恋知らぬ冷徹官僚と薄幸のかすみ草

 当然、女中達が咎められることはない、と思っていた。私も旦那様に報告をすることはなく、午後からは、家から持ってきた唯一縫い糸や針を使い、趣味の刺繍をしていた。

 いつか時間が出来れば、こんな風に部屋の窓を開け、陽の光やそよ風を浴びながら、趣味をする時間が出来ればと夢を見ていた。今のこの時間が私にとっての初めての幸せな時間である。

 誰にも虐げられない。やることに追われない。好きなことができる。

 そうして夕餉の時間になると、旦那様が帰宅した。出迎えに行こうと立ち上がったが、必要がないと言われたのを思い出し、ふと畳の上でもう一度腰を下ろした。

 そのまま刺繡の片付けを始めていると、カツ、カツと靴の音が聞こえてくる。旦那様の足音だ。それから私の部屋の前に着くと「開けるぞ」と声がかかる。

 私は顔を上げると、旦那様は引き戸を開け、私を見下ろす。それから腕を組み、壁にもたれかかると、「女中からの扱いについて、報告を受けた」と言い放った。

 私は報告していない。となれば、おそらく女中頭が報告をしたのだと思う。


「この件では、君が咎めないと言ったから、文美《ふみ》さんは厳しく監視していくことで収めると聞いた。間違いないか?」


 文美さんは、女中頭の名前だ。彼の言葉は想像通りで、驚きもしない。ここで嘘を吐くことも通用しないと思い、「…はい」と正直に答えた。

 旦那様は相変わらず冷めた目でこちらを見下ろす。


「そうか。なぜ?」


 そう問われ、表向きの理由を答えるか、本当の理由を答えるべきか悩んだ。彼は鋭い目で私を見下ろしており、表向きの理由では、納得してもらえないと思った。

 一息吐くと、私は旦那様をまっすぐ見上げる。