教室内では某チキン系ファストフードのCMでお馴染みの、某クリスマスソングが合唱されている。やたら下パートを歌う奴が多いなと思いつつ、俺は持ってきた弁当を机に出した。
「……くーりすますが発破をかけてくるー」
「初めて聴いたんだけど、その替え歌」
「うわ瑠比人」
購買から帰ってきた瑠比人はナチュラルに俺の顔を一瞬覗き込んでから、にたにた笑いつつ自分の席へ着席した。その笑顔がとてもムカつく。俺は机を移動させて無理矢理瑠比人と向かい合った。少し面食らったこいつに、ざまあみろ、と思ったが顔は素知らぬ振りしてみる。
「……で、なんで合唱してんだうちの奴ら」
「はしゃいでるだけじゃない? 明後日には終業式だし」
ちなみに先導したのは弊クラスにおける唯一の合唱部員、菊乃井らしい。瑠比人曰く、ひとりだけなぜか上ハモを歌っているそうだが下パートの層が厚くて聴こえ辛いのが残念、とのこと。じゃあなんでお前は聴こえるんだ、って話だよな。こいつ、耳良いんだよ。
でも冬休みか……。久し振りの長い休みは楽しみではあるが、部活は年末ギリギリまで、年始は三箇日直後にあるし何より宿題もある。先輩曰く量はそこそことのことで、今から暗澹たる気分になる。
「あと新学期は実力テストがある……」
「ちょっとハリィ! それは言っちゃダメなお約束~!」
俺の鬱々とした懸念に割り込んできたのは同じクラスの黒澤だ。小柄な体格に今日も今日とてカラフルなカーディガンを羽織っている。よくもまあこんな明るい長めの髪で剣道部に入部したものだ。英会話研究部の方が性に合ってるんじゃね? と毎回思うが毎回言わないようにしている。その隣にいるのは同じくうちのクラスで剣道部の寺地翼。こっちはザ・剣道部というか、黒髪を短く整えていかにも品行方正そうだ。実際名家のお坊ちゃんらしい。
寺地は黒澤と同意見のようだ、俺の方を見て微笑みを湛えながら口を開く。
「そうだぞハリィ。人間は真実ばかりを見て生きられるほど、強くもない」
「おっも!! 寺地はいちいち物言いが重えんだよ!」
「そうか? 自明の理を説明しただけな気がするが……」
自明、というほど自明でもない気がする。むしろ残酷な真実っぽいというか。
ふたりからぐだぐだと説かれ(瑠比人は完全に存在を消していた、こいつめ)、俺は面倒臭いと思いつつも言ってることは一理あるなと思った。イベント事を折角楽しめる境遇なんだから、多少はしゃがないと損だ。
「……うん、わざわざ水を差すようなこと言うのもアレだよな」
「……ハリィってそういうとこ大人だよね~」
「ああ。尊敬している」
「はは、あざす……」
寺地からの真っ直ぐな褒め言葉は流石に気まずい。この男、誠実さと貫禄が服を着て歩いているような奴なのだ。先輩ですら敬語で話したくなる男という異名を持つ。そんな奴に褒められると、責任も一緒に背負い込まされたような気分になる……まあ考え過ぎか。言っとくけど、黒澤には何言われても「適当言いやがって」みたいな気持ちになる。
すると「あ!」と黒澤が声を上げた。急に上がった声の理由を訊く前に、俺はいきなり真横を向かされこいつに肩を抱かれた。いやいやいや、なになになに。
「ハリィ! カメラ見て!」
「え、カメラ?」
「テイラーも! ほら!」
「うん? カメラを見れば良いのか?」
そして即座にシャッターが降りる──が、俺はその瞬間を肉眼では見れなかった。
なぜか一瞬にして目の前が真っ暗になり、それなりの力で首を後ろに倒される。どいつもこいつも説明をしろ、と怒りで腕を振り上げれば目の前が明るくなった。
手の主は瑠比人だった。
「え、るい、え?」
「ちょっとジャッキー! なにしてんの!?」
怒りと戸惑いを露わにした黒澤に瑠比人は、なんにも? と言いたげなジェスチャーをする。寺地はどこか納得した表情を浮かべていた。ガチ困惑の極みは俺だけのようだ、逆になんで寺地はわかるんだよ。
「あのー、何があった?」
「何がって、今さNowitの通知が来てたから写真撮ろうとしたの! そしたらジャッキーがハリィの目をいきなり塞いで……」
「だって瑛の顔バレするじゃん」
「その手があったかと感心しきりだ。流石ジャッキー、機転がきくな」
「テイラーは感心しないの!」
黒澤の憤慨レベルが上がっていく。
っていうか、あー、なんか聞いたことある。最近NowitというSNSが流行っているらしい、朝の情報番組でよく取り上げられている。確か通知が来たら写真を撮ってアップをするシステムで、それをしないと他の投稿も見れなくなる、という少しややこしいタイプのSNSだ。
黒澤がいきなり写真を撮ろうとしたのは、その通知が来たからか。そんで俺と寺地を写真に入れたのは単純に手近にいたから、だけど瑠比人はそのことに不満を覚えたらしい。だってほら、目が笑っていないから。あと全然関係ないけど『土方』で『ジャッキー』って相当無理矢理じゃね?
