恋知らぬ冷徹官僚と薄幸のかすみ草

「食器はどちらに下げて洗えばよろしいですか?」


 そう声をかけると、女中頭が「そんなことをする必要はありません」と厳しい声で言い放った。その声に女中たちの顔が青ざめていくのが見える。


「まさか、若旦那様の奥様にこんなことをするとは、どこで教育を間違えたのやら。若奥様、この無礼をお許しくださいませ」


 女中頭が三つ指を着いて、額を畳に付けると、女中たちも慌てて同じ体制をとる。ほんの少し驚いた。私を庇う人間がいるのだと。


「おそらく、百合奈様のことを思い出し、虫の居所が悪く、若奥様に失礼な態度を取ったのでしょう。とても許されることではございません。全責任はこの私が取らせていただきます」

「そんな…! おやめください!」


 慌てて頭を下げさせようと、女中頭の肩を優しく押して、面を上げるように促した。

 百合奈のしたことが許されるものでもなかったのであろう。その腹いせが私に来るのも理解ができる。


「正直、食事がいただけるだけでもありがたい環境です。華堂家では、家族を怒らせたとき、食事なんてありませんでしたから」


 私が苦笑いしながらそう言うと、女中頭は泣きそうな表情を見せた。その表情には私だけではなく、女中達も目を見開き、驚いている。


「この家では、そんなことこの私が今後許しませんので。この者達も、しっかり監視致しますので、どうか…」

「咎めるつもりはございません。旦那様にも言いませんので」


 そう柔らかく言うと、女中頭は再び頭を下げた。

 本当に誰も責任を問うつもりはない。それは、お人よしだからとか、そんないいものではない。誰かを責めることがどれほど体力を使うことか。誰かを責めたことでどれほど自分の今後の行動が見られるようになるか。

 そんな風になりたくなかったから。