情けは人のためならず

「あーきらー!」

 七夕祭のオープニングアクトはダンス部のパフォーマンスだった。うちのダンス部ってあんな和風だったんかと衝撃に震えながら体育館の中にいた人と同じように外へ出て行こうとすると、大きな声で呼び止められた。慌てて声のした方を見ればお久し振りに会う、瑠比人のお母さんが大きく手を振っている姿が目に飛び込む。

「えっ、礼美(あやみ)さん?」

 俺は流れに逆らいながら彼女の下へ慎重に足を運ぶ。じっくり時間をかけてようやく礼美さんの前に辿り着けば、久し振り、と笑顔を贈られた。

「お久し振り、帰って来てたんだ」
「一昨日ね。いやーもー、大変だったー」

 色々とお世話になりました、と頭を下げられ俺も同じくらい、いやそれ以上に頭を下げる。長野の御実家で色々あった礼美さんだったが、先日ようやく片が付いたようで実の弟さんにあらゆることを託し自宅に帰ってきたらしい。七夕祭も来られそうだと瑠比人からとても嬉しそうなメッセージが届いたのを思い出す。マジで良かった、俺としても瑠比人の復活ライブを礼美さんが見れないのはすごく嫌だったし。

「アキラー、どこー」

 人ごみの彼方からまた俺を呼ぶ声が聞こえてくる。これは声だけではっきりわかるが灰谷だ。こっちこっちと手を挙げて場所をアピールすれば、さっきまで一緒だった灰谷と水町、御木本がぞろぞろとやって来る。俺への不平不満を発しながらやって来たが、俺の隣に見知らぬ女性が立っているのに気付いた瞬間、表情を強張らせた。

「あ、俺の母ちゃんではない」
「そうなのー? それは良かっ、良かったのかな?」
「別に母ちゃんと思ってくれても良いのよ?」

 礼美さんは至極真面目にそう言ってくれる。とても有り難い。しかし嘘をつく訳にはいかないので「瑠比人のお母さんです」と三人に紹介した。真っ先に驚いたのは御木本だ。

「お母さん!? お姉さんかと思った……」
「あははは! そんなこと言われても何も出ないって、出店に好きな食べ物あった?」
「出そうとしてる!? お気持ちだけで大丈夫です……!」
「そう?」

 財布を少しだけ見せた礼美さんは御木本の固辞を受け取り、三人をまんべんなくじっくりと見つめる。

「瑛の友達?」
「うん、友達。瑠比人とも友達だよ」
「まあ瑛の友達ならそりゃそうか。お世話になってますー」

 深々と頭を下げると、三人も慌ててお辞儀をした。自己紹介させてる暇はないから俺が簡単に紹介をしておこう。

「良いこと言うじゃない、君。褒めてもなんも出ないけど!」
「こっちの帽子の子が灰谷っすね。こっちの眼鏡の子が御木本で、こっちの前髪失敗してる子が水町」
「失敗じゃなくてイメチェンなんだけど?」

 低い声で応酬する水町にはいはいと俺は適当に相槌を打つ。どう考えても失敗にしか見えないけれど。今日のこいつはどうしたことか、いつも目の上ギリギリに存在していた前髪の存在がなくなり、前髪の際は眉毛上にまで後退していた。一年以上一緒にいるのに初めて顔の全容を把握出来たが、こんなに童顔だとは思いもしなかった。

「まあ可愛い系ではあるよね。それがあんまり好きじゃなかったんだけど」
「水町さんって自認可愛いの人だったのか……」
「自認可愛いが嫌だった人、の方が正確かも」
「オレはどっちも良いと思うけどなー。今の方がスタイリッシュではあるねっ」
「とも、ありがとう。さてあき、何か申し開きはあるかな。今なら許せそうだけど」
「怖いって悪かったって!」

