
 さっきまで隣を歩いていた甘い香りだ。
 
 やってしまったあとで、自分の変態的な行動に幻滅した。
 でも、今さら何を、という感じでもある。
 だって……明晰夢で散々キスをしておいて……。
 俺はもう、随分前から遥陽に言えない秘密を抱えてるんだ。
 新たな秘密が一つ増えてしまっただけだ――。
 
 
 ◇
 
 
 水族館デートの翌日から、夏期講習と文化祭準備が予定通り始まった。
 午前中は勉強を頑張って、午後は縁日の装飾を制作する。
 遥陽はバレー部の練習があるから途中参加したり先に切り上げたりすることがほとんどだけど、なんといっても同じ役割を持つのは俺たち二人だけ。
 制作中はずっと遥陽と話せるし、普通の授業期間よりも濃い時間を過ごせている。
 
 そんな中、今日は遥陽の部活が休みのため、お昼から夕方まで二人でおしゃべりしながら作業することができる。
 もちろん教室には他のクラスメイトもいるけれど、休憩に自販機まで行くときなんかは本当に二人きりで……。
 
「聖來、今日はりんごジュースの気分なの?」
 
「うん。たまに無性に飲みたくなる」
 
「ふふ、ちょっと分かる。俺はまた炭酸買っちゃったけど」
 
「それもさっぱりしてて美味しいよね」
 
 買ってすぐにお互い蓋を開け、ゴクゴクと渇いた喉を潤す。
 自販機がある購買付近は普段なら賑やかだけど、夏休み期間の午後三時となれば誰かと鉢合わせることも滅多にない。
 
「……聖來、おいで」
 
「っ……」
 
 遥陽の声のトーンが少し下がって、その瞳が甘やかになったなら、それはもう“そういう”サインだ。
 無抵抗な俺を遥陽がぎゅうっと抱きしめて、首筋を唇でやさしくなぞる。
 
「ふふ、くすぐったい?」
 
「そ、そりゃ、そう、だよ……」
 
 楽しそうに微笑む遥陽の視線がゆらりと唇へと移り、そのまま啄むような口づけが始まる。
 次第に貪るようになるそれにしがみつくのが精一杯で、俺がこの人を満足させる日はまだまだ先のことになってしまいそうだ。
 
「聖來、頑張って息してるの可愛いね」
 
 そういう君は、いつだって呼吸ひとつ乱さず笑って、よしよしと頭を撫でてくる。
 唯一、ほわっと色づく頬だけが、俺の心を救ってくれるのだ。
 
「……そろそろ、休憩、終わらないと」
 
「そうだね。でも、ゆっくり戻ろう。今の聖來の顔、みんなに見せらんないから」
 
 俺のほっぺをむぎゅむぎゅとしたあと、遥陽は宣言通りゆったりとした足取りで教室へ戻る階段を上った。
 一段後ろを歩いていた俺は、顔を冷ますため手で扇ぐのに必死だった。
 
 教室の近くまで来ると、ふと、遥陽が足を止めた。
 どうしたのだろう、と様子を窺うと、何やら扉の向こうから聞こえる男子たちの話し声に耳を澄ましているようだ。
 
「で、お前、その彼女とどこまでいったん?」
 
「だから、一週間前に付き合ったばっかだって言ってんだろ」
 
 どうやら男子数名で恋バナをしているらしい。
 確かにこの中に入っていくのは気まずいな……。
 
「一週間もあったんだろ、どこまでいったのか教えろよ〜」
 
「お前らが期待してるようなことはねーよ」
 
「んだよ、ついに童貞卒業したかと思ったのに」
 
 童……待て、彼らの話題はどこまでいってしまうのか。
 遥陽と盗み聞きしているこの状況で、あまり進んだことを話されるとそれこそ気まずすぎるのだが。
 
「他の奴らってどうなんかな。明らかに遊んでそうな奴は分かるとして、彼女いる奴はやっぱ卒業してんのかな?」
 
「人によるだろ。でも俺、何人かは聞いたことあるぜ」
 
「うげ、ムカつくなー!」
 
 そろそろ別の話題に移ってもよろしいのではないか。
 もう俺は遥陽の顔を見ることができない。
 
「……てかさー、遥陽ってどう思う?」
 
 心臓が思いっきり跳ねた。
 よりによってその名前を出すとは。
 本人が戻ってくるかもしれない場所で、そういうことを話すなと言いたい。
 ……と思いつつ、気になってしまう自分もいる。
 
