恋知らぬ冷徹官僚と薄幸のかすみ草

「…旦那様。余計なものかとは思ったのですが、こちらを」


 近くまで寄り、テーブルの上に刺繍を入れたハンカチを置く。旦那様はそれを軽く目を見開いてみた。それからいつもの表情に戻ると、いつもの顔付に戻る。

 ハンカチの手触りを確認するように、親指で布の表面を撫でる。そっと、一度、二度、往復して。

 それから、漆黒の瞳でまっすぐこちらをとらえた。私はその間、旦那様の反応をじっと待つ。


(蛇に睨まれた蛙ってこんな感じなのかしら)


 旦那様の目に捉えられると、動けない、話せない、息すら詰まる。


「繊細だな。よくできている」


 初めて褒められた。たったその一言だけなのに、じんわりと心の奥底まで温めていく。

 私は少し微笑み「ありがとうございます」と礼をこぼした。

 旦那様は特に反応もせずに、運ばれてきた食事に手を付けた。テーブルに並ぶのは白米、ビーフシチュー、ポテトサラド、マカロニのグラタン、コンソメスープ、赤ワイン。

 多すぎる。こんなに食べられない。それに、いまだに洋風の食事には見慣れないし、口にしても美味しいのだろうけれど、よくわからないが感想だった。

 現代でもう一つ違和感があるのは、ビーフシチューに重ねてコンソメスープがあることだと思う。この時代では、当時のフルコースを真似して、こんな歪なメニューが上流階級の食事では並ぶ。

 ちなみに、私ですら変だとは思ったが、口にすることはできなかった。わざわざ何もないところに石を投げ入れる必要はないから、黙っているのが吉である。