「いやさあ、」呆れたように瑠比人が黒澤を見上げた。「どんな用途で写真使われるかもわからないのに撮られるの嫌でしょ」
「えー? そうかなー?」
売り言葉に買い言葉、とはこのことか。ふたりの間には剣呑な空気が漂っている。……仕方ない、と俺が仲介しようと身を乗り出せば寺地に肩を抑えられ元の場所に戻された。すごい力、この細身のどこにこんなパワーが? 視線を上げれば目が合って、ウインクされた。お前そういうキャラだっけ。ふたりの話に耳を傾けることにする。
「そりゃクロエはどんなSNSか知ってるし、あなたがどういう写真を載せようとそれは勝手だよ。でも他の人は咄嗟だとわかんないこともあるし、写真がインターネットに広がるのが嫌だと思う人もいるじゃん」
「それは……そうだけど」瑠比人のド正論パンチに黒澤はたじろぐ。「でも、思い出じゃん?」
「思い出ね、わかるよ。折角なら一緒に写真撮りたい、っていうのはわかるんだけど、せめて事前に説明した方が良い。瑛、完全に困ってたよ」
「まじ!? ハリィそれ本当!?」
「まあ、なんだろうなあ、とは思ったけど」
少なくともどういう用途で写真を撮られるかがわかっていたら、俺は断固として拒否していた。加えて突然こんなことをしてくる黒澤に対しても、不信感が芽生えてしまっていた可能性がある。SNS否定派ではないが、自らの顔が勝手にインターネットに流出されることに関しては危機感を覚えるな。昔ちょっとあったし。
黒澤はむっつりと黙り込んでしまった。あんまり良くないことをした自覚があるんだろう、ただ少し強い言葉を遣われて上手く反応出来ていないっぽい。反発したい気持ちを罪悪感で蓋してる感じだ、部活でもたまにこの感じを見る。
そこでようやく寺地が俺の肩から手を外し、瑠比人と黒澤の間に入った。
「まあ、クロエもこのように反省しているし、今日はここら辺で良いんじゃないか?」
穏やかに場をまとめる一言。一瞬にして毒気の抜かれた瑠比人は頷きながら「反省してくれてるなら問題ないよ」と宣う。黒澤はそんな瑠比人の方を見ようとしないで、俺の方へ向き直った。
「……急に写真撮ろうとして、ごめんなさい」
深々と頭を下げる黒澤。神妙なシーンだ、シーンだけどなんでだろう、ちょっと面白い。言ってることはその通りだし反省も見えるし笑うつもりはなかったのだけど、あまりにも殊勝な態度でなんだか可愛く思った。庇護欲が煽られて、つい微笑んでしまった。
「ちょっとぉ! なんで笑うの!」
「やっ、小さくなってるお前可愛いなって……っ」
「はあ!?」
「クロエは可愛いぞ」
俺の言葉に乗じて寺地も同意の言葉を繋げる。更に混乱した黒澤に対して瑠比人が言葉を重ねた。
「いや俺の方が可愛い」
「黙れジャッキー! 本当に顔が良い奴にそれ言われると腹立つ!」
不安定な空気が払拭され、いつも通りの騒がしい空気感に回帰する。いやあしかし、俺を守ってくれようとした瑠比人、すごくカッコ良かったな。惚れ直すとはこのことか、いや人間としての視野の広さが単純に尊敬に値する。普段すっごい変なところもあるのに、シンプルに理知的でスマートな部分もあるの本当ズルいな。
食事中すまなかったな、と寺地が一言謝り黒澤を連れて自分の席に戻る。その様子を見送って、充実感を抱いて前を向いた。瑠比人が机に顔を乗せて、項垂れていた。
なんで?
「……や、瑛の懐に広さに完敗した」
「俺の? どこが?」
思い当たる節がないな、と思っていたら、そういうとこ~と指を刺された。へし折ってやろうか。
「く~りすますがタクシーを煽ってく~」
「必然的に道交法違反のサンタクロース、っていう夢のない物体が脳内に生成された」
「絶妙に韻踏めてない替え歌ってしょうもなくて好きだよ」
終業式が終わって、大掃除の真っ只中。どうして私立なのに掃除を自分達でやるのかというと、それが弊高校の伝統だからである。くそどうでも良い。
俺ら『リスさん』チームは廊下の窓をどれだけ鏡面反射に仕上げられるか競い合っていた。そんな中で灰谷が声を上げる。
「みんなぁ~、年末年始はどのような予定だい?」
この問い掛けは最早構文だ。またか、と俺含めた四人は一旦スルーし業務連絡に終始する。四人の思惑を察したのか灰谷はすぐさま「ちがうよ!」と弁明を始める。
「アンケートアンケート! オレだって予定あるんだよ、年末年始は!」
「そんなともは何してるの?」
「クリスマスイブは部活でパーティーだし、クリスマスは家族でパーティーだし、紅白見ながら年越しして年明けは家族でお参りすんのっ」
「家庭科部のパーティー楽しそう……」
瑠比人が本当に羨ましそうに呟く。俺も楽しそうだなと思った。灰谷が所属する家庭科部は弊高校男子部と、隣の敷地にある女子部の合同の部活だ。家庭科で習うようなことなら何でもやって良いという謳い文句を掲げており、灰谷は想像通り服飾をメインに活動している。こいつ曰くイブのパーティーはケーキを作ったり、編んだ靴下にプレゼントを入れた交換会をやったりするそうだ。
「クリスマスプレゼントはなんでも良いらしいから、オレは絶賛帽子をあみあみしてまーす!」
フリーサイズのやつね! と元気良く宣言してくる。そう言えばこいつ、編み物やり過ぎでテストヤバかったって言ってたな。良いなあ、と瑠比人が言葉を漏らす。これも本当に良いなあと思っている声だ。灰谷はそんな瑠比人に気安く肩を組んだ。
「しょうがないなあ、るいてぃーのために帽子を編んできてあげようぞ!」
「え、ほんと? やったね」
「つかまあ全員分編み始めてるから、あの、みんな受け取ってね~」
やたら気弱な声掛けに、俺ら四人は普通に爆笑してしまった。どうして途中で自信が失速したのか、友達が編んだ帽子なんて普通に欲しいだろ。