「あー俺もそれ気になってた! 遥陽って下ネタとかマジで聞かねぇし乗ってこねぇじゃん? モテてんのは一目瞭然だけど、そのあたり未知すぎるんだよな」
 
「分かる、なんか触れられんよな、あいつの前でそういう話題」
 
「だから聖來くんとも仲良いんかな?」
 
「ああ、なるほどね。納得いくわ」
 
 今度は自分の名前まで出てきて、心臓はもはや最速のメトロノームみたいに速く慌ただしく鳴っている。
 このままではまずい、と深呼吸をするため胸に手を当てると、不意に頬をつつかれる。
 そして次の瞬間には、耳元に熱い吐息を感じた。
 
「聖來」
 
 遥陽はいたずらな囁き声で鼓膜を刺激する。
 
「……みんなが知ったら、どう思うかな? “純粋無垢”な俺たちが本当は、学校でこっそり可愛くないキスをしてるって知ったら……ねぇ?」
 
「っ……」

「……あと五分だけ休憩しようか。こっちおいで」
 
 遥陽はそっと俺の手首を掴んで、隣の隣にある空き教室に連れていくのだった。
 そして、再び唇を奪って――。
 
 
 ◇
 
 
「聖來! そろそろ起きなさい!」
 
「っ!!」
 
 一階から俺を呼ぶ母さんの声で飛び起きた。
 背中にはびっしょりと汗をかいている。
 決して悪い夢ではないけれど、好き勝手にイケナイことをしているからか、明晰夢を見た朝はいつも寝汗が酷い。
 
 今日の夢もそうだったけど……夢の中の遥陽は、現実の彼とは随分違う顔を見せる。
 それは言うならば、激甘サディストだ。
 ちょっと意地悪な表情や言葉を浴びせて俺の反応を楽しむけれど、絶対に俺を傷つけるようなことはしない。
 ……って、それは当たり前だ。
 全ては俺の願望で塗れた明晰夢の中のこと。
 そう、つまり、俺は……遥陽に甘すぎるサディズムを向けてほしいという欲求を持っているのだ。
 
 その事実に気づいてからは、興奮と同時に罪悪感もより一層大きなものになった。
 俺は勝手に理想の遥陽像を妄想して、ショッキングピンクの性欲を満たしているのだから。
 ただ俺の場合、明晰夢は見ようと思って見れるものではないから、反対に見ないようにコントロールすることもできない。
 俺にできることは、もし明晰夢を見ても、自分の欲望のままに動かないことくらい……と言っても、いつもいざ夢の中に入るとただただ遥陽に翻弄されてしまうから、そんなことできるのかは分からない。
 
「聖來! 早く起きないと千晃(ちあき)くん来ちゃうよ!」
 
「っ、やばっ……今起きる!!」
 
 母さんからもう一度呼ばれて、慌てて階段を駆け下りた。
 早く朝ごはんを食べて最低限身だしなみを整えなければ。
 お盆真っ只中で学校も完全に閉まっている今日は、二歳上の従兄弟――三波(みなみ)千晃(ちあき)がうちに遊びに来るのだから。
 
 千晃は俺の父さんのお兄さんの一人息子。
 お互い一人っ子だけど、本当に兄弟みたいに育ってきた。
 昨年までは千晃も高校生だったから隣の県に住んでいたが、今春、大学進学を機に東京へ引っ越してしまった。
 チャットや電話はたまにするけど、直接会うのは久々だから楽しみだ。
 
