東城家と西城家の契約結婚

 彗斗の部屋で目覚めたしずくは、慌てて起き上がると、頭を抱えた。
 緊急事態だったとはいえ、断りもなく主人の部屋に入り込み、そのまま寝込んでしまった。彗斗に失望されたかもしれない。いや、端から失望されているのだから、これ以上心証が悪くなりようはないのだが。
 それにしても、彗斗にふたつの呪いがかけれらていたとは驚いた。そして、自分がその呪いを解くことができてよかったと心から思う。
 だが、今この状況をなんと説明したらいいのか困ってしまった。彗斗の姿はすでにない。部屋から出たら三田に叱られることになるだろう。
 身なりを整え、意を決して部屋を出ると、屋敷の空気が変わっているような気がした。使用人たちと打ち解けてきたが、今日はみな堂々としずくに頭を下げ、声をかけてくる。最たるものは三田の態度の違いだ。
「奥様、お食事の用意ができております。先にお部屋に戻られますか?」
 などと丁寧に声をかけてきたので飛び上がるほど驚いた。今までは基本は無視され、なにかあると小言や注意を受けてばかりだった。
「部屋に戻ります、あの……旦那様は」
「すでに仕事に出かけられました。夕食は奥様と一緒にとられるそうです」
「そう、ですか……」
 何から何まで驚くばかりだ。とにかく、呪いを解いたことが功を奏しているとしか思えない。少しだけ彗斗に認めてもらえたのだろうか。
 部屋に帰ると初野も嬉しそうだった。

 夕食の時間になると、彗斗と一緒に食卓に着くことになった。最近では夕食の用意も手伝わせてもらっている。今夜の食卓にもしずくが作った料理がいくつか並んでいた。
「しずく殿、昨夜はありがとう。君が俺にかけられた呪いを解いてくれたのだろう?」
「え……はい、私は西城家の娘ですが、呪術を扱うことが苦手で……代わりに幼いころから呪いをほどくことは得意でした」
「そうか。これまでどんな術師に頼んでも解けなかった呪いを解いてしまうとはな」
「おそらく、ふたつの呪いがひとつの糸のように依りあって呪いがかけられていましたので、それが呪いが解けなかった原因かと」
「ふたつ?」
「はい」
 彗斗は食事をする手を止めた。
「詳しく聞かせてくれ」
 しずくが「はい」と答えようとすると侍女長が口をはさむ。
「旦那様、今夜のお食事は奥様が作られたものです、味わってお召し上がりください。難しいお話はお食事の後でもよろしいかと」
「これを、君が?」
「はい……実家でもよく作っておりましたので。手伝わせていただきました……」
 彗斗は目を丸くした。
「君はいったい……いや、噂の人のうわさというものがいかに適当なものか身をもってよくわかった。これからは目の前にいる君のことを信じる」
「それは……?」
「こちらの話だ。俺はいくらか君のことを誤解していた、これまでの無礼を許してほしい」
 彗斗が頭を下げるので、しずくは慌てた。
「顔を上げてください旦那様、私は仇敵である西城家の娘、当然の扱いだと思っております。それに、覚悟してきたよりも良くしていただきました」
 笑顔を返すと、彗斗は複雑そうな顔をする。
「彗斗と、名前で呼んではくれないか」
「いいのですか?」
「君は俺の妻だろう?」
「あ、ありがとうございます、彗斗様」
 名前を呼ぶと、彗斗は少し嬉しそうにはにかむ。
「君は料理も上手いのだな、とても美味しい」
「お口に合って何よりです」
 驚くほどに和やかな時間が過ぎた。東城家の当主とこんなふうに語り合う日が来るとは想像していなかった。食事が終わると、初野が珈琲を淹れてくれた。しずくは目の前の黒い液体に顔を映す。
「珈琲は珍しいか? 黎明館でも出るだろう?」
「すみません、お恥ずかしながら、黎明館などの華やかな場所には顔を出したことがなくて……」
「そうなのか、では、あれも……」
「あれも、とおっしゃいますと?」
「君と結婚する前から君の名は聞いたことがあった。黎明館で開かれる宴によく参加しているようだと」
 しずくは首を傾げた。
「それは私ではなく妹の由美子さんだと思います。由美子さんは交友関係が広くて……もしくはお義母様かもしれません」
 しずくの答えに彗斗は頭を抱えてしまった。
「しずく殿、数々の無礼を許してほしい。俺は君のことを何も知らずに……」
「当然のことです。私たち、出会って間もないのですから。許すも何もありません、私も、これから彗斗様のことを知っていきたいと思っております」
「しずく殿……」
 ふたりは互いに顔を見合わせて柔らかな笑みを浮かべ合った。