「ちょ、アキラのデレはオレにとって猛毒なんだって! 助けて!」
「どういう意味だよ……あとデレてねえ」
腕で顔を隠した灰谷は慌てて水町の後ろに隠れた。サイズが違い過ぎて全然隠れていない。
「オレは言ったかんねっ、次は真汰ね?」
「なにが? ああ、予定か。僕は、委員会とバイト以外はずっと家にいる」
「図書室って冬休みも空いてんの?」太弦が尋ねると真汰は頷く。
「実は。あんまり知られてないけど」
もっと宣伝したら良いのにな、とこぼす御木本だ。生徒会執行部に所属しているこいつは、その方面からなにか出来ないかと考え始める。
や、そんなことよりも。俺と瑠比人はそわついていた、灰谷と御木本は知ってたのか? まあ知らんかったらそわついてるはずか。口火を切ったのは俺だった。
「水町お前……バイトしてんの?」
「うん。バイトっていうか、伯父さんの手伝いかな」
「バイトってうち、校則で駄目じゃなかったっけ。どうですか、生徒会書記さん」
瑠比人が尋ねる。生徒会書記こと御木本は、一旦図書室宣伝についての考えを別に置いて瑠比人の質問に答えた。
「家の手伝いなら大丈夫。あとのっぴきならない理由があるなら、申請書出して通ればオッケーって感じだ」
「僕は申請書出してますからね。脱則バイトじゃないですから」
「脱則バイトとか初めて聞く単語過ぎる。脱法ハーブ的な?」
ちなみに脱則バイトは見つかると反省書、校内奉仕活動がメインの罰で、悪質なものだと停学及び謹慎だそうだ。御木本が教えてくれた、こいつ校則全部暗記してんの? ……流石にそれはないか。
「それで、針生と土方はどう?」
御木本が訊くと、まとめられたことに違和感を覚えなかったことに違和感がある。俺らは同時に顔を見合わせた。
「まとめられることに慣れ過ぎて、一瞬普通に答えそうになったよ」
「ツッコミ待ちだったらまじで悪ぃ」
「別にそういうつもりじゃないけど……え、でも一緒に過ごしてるんだよな?」
「そんな訳ねえだろ」
俺の言葉に瑠比人以外の三人は驚く。はっきりと顔で驚いていた、むしろわざとらしい。……というかそんな驚くようなことか? だって幼なじみとは言え、別の家庭で生まれ育った訳だしお互いの家族の方が大事だろ。……まあ、
「クリスマスパーティーは一緒にやるけど」
「そうだなあ、あ、ケーキいつものとこで良い? あれなら彗くんと一緒に買いに行くけど」
「まじか。助かるわ」
三人の表情が驚愕から冷笑に移り変わった。なんでそうなるんだよ、そこの変化は正直有り得ないだろ。
「それは一緒にいるんだって!? なに言っちゃってんだこいつ!」
「あと大晦日と年越しも一緒にいるけど」
「むしろこっちの方がツッコミ待ちだったかな。僕らが新鮮に驚き過ぎ?」
「本当にフィクションの幼なじみみたいだ……」
生憎ノンフィクションの幼なじみ、ドキュメンタリー・幼なじみです。そうだ、ばあちゃんから瑠比人に業務連絡を預かってたんだ。
「瑠比人。おせち詰めるの手伝ってほしい、ってばあちゃんが言ってた。今思い出した」
「おお、おっけー。瑛のおばあちゃんの黒豆、美味しいんだよなあ」
周りの空気が更に冷ややかになったところで掃除の終了を告げる鐘が鳴る。やっぱり厳かだ。窓の鏡面反射選手権におきましては、灰谷担当エリアが断トツで綺麗だったことをお知らせしておこう。家庭科部の先輩に教わった窓掃除術、とか勝ち目なかっただろ。
「ってゆーかさ!」
掃除道具を片付けて、今年最後のショートホームルームに備える。担任は何をしているのか、しばらく経っても来なかったので教室は雑談タイムに突入した。そこで灰谷が何かを思い出したのか、斜め後ろの御木本に勢い良く体を向ける。
「クリスマスならみきもとセンセーの方が重要イベントじゃんね!?」
「い、いや、おれの話は……」哀れ御木本、ここでその話題が出て逃げられる訳もない。案の定水町が追い打ちをかける。
「ああ、初めての彼女とのクリスマスだもんね」
彼女。その言葉が聞こえてきた途端、クラスメイトの視線が一斉に御木本へ刺さった。比較的大きめな体を隠そうと縮める彼だが、土台無理な話だし、その視線が途絶えることはない。
御木本が持つ肩書は主にふたつ、『生徒会書記』そして『一年あおば組で唯一の彼女持ち』。後者の方がクラスメイトの関心を惹きやすいのは当然の話だ、老若男女問わず人気の話題と言ったら恋バナなんだから。
「灯哉のせいで酷い目に遭った!」
ショートホームルームが終わり、御木本はリュックサックを背負いながらそう吐き捨てる。お気持ち察するに余りあり過ぎ。元凶たる隣にいた灰谷はというと、悪びれもせず本人比でちょっとお茶目な表情を浮かべた。ムカつくなあと思ったら御木本に小突かれていた、そりゃそうだろ。
哀れな御木本はあのあと、大挙してきたクラスの奴らにクリスマス当日について質問攻めに遭っていた。デートコースから当日着ていく服、なぜかもしものための持ち物や悪天候時の迂回ルートなど、避難訓練か? みたいなことまで訊かれていた。そのやり取りは担当が教室の扉を開けても終わらないどころか担任すらも参加し、ショートホームルームとは名前だけの御木本独演会になっていた。興味津々と悪ノリが過ぎる。
「まーでもー、遅かれ早かれ、じゃん?」
「なにがだ!」御木本が怒るのはもっとも。何が遅くて何が早いのかさっぱりわからん。「本当にお前が余計なことさえ言わなければ……!」
灰谷へのヘイトが溜まりまくって闇落ちしかけている御木本を見かねて、水町が柔らかく声を掛けた。
「そうは言ってもたっつーが彼女持ちなんてクラス全員知ってるんだから、どうせ冬休み明けたら明けたたでインタビューされるでしょ」