 
 
 お昼過ぎ、予定通り千晃は俺の家にやってきた。
 高校時代は真っ黒だった髪は黄味がかった茶色になり、アイロンで上手にセットされている。
 耳にはシンプルなシルバーのピアス、服は有名な若者向けのブランドのポロシャツ……。
 元々かっこいい人だけど、大学に入ってさらに垢抜けて、たった二歳しか違わないのにものすごく大人っぽく感じる。
 
「聖來、久々だな。なんか背伸びた?」
 
「えっ、そうかな? 千晃もちょっと伸びたような……あと、すごいオシャレになってる」
 
「だろ? やっぱ東京はすごいわ。店が多いし選び放題よ」
 
「ふふ、楽しそう」
 
 千晃は俺と違ってファッションに詳しくて、買い物も大好きな高身長のオシャレさんだ。
 でも、千晃の地元もこの街と同じくらい田舎で、服を買える場所なんて当然限られていた。
 それと比較すれば東京はまさに夢のような場所だろう。
 
「聖來は? 夏休みちゃんと楽しんでる?」
 
「うん。毎日楽しいよ」
 
「えっ、何その笑顔、絶対なんかいいことあっただろ」
 
「ぁ、え、いや、その……」
 
「もしかして〜、前に言ってた好きな人と進展あった?」
 
「っ……覚えてたんだ……」
 
 そう、俺に好きな人がいることを千晃は知っている。
 昔から会うたびに必ず好きな人ができたかどうか聞かれているのだが、遥陽に会うまではそんな人いなかったし、「いないよ」とサラッと言って終わりだった。
 しかし、高校入学後は遥陽の顔が頭に浮かび、だんだん誤魔化せなくなっていって……千晃が上京する直前、二人で遊びに行ったとき、観念して好きな人がいることを認めたのだ。
 
「一年のときのクラスメイトだっけ? 今年も同じクラス?」
 
「同じだよ。ねぇこの話やめない?」
 
「やめるわけないだろ〜! 今日こそは色々聞き出してやるからな。てか、相談とかあったら乗るよ?」
 
「相談……」
 
 千晃には好きな人が男子だということもまだ話していないけど、正直、夢のことや罪悪感ゆえのモヤモヤを一人で抱えているのは辛い。
 千晃自ら相談に乗ると言ってくれているし、ありがたく話を聞いてもらった方が良いのではないか。
 
「まあ、また夜にでも恋バナしような! 俺も今いい感じの子がいるから話聞いてほしいし〜♡」
 
「っ、うん……」
 
 多分、千晃は今のわずかな間で、俺の気持ちの準備がまだできていないのを察してくれたのだと思う。
 今夜は千晃もうちに泊まってくれるから、それまでに話したいことを整理しておこう。
 
 
 ◇
 
 
 昼間は千晃と近所の美味しい中華料理店に行って、小さな頃から馴染みのある味を楽しみながら色んな話をした。
 まあ、話をしたと言っても、俺の高校生活に関しては面白いエピソードも特にないため、千晃のキャンパスライフについて一方的に聞くかたちにはなったけど。
 千晃は超有名私立大学の法学部に通っているが、周りには千晃よりオシャレで頭がいい同級生もたくさんいるらしい。
 芸能人みたいな人がたくさんいるなんて一体どんなところなのか……想像したらちょっとだけ怖くなった。
 
 ただ、千晃の好きな人は、どちらかというと控えめで目立たない女子だそうだ。
 その女の子とは、入学してすぐのグループワークでたまたま同じ班になったときに仲良くなったとか。
 今では毎日チャットでやり取りしているのだと、ニマニマしながら教えてくれた。
 
「それで、この間は初めてご飯に行ったんだ。そのときに頑張って撮った写真! 見て! めっちゃ可愛くない?」
 
「へぇ、こんな子なんだ。可愛いね」
 
 写真には、はにかむ女の子と嬉しそうな千晃が写っている。
 俺は恋愛初心者だから分からないけど、この様子だともうすぐ付き合える……のかな?
 
