大正十年、街には洋風の文化が少しずつあふれ出した。街には路面電車が走り出し、カフェなるものが店先に並び、ハイカラなお菓子がはやった。
カフェと呼ばれる店では、珈琲やソーダ水、紅茶やココア、軽食にはサンド井ッ千なるものや、クロケットという揚げ物が頬が落ちるほど美味だという。
ハイカラなお菓子は、シュー・ア・ラ・クレーム、ゼリィ、ショートケーキ、とても甘くて美味しいのだとか。
話には聞く。けれど、私には見る機会も口にする機会もなかった。じゃあどこで情報を得ていたのか。すべて可愛がられて育った妹からである。
我が家はそれなりに裕福な方ではあると思う。私の母は、没落華族である華堂《かどう》家の身分の低い女中だった。父は女中の母を妾《めかけ》として扱い、母は私を孕んだ。そして、そんな母は、私、花純《かすみ》を産み落とした後、命を落とし、父はそんな私を仕方なく引き取った。
妾の制度は明治三十一年に民法で廃止されていたはずなのに、世の男性にはまだ社会的地位の見せつけとして、秘密裏に妾を作っている者もいた。当然、妾の子が歓迎などされるわけもなく、義母には酷く嫌われた。さらにちょうど明治民法が整理され、廃止された直後であるにも関わらず、私が生まれたため、余計にいい顔は当然されなかった。
カフェと呼ばれる店では、珈琲やソーダ水、紅茶やココア、軽食にはサンド井ッ千なるものや、クロケットという揚げ物が頬が落ちるほど美味だという。
ハイカラなお菓子は、シュー・ア・ラ・クレーム、ゼリィ、ショートケーキ、とても甘くて美味しいのだとか。
話には聞く。けれど、私には見る機会も口にする機会もなかった。じゃあどこで情報を得ていたのか。すべて可愛がられて育った妹からである。
我が家はそれなりに裕福な方ではあると思う。私の母は、没落華族である華堂《かどう》家の身分の低い女中だった。父は女中の母を妾《めかけ》として扱い、母は私を孕んだ。そして、そんな母は、私、花純《かすみ》を産み落とした後、命を落とし、父はそんな私を仕方なく引き取った。
妾の制度は明治三十一年に民法で廃止されていたはずなのに、世の男性にはまだ社会的地位の見せつけとして、秘密裏に妾を作っている者もいた。当然、妾の子が歓迎などされるわけもなく、義母には酷く嫌われた。さらにちょうど明治民法が整理され、廃止された直後であるにも関わらず、私が生まれたため、余計にいい顔は当然されなかった。