真っ向からの正論に御木本は唸る。確かにその通り……でも普通に結果報告会とか求めそうな気がするんだよな、あおば組の奴って。一回のインタビューが二回になってしまった可能性が否めないが、それを口に出すとまたパンドラの箱が開きそう。
黙って遠くを見つめていると、瑠比人が視界に入ってきて小さくサムズアップをした。お前も同じ考えか。
「ともちは部活?」ようやく凪いだ場で瑠比人が口を開いた。
「ぶかつー、ケーキの構想をねりねりすんの」
「めちゃ楽しそう」
良いなあ良いなあと揺れる瑠比人を横目に、御木本と水町が別の話を始めた。
「水町さんは囲碁将棋部覗く? 委員会だっけ?」ここのふたりは囲碁将棋部所属だ
「覗く。たっつーも覗くでしょ」
「うん。で、針生は」
「部活だな。瑠比人、は帰るか。流石に」
「帰るよ」
家にいなきゃいけないの、と少し寂しそうに瑠比人は答えた。確かに周りがこれだけ学校に残るとなると、自分だけ下校は寂しいか。
時間も良い頃合いになり、散開しそうになったところで瑠比人が声を上げた。
「あのさ、言おうと思って忘れてたんだけど」
「はい?」
「年明け四日か五日にさ、みんなで初詣行かない? 初ではないかもだけど」
唐突な提案に俺以外の三人が固まる。俺が固まっていないのはなんでかって? 普通に前もって聞いてたから。
友達との思い出ももっと作りたい、と言うこいつに俺が賛成しない道理はない。俺だって同じ気持ちなんだ。そして他の三人も同じ気持ちだと、勝手に思っている。
「それはー、良い考えですね!」灰谷が目を輝かせながら叫んだ。
「なんか直訳っぽいな、どうしたよともち」
「おれも全然良いけど、暇だし、てかどうしたよ急に」
「どうしたっていうか」
困惑と喜びが混ざっている御木本の質問に瑠比人は口籠り、あろうことか俺に顔を向ける。え? 俺に言わせんの? お前が言った方が良くない? 美人だし。
「顔のこと関係ないっ!」
「顔と言動って結構密接な関係だと思うんだけどな」
「はいはい。それは置いといてもらって、理由を教えてもらっても良い? あき」
「結局俺かよ!」
くそう美人に言われた方が嬉しくねえか? こういうの。……と考えて、単純に俺は瑠比人に言われて嬉しいだけだと思い当たる。
こいつら相手なら俺が言っても喜んでくれるということか。じゃあ別に、良いか。
「友達と出来る限りいっぱい思い出作りたいじゃん」なるべく湿度を感じさせないよう、さらっと言う。「折角同じクラスでこんなに仲良くなったんだし、なあ?」
俺の言葉に瑠比人ははっきりと頷いた。
「そうだよねえ。そういう訳でどうでしょう、ともちと太弦……は良さげか。あとはまなまな」
「僕で良ければ、是非」
「僕で良ければってなんだそれ。お前が良いんだよ」
「きゅんです」
激メロだ、と俺の言動に喜んだ水町は指ハートで対応した。ここから先のコミュニケーションの繋げ方は生憎わかんねえよ。
ひとまず新年に詣でることは決定。時間もやばくなってきたので、さっさと話を終わらせる。
「じゃあ決まりってことで。また瑠比人から連絡寄越すから」
「瑛が仕切ってくれても良いんだけど?」
「言い出しっぺはお前だろうが。じゃあ、よいお年を?」
そう言って寂しさが心に雫を垂らす。出来ればもう一回くらい年内会えないものかと思うけど、全員集合は難しそうだ。
「おう、よいお年を」御木本が手を挙げる。
「よいお年を。るい、連絡待ってるね」その隣で水町は手を振った。
「みんなー体調にはご安全にー!」逆方向に向かう灰谷は両手を掲げる。
「冬は強いから大丈夫。よいお年を」そして瑠比人は控え目に笑った。
なんだか全員で寂しさを共有したような、そんな別れ際。全員が少しずつ背負ってくれた気がして、俺は大分元気になった。
喜び二倍、寂しさ半分って自他境界が微妙な人種のアレかと思ってたけど、多分ちょっとちがうんだよな。自他境界を自らあやふやにさせることが出来る人種の特殊技能というべきか。……クリスマスも楽しみだけど、新年も楽しみになってきたな。うきうきで武道場に着いたら遅いと黒澤に怒られ、少し気持ちが萎えた。
★ ★ ★
「あいつら、ふたりっきりで行かせなくて良かったのか?」
その日の晩、『リスさん』チーム幼なじみ抜きの三人は初詣について通話をしていた。この三人だけで通話をすることはあまりないが、今日はレアケースだったため緊急招集を募ったのだ。明日から冬休みということもあり、遅い時間でも容易に集まった。
不安を口にしたのは太弦だ。初詣におれらが付いて行っても良いだろうか、オーケーをしてからずっと悩んでいたそうだ。広げられた塾の宿題は半端にしか終わっていない。スピーカーにされたスマートフォンから、真汰の見解が漏れ出る。
『気持ちはわかるけど、あそこで断る方が変な雰囲気になるよ』
『そーそー! オレらはあいつらの恋愛成就を願ってるけど、べっつに嫌われたいとかないしね」
「それはおれだってそうだけど」
友人として大事に思ってはいるが、人間関係の優先順位を見極めるべきだと御木本は思っていた。ここら辺の考えは流石彼女持ち、という感じだが果たしてここまでタイトに考えても良いものか、とも疑念がよぎった。その葛藤を感じ取ったのか灯哉の声が響いた。
『そもそも同性だからさー、友達関係を規制しようとしてもそれはムリじゃね? ってなると思うよー』
「た、確かに」
『彼女さんならまだ彼氏大なり男友達とかわかるけど、彼氏同士でそれやろうとするのは結構キビい』
男女の恋愛関係ならば。彼女視点に立って話すと、異性における最高優先度を持つのが彼氏で、それ以外の異性は全員優先度最低でも何とかやっていける。それは単純に彼女には同性の友達がいるからだ。しかし同性での恋愛関係となるとこうもいかない。