「おい聖來、反応薄いなぁ……ま、でも、聖來には他にいるんだもんね」
 
「っ、あ、うん……」
 
「ふふ、照れてる照れてる。まあ、写真とかも夜見せてよ」
 
「え゙っ」
 
「俺見せたもーん」
 
「ゔ……わ、分かったよ……」
 
 つい最近までは、遥陽の写真といえば、クラス写真や行事の際に複数人で撮ったものばかりだった。
 でも、この前の水族館デートでは、魚を撮るふりして遥陽を撮ったり、逆に遥陽に撮られたりして……。
 一枚だけ、遥陽が撮ってくれたツーショットもある。
 俺は遥陽に会えないお盆期間、あの一枚の写真と明晰夢のおかげで切ない胸の痛みに耐えることができている。
 明晰夢はともかく、遥陽も俺との写真を見返してくれてたらいいなって思ってしまう。
 会えない日も、俺のことを考えていてほしいなって。
 恋をしてからというもの、俺の脳みそは随分と甘ったるくなってしまった。
 
 

 千晃との楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけば寝るのにふさわしい時間となった。
 母さんは俺の部屋に布団を敷いてくれて、「あんまり夜更かししないようにね」と優しく一言残してから自分の寝室へと戻っていく。
 
「さぁて」
 
「……」
 
「聖來、恋バナの時間だよ」
 
「……はぁ……」
 
 ベッドに腰掛けた千晃は自分の隣のスペースをぽんぽん叩き、早くしろと笑顔で圧をかけてくる。
 頭を整理する時間はもらえたわけだし、初めての恋を叶えるためだから……そう覚悟を決めて腰を下ろした。
 
「えっと、まず、相手のことだけど……俺の好きな人、男子なんだ」
 
「あ、やっぱり?」
 
「やっぱり!?」
 
 千晃なら受け入れてくれるだろうとは思っていたが、その返しは予想していなかった。
 
「聖來、昔から女子に興味なさそうだったし。あとは、俺の勘かな!」
 
「勘良すぎるでしょ……」
 
「そんで、名前は? 写真は? どこが好きなの?」
 
 待てのできない犬みたいに迫ってくる千晃にうんざりしつつ、ひとまず最初の段階で拒否されなかったことに安堵する。
 少し気が抜けると、あとはもうなんでもいいか、なんて程よく投げやりになってきて、千晃のお望み通り写真アプリのお気に入りフォルダを開くことに。
 
「これ……この前一緒に水族館行ったんだ」
 
「おお〜! え、なに、めっちゃいい雰囲気じゃない!? もう付き合ってるみたい」
 
「……その人、遥陽って名前で。ほんとに太陽みたいに温かい人なんだよね。顔も、見てもらったら分かると思うけどすごくかっこいいし、クラスでも人気者で……みんなに優しいから……」
 
「ふふ、みんなに優しくても、特別じゃないと二人で水族館なんか行かないと思うけど」
 
 励ましてもらえるのはありがたいけど、本当に話さなきゃいけないのはここからだ。
 
「あの、さ、俺、悩んでることがあって……千晃は、明晰夢って知ってる?」
 
「明晰夢……ってあれか。なんか、夢の中で自由に動けるってやつ?」
 
「そんな感じ。俺、その明晰夢ってやつを見れるようになっちゃったんだけど――」
 
 それから俺は、これまでの経緯を全て千晃に話した。
 相合傘をしてびしょ濡れになったあの日のこと、それから見るようになった明晰夢のこと、次第に強くなってきた罪悪感のこと……。
 千晃は静かに、でも細かく相槌を打ちながら話を聞いてくれた。普段は結構おしゃべりでノリのいい千晃だけど、真面目な話をするときはいつだって、本当のお兄ちゃんみたいに真剣に寄り添ってくれる。
 
