恋知らぬ冷徹官僚と薄幸のかすみ草

* * *


「車の手配ができました」


 儀式が終わると同時、控えていた久我家の者が静かに告げた。

 促されるままに邸の外へ出ると、そこには黒塗りの見慣れない大型自動車が停まっていた。お抱え運転手が扉を開ける。実家では荷車か人力車しか知らなかった私にとって、その自動車とやらは、未知の時代の象徴そのものだった。

 彼は私の手を取ることもなく、先に車内へと乗り込んだ。私も重い着物の裾を捌きながら、静かにその隣に滑り込む。

 扉が閉まると、車内は風の音も遮蔽し、静かな室内へと様変わりした。次第にぶるぶると震える発動機の振動が、座席を通じて体に伝わってくる。あまりの狭さに、私の袖が彼に触れそうになり、慌てて身を縮めた。

 彼はこの振動にも慣れたように、膝の上にのせた革の鞄から何かの書類を取り出すと、淡々と目を通し始める。婚礼を終えたばかりだというのに、私のことを見ようとも、気にしようともしなかった。まるで空気のように扱われたが、むしろそれが心地よかった。

 いるだけで虐げられもしない。空気のようにその場にいることが当たり前で許されているように。