『だから僕らは気を付けるしかないんだよね。距離感を適度にして、発言も過度な好意があると思わせないように』
『あとるいてぃーもアキラも、そこまで人間関係制限させたい訳じゃないんよね。それは、みきもとセンセーもわかるんじゃない?』
「美矢子さんの可能性を潰してしまうくらいならおれがいなくなればいい」
『極端過ぎる、それだけ愛が深いということだね……』
真汰が満足そうに頷いている様が予想出来る余韻の中、灯哉は『要するにあんま深く考えなくて良くね?』と提案する。実際それが良いのだろう、この三人はあの幼なじみに友人より深く、湿度のある感情を抱いていないのだから。
「……よし、なんかすっきりしたから塾の宿題やって寝る!」
『は? 偉過ぎんか?』
『無理しないようにね。今夜もすっごく寒いから』
「さんきゅ、お前らもあったかくして寝ろよ」
そうして通話が終わり、太弦は恋人の美矢子からメッセージが来ていることに気付く。相好を崩して丁寧に返信をし、ノートとワークに向き合った。
「……くーりすますが発破をかけてくるー」
「初めて聴いたんだけど、その替え歌」
「うわ瑠比人」
購買から帰ってきた瑠比人はナチュラルに俺の顔を一瞬覗き込んでから、にたにた笑いつつ自分の席へ着席した。その笑顔がとてもムカつく。俺は机を移動させて無理矢理瑠比人と向かい合った。少し面食らったこいつに、ざまあみろ、と思ったが顔は素知らぬ振りしてみる。
「……で、なんで合唱してんだうちの奴ら」
「はしゃいでるだけじゃない? 明後日には終業式だし」
ちなみに先導したのは弊クラスにおける唯一の合唱部員、菊乃井らしい。瑠比人曰く、ひとりだけなぜか上ハモを歌っているそうだが下パートの層が厚くて聴こえ辛いのが残念、とのこと。じゃあなんでお前は聴こえるんだ、って話だよな。こいつ、耳良いんだよ。
でも冬休みか……。久し振りの長い休みは楽しみではあるが、部活は年末ギリギリまで、年始は三箇日直後にあるし何より宿題もある。先輩曰く量はそこそことのことで、今から暗澹たる気分になる。
「あと新学期は実力テストがある……」
「ちょっとハリィ! それは言っちゃダメなお約束~!」
俺の鬱々とした懸念に割り込んできたのは同じクラスの黒澤だ。小柄な体格に今日も今日とてカラフルなカーディガンを羽織っている。よくもまあこんな明るい長めの髪で剣道部に入部したものだ。英会話研究部の方が性に合ってるんじゃね? と毎回思うが毎回言わないようにしている。その隣にいるのは同じくうちのクラスで剣道部の寺地翼。こっちはザ・剣道部というか、黒髪を短く整えていかにも品行方正そうだ。実際名家のお坊ちゃんらしい。
寺地は黒澤と同意見のようだ、俺の方を見て微笑みを湛えながら口を開く。
「そうだぞハリィ。人間は真実ばかりを見て生きられるほど、強くもない」
「おっも!! 寺地はいちいち物言いが重えんだよ!」
「そうか? 自明の理を説明しただけな気がするが……」
自明、というほど自明でもない気がする。むしろ残酷な真実っぽいというか。
ふたりからぐだぐだと説かれ(瑠比人は完全に存在を消していた、こいつめ)、俺は面倒臭いと思いつつも言ってることは一理あるなと思った。イベント事を折角楽しめる境遇なんだから、多少はしゃがないと損だ。
「……うん、わざわざ水を差すようなこと言うのもアレだよな」
「……ハリィってそういうとこ大人だよね~」
「ああ。尊敬している」
「はは、あざす……」
寺地からの真っ直ぐな褒め言葉は流石に気まずい。この男、誠実さと貫禄が服を着て歩いているような奴なのだ。先輩ですら敬語で話したくなる男という異名を持つ。そんな奴に褒められると、責任も一緒に背負い込まされたような気分になる……まあ考え過ぎか。言っとくけど、黒澤には何言われても「適当言いやがって」みたいな気持ちになる。
すると「あ!」と黒澤が声を上げた。急に上がった声の理由を訊く前に、俺はいきなり真横を向かされこいつに肩を抱かれた。いやいやいや、なになになに。
「ハリィ! カメラ見て!」
「え、カメラ?」
「テイラーも! ほら!」
「うん? カメラを見れば良いのか?」
そして即座にシャッターが降りる──が、俺はその瞬間を肉眼では見れなかった。
なぜか一瞬にして目の前が真っ暗になり、それなりの力で首を後ろに倒される。どいつもこいつも説明をしろ、と怒りで腕を振り上げれば目の前が明るくなった。
手の主は瑠比人だった。
「え、るい、え?」
「ちょっとジャッキー! なにしてんの!?」
怒りと戸惑いを露わにした黒澤に瑠比人は、なんにも? と言いたげなジェスチャーをする。寺地はどこか納得した表情を浮かべていた。ガチ困惑の極みは俺だけのようだ、逆になんで寺地はわかるんだよ。
「あのー、何があった?」
「何がって、今さNowitの通知が来てたから写真撮ろうとしたの! そしたらジャッキーがハリィの目をいきなり塞いで……」
「だって瑛の顔バレするじゃん」
「その手があったかと感心しきりだ。流石ジャッキー、機転がきくな」
「テイラーは感心しないの!」
黒澤の憤慨レベルが上がっていく。
っていうか、あー、なんか聞いたことある。最近NowitというSNSが流行っているらしい、朝の情報番組でよく取り上げられている。確か通知が来たら写真を撮ってアップをするシステムで、それをしないと他の投稿も見れなくなる、という少しややこしいタイプのSNSだ。
黒澤がいきなり写真を撮ろうとしたのは、その通知が来たからか。そんで俺と寺地を写真に入れたのは単純に手近にいたから、だけど瑠比人はそのことに不満を覚えたらしい。だってほら、目が笑っていないから。あと全然関係ないけど『土方』で『ジャッキー』って相当無理矢理じゃね?
