実家では、私が視界に入るだけで義母や百合奈からの罵声が飛んできた。それに比べれば、無視されているこの状況は、私にとってこの上なく静かで、穏やかな時間にさえ思えた。
窓の外に目をやると、夕闇の迫る東京の街並みが流れていく。ガス灯や、新しく普及し始めた電灯の明かりが、路面電車の線路を橙色に照らしていた。
洋装に帽子をかぶったモダンな男性や、着物姿の女性が行き交う賑やかな銀座の光景。実家から一歩も出してもらえなかった私にとって、初めて見る外の世界だった。
そんなきらきらした風景を、万華鏡みたいだと思った。私の人生の中では、そのおもちゃが一番綺麗で輝かしいものだと思っていたのに、外の世界はそれ以上に煌めいていて、美しい。
不意に、書類をめくる音が止まった。彼の視線が窓の外を見ていた私に注がれたような気がして、私はハッとして背筋を伸ばし、彼の方を見た。
「…初めてか? 自動車は」
低く、抑揚のない声だった。初めて彼から向けられた言葉に、私は慌てて頭を下げた。
「はい、お恥ずかしながら。…とても、速いものですね」
「…そうだな。人力車やそんなものに比べれば」
旦那様はそれだけ言うと、興味を失ったように再び書類に視線を落とした。私もそれを合図に、また窓の外に目をやる。
車は市街地を抜け、やがて静かな住宅街へと入っていく。高い塀に囲まれた敷地の奥に見えてきたのは、立派な日本家屋、久我家の和邸だった。
車が止まり、運転手が扉を開ける。誠也はそのタイミングで自然と地面に革靴を付け、降りていく。
私は彼から三歩遅れて、静まり返った和邸の門をくぐった。
ここが、今日から私の家。
監獄になるのか、私にとっての自由になるのか───。
窓の外に目をやると、夕闇の迫る東京の街並みが流れていく。ガス灯や、新しく普及し始めた電灯の明かりが、路面電車の線路を橙色に照らしていた。
洋装に帽子をかぶったモダンな男性や、着物姿の女性が行き交う賑やかな銀座の光景。実家から一歩も出してもらえなかった私にとって、初めて見る外の世界だった。
そんなきらきらした風景を、万華鏡みたいだと思った。私の人生の中では、そのおもちゃが一番綺麗で輝かしいものだと思っていたのに、外の世界はそれ以上に煌めいていて、美しい。
不意に、書類をめくる音が止まった。彼の視線が窓の外を見ていた私に注がれたような気がして、私はハッとして背筋を伸ばし、彼の方を見た。
「…初めてか? 自動車は」
低く、抑揚のない声だった。初めて彼から向けられた言葉に、私は慌てて頭を下げた。
「はい、お恥ずかしながら。…とても、速いものですね」
「…そうだな。人力車やそんなものに比べれば」
旦那様はそれだけ言うと、興味を失ったように再び書類に視線を落とした。私もそれを合図に、また窓の外に目をやる。
車は市街地を抜け、やがて静かな住宅街へと入っていく。高い塀に囲まれた敷地の奥に見えてきたのは、立派な日本家屋、久我家の和邸だった。
車が止まり、運転手が扉を開ける。誠也はそのタイミングで自然と地面に革靴を付け、降りていく。
私は彼から三歩遅れて、静まり返った和邸の門をくぐった。
ここが、今日から私の家。
監獄になるのか、私にとっての自由になるのか───。