「理想的な遥陽を勝手に脳内で作ってキュンとしてるなんて、本当の遥陽に失礼じゃないかなって……俺が好きなのは、ちゃんと本当の遥陽だって言っていいのか、分からなくて」
 
「……んー、あのさ、聞いてて思ったんだけど……恋愛、っていうか人間関係って、全部そういうもんじゃない?」
 
「え?」
 
「聖來、俺が高一のとき付き合ってた彼女にフラれたとき、なんて言われたか覚えてる?」
 
「えっ、えー……」
 
 いきなりの質問に戸惑いながらも思い出そうと記憶を辿るが、当時中学二年の俺に、千晃が泣きながら電話してきたことしか覚えていない。
 
「『思ってたのと違った』」
 
「っ!」
 
「『付き合ってみたら全然面白くなかった』」
 
「千晃……」
 
「他人と関わるとき、俺たち人間っていうのは、常に期待や偏見を持ちながら『この人はこういう人だろう』って勝手に思って過ごしてるわけよ。長く関わるうちに、見えてなかったその人の一面が表出して、人物像は良くも悪くも変化していく。意外と優しい人だった、意外と性格が悪かった、予想通り話が合う人だった、予想通りのクズだった……とかね。恋愛でもそれ以外でも、俺たちはみんな理想像を抱いて抱かれて生きてるんだよ」
 
「……なるほど……」
 
「それに、本当の自分なんて、その人本人にも分からないんじゃないかな。聖來だって、これが本当の自分だって宣言するのは難しいでしょ?」
 
「確かに……」
 
 人見知りで表情が固い俺も、家族や遥陽の前では自然と笑顔になれる俺も、夢の中で濃密な妄想をしている俺も、全て本当の俺だ。
 
「だからさ、そんなに考えすぎなくていいんじゃないかな。まあ、真面目で優しい聖來らしい悩みだなぁとは思ったけど」
 
「そう、なのかな」
 
「そうだよ。好きな人にこんなこと言ってもらいたいとか、好きな人とこんなことしたいとか、想像するのも普通のことだし。聖來が現実の遥陽くんをちゃんと好きになったからこそ、夢の中での妄想も膨らんじゃうんだよ」
 
「……! そっか、うん、そうなんだと思う……」
 
 千晃の話を聞いていると、ごちゃごちゃ絡まっていた思考の糸がゆっくりと解けていくような感覚がする。
 
「ねぇ、千晃……俺、遥陽の色んな表情をもっともっと知りたいし、全部受け入れたいって思うけど……遥陽も同じことを思ってくれるなんて、そんな奇跡あるのかな? 俺は、どんな俺をどこまで見せたら……遥陽に好きになってもらえるのかな……」
 
 絶対に嫌われたくない。できれば好きになってほしい。
 そんなことを考えたら、遥陽にどう接するのが正解なのか分からなくなる。
 色んな「俺」を使い分けて遥陽の理想の「俺」になれば――。

「聖來は、遥陽くんといるときの自分のこと、好き?」
 
「え……遥陽といるときの自分……?」
 
 遥陽といると、胸が高鳴って温かくて幸せで……自然と頬が緩んだり、言葉が素直に出てきたり……恋焦がれて胸がいっぱいになったり、初めて湧き出す欲望があったり……。
 
「……うん、好きだな。遥陽といるときの自分は、生き生きしてる感じがするから」
 
「それなら、聖來はそのままでいいんだよ。自分が自分のことを好きになれるとき、人は一番魅力的に輝いてるんだから」
 
「っ……! 千晃……なんか、すごい、名言みたい……」
 
「ははっ、お兄ちゃんかっこいいだろ?」
 
「うん……遥陽の次に」
 
「おい! ったく、そんなこと言えるんならもう大丈夫だな」
 
 わしゃわしゃ頭を撫でられるこの感覚は、小さい頃から変わらない大きな安心感をもたらしてくれる。
 きっと、千晃がこんな風に考えられるようになったのは、これまでたくさん悩んだり傷ついたりしてきた経験があるからで……年下で未熟な俺が、そんな千晃に返せるものがあるのか分からないけど――。
 