「いやさあ、」呆れたように瑠比人が黒澤を見上げた。「どんな用途で写真使われるかもわからないのに撮られるの嫌でしょ」
「えー? そうかなー?」
売り言葉に買い言葉、とはこのことか。ふたりの間には剣呑な空気が漂っている。……仕方ない、と俺が仲介しようと身を乗り出せば寺地に肩を抑えられ元の場所に戻された。すごい力、この細身のどこにこんなパワーが? 視線を上げれば目が合って、ウインクされた。お前そういうキャラだっけ。ふたりの話に耳を傾けることにする。
「そりゃクロエはどんなSNSか知ってるし、あなたがどういう写真を載せようとそれは勝手だよ。でも他の人は咄嗟だとわかんないこともあるし、写真がインターネットに広がるのが嫌だと思う人もいるじゃん」
「それは……そうだけど」瑠比人のド正論パンチに黒澤はたじろぐ。「でも、思い出じゃん?」
「思い出ね、わかるよ。折角なら一緒に写真撮りたい、っていうのはわかるんだけど、せめて事前に説明した方が良い。瑛、完全に困ってたよ」
「まじ!? ハリィそれ本当!?」
「まあ、なんだろうなあ、とは思ったけど」
少なくともどういう用途で写真を撮られるかがわかっていたら、俺は断固として拒否していた。加えて突然こんなことをしてくる黒澤に対しても、不信感が芽生えてしまっていた可能性がある。SNS否定派ではないが、自らの顔が勝手にインターネットに流出されることに関しては危機感を覚えるな。昔ちょっとあったし。
黒澤はむっつりと黙り込んでしまった。あんまり良くないことをした自覚があるんだろう、ただ少し強い言葉を遣われて上手く反応出来ていないっぽい。反発したい気持ちを罪悪感で蓋してる感じだ、部活でもたまにこの感じを見る。
そこでようやく寺地が俺の肩から手を外し、瑠比人と黒澤の間に入った。
「まあ、クロエもこのように反省しているし、今日はここら辺で良いんじゃないか?」
穏やかに場をまとめる一言。一瞬にして毒気の抜かれた瑠比人は頷きながら「反省してくれてるなら問題ないよ」と宣う。黒澤はそんな瑠比人の方を見ようとしないで、俺の方へ向き直った。
「……急に写真撮ろうとして、ごめんなさい」
深々と頭を下げる黒澤。神妙なシーンだ、シーンだけどなんでだろう、ちょっと面白い。言ってることはその通りだし反省も見えるし笑うつもりはなかったのだけど、あまりにも殊勝な態度でなんだか可愛く思った。庇護欲が煽られて、つい微笑んでしまった。
「ちょっとぉ! なんで笑うの!」
「やっ、小さくなってるお前可愛いなって……っ」
「はあ!?」
「クロエは可愛いぞ」
俺の言葉に乗じて寺地も同意の言葉を繋げる。更に混乱した黒澤に対して瑠比人が言葉を重ねた。
「いや俺の方が可愛い」
「黙れジャッキー! 本当に顔が良い奴にそれ言われると腹立つ!」
不安定な空気が払拭され、いつも通りの騒がしい空気感に回帰する。いやあしかし、俺を守ってくれようとした瑠比人、すごくカッコ良かったな。惚れ直すとはこのことか、いや人間としての視野の広さが単純に尊敬に値する。普段すっごい変なところもあるのに、シンプルに理知的でスマートな部分もあるの本当ズルいな。
食事中すまなかったな、と寺地が一言謝り黒澤を連れて自分の席に戻る。その様子を見送って、充実感を抱いて前を向いた。瑠比人が机に顔を乗せて、項垂れていた。
なんで?
「……や、瑛の懐に広さに完敗した」
「俺の? どこが?」
思い当たる節がないな、と思っていたら、そういうとこ~と指を刺された。へし折ってやろうか。
「く~りすますがタクシーを煽ってく~」
「必然的に道交法違反のサンタクロース、っていう夢のない物体が脳内に生成された」
「絶妙に韻踏めてない替え歌ってしょうもなくて好きだよ」
終業式が終わって、大掃除の真っ只中。どうして私立なのに掃除を自分達でやるのかというと、それが弊高校の伝統だからである。くそどうでも良い。
俺ら『リスさん』チームは廊下の窓をどれだけ鏡面反射に仕上げられるか競い合っていた。そんな中で灰谷が声を上げる。
「みんなぁ~、年末年始はどのような予定だい?」
この問い掛けは最早構文だ。またか、と俺含めた四人は一旦スルーし業務連絡に終始する。四人の思惑を察したのか灰谷はすぐさま「ちがうよ!」と弁明を始める。
「アンケートアンケート! オレだって予定あるんだよ、年末年始は!」
「そんなともは何してるの?」
「クリスマスイブは部活でパーティーだし、クリスマスは家族でパーティーだし、紅白見ながら年越しして年明けは家族でお参りすんのっ」
「家庭科部のパーティー楽しそう……」
瑠比人が本当に羨ましそうに呟く。俺も楽しそうだなと思った。灰谷が所属する家庭科部は弊高校男子部と、隣の敷地にある女子部の合同の部活だ。家庭科で習うようなことなら何でもやって良いという謳い文句を掲げており、灰谷は想像通り服飾をメインに活動している。こいつ曰くイブのパーティーはケーキを作ったり、編んだ靴下にプレゼントを入れた交換会をやったりするそうだ。
「クリスマスプレゼントはなんでも良いらしいから、オレは絶賛帽子をあみあみしてまーす!」
フリーサイズのやつね! と元気良く宣言してくる。そう言えばこいつ、編み物やり過ぎでテストヤバかったって言ってたな。良いなあ、と瑠比人が言葉を漏らす。これも本当に良いなあと思っている声だ。灰谷はそんな瑠比人に気安く肩を組んだ。
「しょうがないなあ、るいてぃーのために帽子を編んできてあげようぞ!」
「え、ほんと? やったね」
「つかまあ全員分編み始めてるから、あの、みんな受け取ってね~」
やたら気弱な声掛けに、俺ら四人は普通に爆笑してしまった。どうして途中で自信が失速したのか、友達が編んだ帽子なんて普通に欲しいだろ。
「ちょ、アキラのデレはオレにとって猛毒なんだって! 助けて!」
「どういう意味だよ……あとデレてねえ」
腕で顔を隠した灰谷は慌てて水町の後ろに隠れた。サイズが違い過ぎて全然隠れていない。
「オレは言ったかんねっ、次は真汰ね?」
「なにが? ああ、予定か。僕は、委員会とバイト以外はずっと家にいる」
