恋知らぬ冷徹官僚と薄幸のかすみ草

 旦那様は極楽椅子の手すりに肘を着いており、書類を机上に置くと、私をまっすぐに捉えている。


「座れ」


 そう静かに促され、私は彼の目の前にある極楽椅子に背筋を伸ばし、そっと腰を掛ける。初めて腰を掛けたそれはふわふわで、尻が痛くならない。こんな柔らかなものに座れたのは、人生で初めてだ。私が眠っていた布団よりもきっとふわふわ。

 そんな感動を他所に彼は「これからのことだが」と、冷めた声をかけてくる。その声にふと浮かれていた脳内を引き締め、彼の方を見た。


「まず、こちらに愛を求めないでくれ。君を愛する気はないし、必要な時以外出てこなくてもいい。その代わり君には自由を保障する」


 その言葉に目を見開いた。百合奈であればきっとこの発言で彼を無礼だと思ったのかもしれない。

 だが私からすれば、なんてお心の広い方なのだろうと思った。家事をしろと言われたわけでもない。何も強要されず、必要な時だけ出てきて、それ以外は自由にしていいと言ってくださった。

 その時点でここは天国だと思った。自由が許された。ある意味鳥かごの中にいる状態かもしれないが、その中でも自由を許されている。あの家では私は縛られ、自由なんてなく、ただ疲弊し、寝るだけの生活を送っていたのに。