恋知らぬ冷徹官僚と薄幸のかすみ草

 門をくぐり、広い敷地を過ぎ、ようやく玄関へと足を踏み入れた。

 華堂の実家は古いだけ。むしろ今までの無駄遣いが祟った、荒廃した無駄に広いお屋敷だった。

 しかし、この久我の邸は違う。磨き抜かれた廊下は、うっすらと光を反射して黒漆のように艶めいている。古い日本家屋の凛とした佇まいを残しながらも、新しいものを取り入れ、外国の邸宅のようにも見えた。


「若旦那様、お帰りなさいませ」

 奥から、五十を過ぎた、きっちりと着物を着こなした年配の女性が出てきて深く頭を下げた。この邸の差配を任されている女中頭のようだった。

 旦那様は鞄を彼女に預けながら、「荷物は書斎へ。それと彼女を部屋に案内してくれ」と、淡々と指示を出した。


「かしこまりました」


 女中頭は私の方へと視線を向け、目を細めると「こちらへ」と促した。私はおとなしく、その後ろを着いていく。


「こちらが若奥様のお部屋になります」


 そう言って引き戸を静かに開けた。中は八畳間の畳の部屋。暮らしに最低限の家具は揃っており、清掃は綺麗に済まされている。この時点で華堂家の暮らしより全然いい。

 華堂家で私に与えられたのは、埃だらけの物置だった。自分で掃除をし、何とか眠れる環境を揃えたが、ギシギシと音の鳴る、いつ崩壊しても仕方ないような部屋だったのに、ここではそんな心配もない。灯りも確保されている。


「お荷物はこちらに。それと、若旦那様が落ち着いたら応接間へとおっしゃっていましたので、用意が済んだらご案内いたします。お声がけください」


 そう言って頭を深く下げると部屋を出ていった。まずはこの苦しい服をさっさと楽なものへ着替えてしまいたい。

 鞄の中から、使い古した銘仙の着物を取り出した。新しい着物なんて買ってもらえるはずもなく、これしかなかった。

 それを掴むと、手慣れたように黒留袖を脱ぎ、着物へと袖を通していく。緩く紐を結び、帯をかるた結びにする。ごろんと寝転がっても痛くならない、家事をしやすい帯結びだと言われており、よくこの結び方にするため慣れている。