「図書室って冬休みも空いてんの?」太弦が尋ねると真汰は頷く。
「実は。あんまり知られてないけど」
もっと宣伝したら良いのにな、とこぼす御木本だ。生徒会執行部に所属しているこいつは、その方面からなにか出来ないかと考え始める。
や、そんなことよりも。俺と瑠比人はそわついていた、灰谷と御木本は知ってたのか? まあ知らんかったらそわついてるはずか。口火を切ったのは俺だった。
「水町お前……バイトしてんの?」
「うん。バイトっていうか、伯父さんの手伝いかな」
「バイトってうち、校則で駄目じゃなかったっけ。どうですか、生徒会書記さん」
瑠比人が尋ねる。生徒会書記こと御木本は、一旦図書室宣伝についての考えを別に置いて瑠比人の質問に答えた。
「家の手伝いなら大丈夫。あとのっぴきならない理由があるなら、申請書出して通ればオッケーって感じだ」
「僕は申請書出してますからね。脱則バイトじゃないですから」
「脱則バイトとか初めて聞く単語過ぎる。脱法ハーブ的な?」
ちなみに脱則バイトは見つかると反省書、校内奉仕活動がメインの罰で、悪質なものだと停学及び謹慎だそうだ。御木本が教えてくれた、こいつ校則全部暗記してんの? ……流石にそれはないか。
「それで、針生と土方はどう?」
御木本が訊くと、まとめられたことに違和感を覚えなかったことに違和感がある。俺らは同時に顔を見合わせた。
「まとめられることに慣れ過ぎて、一瞬普通に答えそうになったよ」
「ツッコミ待ちだったらまじで悪ぃ」
「別にそういうつもりじゃないけど……え、でも一緒に過ごしてるんだよな?」
「そんな訳ねえだろ」
俺の言葉に瑠比人以外の三人は驚く。はっきりと顔で驚いていた、むしろわざとらしい。……というかそんな驚くようなことか? だって幼なじみとは言え、別の家庭で生まれ育った訳だしお互いの家族の方が大事だろ。……まあ、
「クリスマスパーティーは一緒にやるけど」
「そうだなあ、あ、ケーキいつものとこで良い? あれなら彗くんと一緒に買いに行くけど」
「まじか。助かるわ」
三人の表情が驚愕から冷笑に移り変わった。なんでそうなるんだよ、そこの変化は正直有り得ないだろ。
「それは一緒にいるんだって!? なに言っちゃってんだこいつ!」
「あと大晦日と年越しも一緒にいるけど」
「むしろこっちの方がツッコミ待ちだったかな。僕らが新鮮に驚き過ぎ?」
「本当にフィクションの幼なじみみたいだ……」
生憎ノンフィクションの幼なじみ、ドキュメンタリー・幼なじみです。そうだ、ばあちゃんから瑠比人に業務連絡を預かってたんだ。
「瑠比人。おせち詰めるの手伝ってほしい、ってばあちゃんが言ってた。今思い出した」
「おお、おっけー。瑛のおばあちゃんの黒豆、美味しいんだよなあ」
周りの空気が更に冷ややかになったところで掃除の終了を告げる鐘が鳴る。やっぱり厳かだ。窓の鏡面反射選手権におきましては、灰谷担当エリアが断トツで綺麗だったことをお知らせしておこう。家庭科部の先輩に教わった窓掃除術、とか勝ち目なかっただろ。
「ってゆーかさ!」
掃除道具を片付けて、今年最後のショートホームルームに備える。担任は何をしているのか、しばらく経っても来なかったので教室は雑談タイムに突入した。そこで灰谷が何かを思い出したのか、斜め後ろの御木本に勢い良く体を向ける。
「クリスマスならみきもとセンセーの方が重要イベントじゃんね!?」
「い、いや、おれの話は……」哀れ御木本、ここでその話題が出て逃げられる訳もない。案の定水町が追い打ちをかける。
「ああ、初めての彼女とのクリスマスだもんね」
彼女。その言葉が聞こえてきた途端、クラスメイトの視線が一斉に御木本へ刺さった。比較的大きめな体を隠そうと縮める彼だが、土台無理な話だし、その視線が途絶えることはない。
御木本が持つ肩書は主にふたつ、『生徒会書記』そして『一年あおば組で唯一の彼女持ち』。後者の方がクラスメイトの関心を惹きやすいのは当然の話だ、老若男女問わず人気の話題と言ったら恋バナなんだから。
「灯哉のせいで酷い目に遭った!」
ショートホームルームが終わり、御木本はリュックサックを背負いながらそう吐き捨てる。お気持ち察するに余りあり過ぎ。元凶たる隣にいた灰谷はというと、悪びれもせず本人比でちょっとお茶目な表情を浮かべた。ムカつくなあと思ったら御木本に小突かれていた、そりゃそうだろ。
哀れな御木本はあのあと、大挙してきたクラスの奴らにクリスマス当日について質問攻めに遭っていた。デートコースから当日着ていく服、なぜかもしものための持ち物や悪天候時の迂回ルートなど、避難訓練か? みたいなことまで訊かれていた。そのやり取りは担当が教室の扉を開けても終わらないどころか担任すらも参加し、ショートホームルームとは名前だけの御木本独演会になっていた。興味津々と悪ノリが過ぎる。
「まーでもー、遅かれ早かれ、じゃん?」
「なにがだ!」御木本が怒るのはもっとも。何が遅くて何が早いのかさっぱりわからん。「本当にお前が余計なことさえ言わなければ……!」
灰谷へのヘイトが溜まりまくって闇落ちしかけている御木本を見かねて、水町が柔らかく声を掛けた。
「そうは言ってもたっつーが彼女持ちなんてクラス全員知ってるんだから、どうせ冬休み明けたら明けたたでインタビューされるでしょ」
真っ向からの正論に御木本は唸る。確かにその通り……でも普通に結果報告会とか求めそうな気がするんだよな、あおば組の奴って。一回のインタビューが二回になってしまった可能性が否めないが、それを口に出すとまたパンドラの箱が開きそう。
黙って遠くを見つめていると、瑠比人が視界に入ってきて小さくサムズアップをした。お前も同じ考えか。
「ともちは部活?」ようやく凪いだ場で瑠比人が口を開いた。
「ぶかつー、ケーキの構想をねりねりすんの」
「めちゃ楽しそう」
良いなあ良いなあと揺れる瑠比人を横目に、御木本と水町が別の話を始めた。
「水町さんは囲碁将棋部覗く? 委員会だっけ?」ここのふたりは囲碁将棋部所属だ
「覗く。たっつーも覗くでしょ」