「……千晃、相談乗ってくれてありがとう。俺で良ければ、いつでも千晃の話も聞くからね」
 
「ふふ、ありがと。今までも結構聞いてもらってるけど、これからも末永くよろしく!」
 
 その夜は、電気を消して目を閉じたらあっという間に眠りにつくことができた。
 
 
 ◇
 
 
「ん……?」
 
 ふと目が覚めたとき、まだ外は真っ暗だった。
 スマホで時間を確認しようと少し上体を起こすと、
 
「っ!?」
 
 グッと肩を押されて、阻止された。
 
「ち、千晃? 起きてるの?」
 
 暗いからなのか、寝ぼけて視界がぼやっとしているからなのか、俺を組み敷く人物の顔がよく見えない。
 でも、この部屋にいるのは俺と千晃だけだし……千晃じゃないとしたら、まさか金縛りというやつなのか?
 
「ね、ねぇ、ちあ――」
 
「そんなに千晃ってやつが好きなの?」
 
「っ! ぇ、は、遥陽……これ……」
 
 間違いなく遥陽の声だと認識したとき、これがいつもの明晰夢であるということも理解した。
 それと同時に、俺に跨る遥陽の顔もしっかりと見えるようになって……。
 
「こんなに狭い部屋で、他の男と一晩過ごしてるの?」
 
「ぁ、いや、千晃は従兄弟でそういうんじゃなくて、」
 
「俺以外の名前出さないで。俺のことだけ見てよ、聖來」
 
 ギラリと暗闇で光る瞳は、まるで真夜中の森で獲物を狙う獣のようで……。
 絶対に逃がさない、絶対に食べてやる、と言われているみたいだ。
 まもなく降ってきた口づけは、その予感通り噛みつくような激しいものだった。
 でも、それは痛いどころか、胸焼けするほど甘くて甘くて気持ちいい感覚の嵐。
 
「っ、はるひ、おれ、こんなにきもちよくていいのかな……?」
 
「いいよ……って言いたいところだけど、俺、今すごく妬いてるんだ。ちょっとだけなら、痛いのも我慢できる?」
 
「……うん、できるから、はるひのしたいこと、してほしい」
 
 妬いてると言いながらも、きっと遥陽は俺を怖がらせないように衝動を抑えている。
 俺は怖がるどころか、むしろいつもより興奮してしまってるというのに。
 
「……分かった」
 
 遥陽は掠れた声でそう言うと、俺の首筋に口を寄せた。
 次の瞬間、チクリと刺すような痛みが走る。
 
「っ……ごめん、一つだけだから、許して」
 
 自分では見えないけれど、遥陽が印をつけてくれたのだということくらいは分かる。
 夢の中であろうと、全て俺の願望であろうと、俺はそれが堪らなく嬉しかった。
 
「……いつか、ほんとにつけてよ」
 
 溢した言葉に遥陽が目を丸くしたのを見たとき、視界がぐにゃりと歪んで、意識がふわりと遠のいた――。
 
 
 ◇
 
 
 眩しい。朝の光。今度こそ本当の目覚め。
 ゆっくり上体を起こしても、肩を押さえつけてくる人はいない。
 視線を横に移せば、まだ眠っている千晃はいるけれど。
 
 首筋の痛みももう残っていない。
 でも、わずかな期待を抱き、部屋に置いてあるハンドミラーを手に取ってみる。
 
「……やっぱり、ないか……」
 
「何がないって?」
 
「うわあっ! ち、千晃いつ起きたの!?」
 
「え、ほんとに今。てか朝から鏡見てどうしたの?」
 
「……なんでもないから!」
 
 朝から熱々になってしまった顔を冷やすため、俺は急いで洗面所に向かった。
 洗面所の鏡を見ても俺の首筋には痕一つなかったが、夢の中で遥陽が見せた嫉妬は脳にしっかりと焼きついて、この恋心を激しく揺さぶるのであった。