東城家と西城家の契約結婚

 朝、目を覚ました彗斗は体が驚くほど軽くなっているのを感じた。まるで当主の座を引き継ぐ前のようである。そう、呪いがなくなったかのような……。そう思い当たってハッとした。
「呪いが、解けているのか……まさか、そんな」
 そして視線を落とした彗斗は傍で眠りに就いているしずくの姿を見て驚いた。昨夜のことを思い出す。夜になると身を苛む呪いが昨夜は特に強かった。あまりの痛みにうめいていると、しずくが姿を見せたのだ。思わず忌々しいと思った。だが、しずくが体に触れると痛みがすっと引いたことに驚いた。そのまま気が抜けて眠っている間になにがあったのかわからない。ただ、体の中にあった呪いが消えているような感覚がする。
「君が……まさかな」
 そんなこと、あるはずがない。だが、この苦しみの呪いをかけたのは西城家の人間だと言われてきた。西城家の娘であるしずくが解除できることは考え得ることだ。そんなことを、しずくがするかどうかというのが問題だが。
 以前の彗斗なら、しずくのことが自分を助けるような真似をするとは思わなかっただろう。だが、しずくと出会い、同じ屋敷で生活するうちに、少しずつしずくの人となりが見えてきたような気がする。 
 隣で泥のように眠るしずくに視線を落とし、妻に迎えた日のことを思い出した。
 洋装で待っていたしずくを見て、なんて自己顕示欲の強い女だろうかと大きな嫌悪感を覚えた。流行ものに飛びつくさまは黎明館での仮面舞踏会で名をとどろかせていただけのことはあると。傲慢でわがままな西城家のしずく嬢との噂は本当であったと、もとより抱いていた嫌悪が大きく膨れ上がったものだ。こんなと夫婦になどなれるはずがない、帝から番だと言われて驚いたが、顔を見るのも嫌気がさした。ただでなくとも仇の娘である。
 だが、屋敷で暮らすしずくのつつましやかな生活を知ると、なにが本当のことなのかわからなくなってきたというのが本心だった。
女中に聞けば結婚式の日には、女中に自分が軍服を着る方しずくにドレスを着せるよう指示が出ていたらしい。誰がそんな嘘を流したのかはわからないが、当日ドレスを着ていたしずくは上手く白無垢を合わせその場を乗り切った。
 しかも自分の責務だと言い、女中のせいになど少しもしなかった。
 屋敷ではろくに女中もつけず、部屋も簡素なものだったので不自由な思いをしていたに違いない。当主の妻でありながら、屋敷のことはほかのものに任せ、なんの権限も与えなかった。だが、当のしずくは不満などあるはずもなく、自ら部屋の掃除をし、食事の用意までする始末。あまりの手際の良さに女中たちも驚いたそうだ。
 若い初野に至っては、しずくに心酔しているという。
 さらに驚いたことには、さくらが懐いていることだ。さくらは彗斗以外にはなつかない。毎日食事の用意をする女中にだってなつかない。それがしずくにはべったりなのだ。
 華絵から聞いた話しでは、しずくがさくらをいじめているということだったので注意をしに行ったというのに。膝の上で心地よさそうにくつろぐさくらの姿に驚いて言葉を失ってしまった。
「いったい、本当の姿はなんなのだ……」
 うわさに聞いていたしずくの姿と、実際のしずくはあまりに違いすぎる。ならば、しずくがつつましやかな妻を演じているか、うさわが違っているかのどちらかだろう。
 結婚してから今まで、少しのぼろも出さずにつつましやかな妻を演じるのは不可能だろう。ならば、間違っているのはうさわのほうではないか。眠るしずくのあどけない顔を見ていると、いとおしさすらわいてくる。
 自分が西城家の娘にこんな感情を抱く日が来るとは思わなかった。そういえば、しずくのうわさはどこから耳に参ったものだっただろうか。
「もう少し、心を通わせてみてもいいかもしれない」
 そう思い、眠るしずくの髪をなでると、静かに立ち上がる。部屋の外に出ると、控えていた冬彦に声をかけた。
「中でしずくが眠っている、起こさないようにしてくれ」
 彗斗の言葉を聞いた冬彦は飛び上がらんばかりに驚いた。
「彗斗様の部屋に入り込むなんてなんと無礼な……」
「違うのだ、彼女は悪くない。彼女は……しずくは俺にかけられた呪いを解いてくれたのた。冬彦、おまえに調べてほしいことがある」
 困惑する冬彦に西城家のことを調べるように指示を出し、彗斗は仕事に出かけることにした。