「うん。で、針生は」
「部活だな。瑠比人、は帰るか。流石に」
「帰るよ」
家にいなきゃいけないの、と少し寂しそうに瑠比人は答えた。確かに周りがこれだけ学校に残るとなると、自分だけ下校は寂しいか。
時間も良い頃合いになり、散開しそうになったところで瑠比人が声を上げた。
「あのさ、言おうと思って忘れてたんだけど」
「はい?」
「年明け四日か五日にさ、みんなで初詣行かない? 初ではないかもだけど」
唐突な提案に俺以外の三人が固まる。俺が固まっていないのはなんでかって? 普通に前もって聞いてたから。
友達との思い出ももっと作りたい、と言うこいつに俺が賛成しない道理はない。俺だって同じ気持ちなんだ。そして他の三人も同じ気持ちだと、勝手に思っている。
「それはー、良い考えですね!」灰谷が目を輝かせながら叫んだ。
「なんか直訳っぽいな、どうしたよともち」
「おれも全然良いけど、暇だし、てかどうしたよ急に」
「どうしたっていうか」
困惑と喜びが混ざっている御木本の質問に瑠比人は口籠り、あろうことか俺に顔を向ける。え? 俺に言わせんの? お前が言った方が良くない? 美人だし。
「顔のこと関係ないっ!」
「顔と言動って結構密接な関係だと思うんだけどな」
「はいはい。それは置いといてもらって、理由を教えてもらっても良い? あき」
「結局俺かよ!」
くそう美人に言われた方が嬉しくねえか? こういうの。……と考えて、単純に俺は瑠比人に言われて嬉しいだけだと思い当たる。
こいつら相手なら俺が言っても喜んでくれるということか。じゃあ別に、良いか。
「友達と出来る限りいっぱい思い出作りたいじゃん」なるべく湿度を感じさせないよう、さらっと言う。「折角同じクラスでこんなに仲良くなったんだし、なあ?」
俺の言葉に瑠比人ははっきりと頷いた。
「そうだよねえ。そういう訳でどうでしょう、ともちと太弦……は良さげか。あとはまなまな」
「僕で良ければ、是非」
「僕で良ければってなんだそれ。お前が良いんだよ」
「きゅんです」
激メロだ、と俺の言動に喜んだ水町は指ハートで対応した。ここから先のコミュニケーションの繋げ方は生憎わかんねえよ。
ひとまず新年に詣でることは決定。時間もやばくなってきたので、さっさと話を終わらせる。
「じゃあ決まりってことで。また瑠比人から連絡寄越すから」
「瑛が仕切ってくれても良いんだけど?」
「言い出しっぺはお前だろうが。じゃあ、よいお年を?」
そう言って寂しさが心に雫を垂らす。出来ればもう一回くらい年内会えないものかと思うけど、全員集合は難しそうだ。
「おう、よいお年を」御木本が手を挙げる。
「よいお年を。るい、連絡待ってるね」その隣で水町は手を振った。
「みんなー体調にはご安全にー!」逆方向に向かう灰谷は両手を掲げる。
「冬は強いから大丈夫。よいお年を」そして瑠比人は控え目に笑った。
なんだか全員で寂しさを共有したような、そんな別れ際。全員が少しずつ背負ってくれた気がして、俺は大分元気になった。
喜び二倍、寂しさ半分って自他境界が微妙な人種のアレかと思ってたけど、多分ちょっとちがうんだよな。自他境界を自らあやふやにさせることが出来る人種の特殊技能というべきか。……クリスマスも楽しみだけど、新年も楽しみになってきたな。うきうきで武道場に着いたら遅いと黒澤に怒られ、少し気持ちが萎えた。
★ ★ ★
「あいつら、ふたりっきりで行かせなくて良かったのか?」
その日の晩、『リスさん』チーム幼なじみ抜きの三人は初詣について通話をしていた。この三人だけで通話をすることはあまりないが、今日はレアケースだったため緊急招集を募ったのだ。明日から冬休みということもあり、遅い時間でも容易に集まった。
不安を口にしたのは太弦だ。初詣におれらが付いて行っても良いだろうか、オーケーをしてからずっと悩んでいたそうだ。広げられた塾の宿題は半端にしか終わっていない。スピーカーにされたスマートフォンから、真汰の見解が漏れ出る。
『気持ちはわかるけど、あそこで断る方が変な雰囲気になるよ』
『そーそー! オレらはあいつらの恋愛成就を願ってるけど、べっつに嫌われたいとかないしね」
「それはおれだってそうだけど」
友人として大事に思ってはいるが、人間関係の優先順位を見極めるべきだと御木本は思っていた。ここら辺の考えは流石彼女持ち、という感じだが果たしてここまでタイトに考えても良いものか、とも疑念がよぎった。その葛藤を感じ取ったのか灯哉の声が響いた。
『そもそも同性だからさー、友達関係を規制しようとしてもそれはムリじゃね? ってなると思うよー』
「た、確かに」
『彼女さんならまだ彼氏大なり男友達とかわかるけど、彼氏同士でそれやろうとするのは結構キビい』
男女の恋愛関係ならば。彼女視点に立って話すと、異性における最高優先度を持つのが彼氏で、それ以外の異性は全員優先度最低でも何とかやっていける。それは単純に彼女には同性の友達がいるからだ。しかし同性での恋愛関係となるとこうもいかない。
『だから僕らは気を付けるしかないんだよね。距離感を適度にして、発言も過度な好意があると思わせないように』
『あとるいてぃーもアキラも、そこまで人間関係制限させたい訳じゃないんよね。それは、みきもとセンセーもわかるんじゃない?』
「美矢子さんの可能性を潰してしまうくらいならおれがいなくなればいい」
『極端過ぎる、それだけ愛が深いということだね……』
真汰が満足そうに頷いている様が予想出来る余韻の中、灯哉は『要するにあんま深く考えなくて良くね?』と提案する。実際それが良いのだろう、この三人はあの幼なじみに友人より深く、湿度のある感情を抱いていないのだから。
「……よし、なんかすっきりしたから塾の宿題やって寝る!」
『は? 偉過ぎんか?』
『無理しないようにね。今夜もすっごく寒いから』
「さんきゅ、お前らもあったかくして寝ろよ」
そうして通話が終わり、太弦は恋人の美矢子からメッセージが来ていることに気付く。相好を崩して丁寧に返信をし、ノートとワークに向き合った。