 ごめんね! と力いっぱい謝れば水町は、いーよー、と緩く許してくれた。おでこが可愛い、と灰谷にぺちぺち触られている。良いのか、その扱いは。
 
「つか御木本、生徒会の方は大丈夫なのかよ」
「音楽系のパフォーマンスは放送部メインだし、しばらくは何とかなるよ」

 土方の勇姿は客席から見たいし、と笑いかけられ俺は頷いた。そして礼美さんの方を見る。

「礼美さん、これから俺らで瑠比人見に行くけど一緒にいる? 別のところから見てる?」
「えっお邪魔して良いの?」
「お邪魔も何もオールスタンディングですし、並んで見るだけですけど……」
「じゃあ行くー!」

 やったね、とはしゃぐ礼美さん。あっという間に灰谷、水町と打ち解けたようで、瑠比人の学校での様子について話し込んでいた。なんか変なこと言われてなきゃ良いな、と瑠比人の無事を祈りつつ隣を歩く御木本と目が合ってしまう。一瞬何か言いたそうだった御木本は、そのまま思ったことを言う決断をしたようだ。ゆっくりと口を開いた。

「緊張してる?」
「俺が? なんで?」
「わかんないけど……この間の剣道部の試合の日、土方は滅茶苦茶緊張してたから」
「あいつ、いつもそうなんだよなあ……」

 五月も終わり頃に行われたインターハイ県予選、瑠比人を含めたいつもの四人が応援に来てくれていた。まあ瑠比人はいつも応援に来てくれるのだけど、友達が試合を見に来てくれるなんて滅多にないことなので普通にテンションが上がり、団体は県ベスト八、個人でもベスト十六となかなか良い成績を出せたのである。あの日のことは感謝してもし切れない、っていうか俺、かなり友達のこと好きなんだなあと自覚した次第だ。閑話休題。
 御木本はその日の瑠比人の姿が衝撃だったそうで、あいつのハンカチが水浸しになるくらい握り締め、一試合終わる度に呼吸困難になりかけている様を思い出す度に話してくれる。俺としては小学生の頃からの見慣れた姿なんだけど、言われてみればこいつらの前では出したことがない姿だったかと。

「まだまだ色んな側面があるんだなって少し嬉しくもなった」
「その気持ちわかるな」さっきの水町の件然り。「そういうのって嬉しい」
「え?」

 同意をすると隣の男は眼鏡越しに目を瞬かせる。なんでだよ、思っちゃ駄目なのかよ。

「だってお前、土方と長い付き合いだろ。もう見たことないところ、ないだろ?」
「いやちがうわ、お前らの話だわ」

 なにを勘違いしてるんだか、と続けて言えば御木本は気まずそうに笑う。頬が少し赤く透けて見える気がして、おっとこれは、と俺は口を噤んだ。
 これを突っつくなんて野暮な真似はしない。こいつらも口を閉ざしてくれた機会は何度もあったはずだし、持ちつ持たれつ、だろう。



「るいのバンドってオリジナル曲ばっか?」
「そうだな。えーと……『メインボーカル兼ギターの沖田初世が全曲を作成し』……すごくないか?」
「僕は曲作ったことないけどすごいのはわかる」

 野外ステージの前に立ち、水町と御木本は七夕祭のパンフレットを読んでいる。野外ステージで出し物をする団体についてはキャッチコピーと一言説明のようなものが載っていて、瑠比人が所属している軽音部バンド『晴れるから』は『独創性が開花した代替不可ロック』というカッコ良い文言が躍っている。

「そうなのよー、でね、瑠比人はあんなんなのに昔から男の子にも女の子にも一定数好かれてて」
「あっなるほど? オレもるいてぃーのこと好きだからわかる気がしますー」

 俺の後ろでは礼美さんと灰谷が瑠比人についてあれこれ話していた。途中からしか聞こえなかったので全貌はわからないが、恐らく瑠比人の人間関係遍歴的なものを話しているのだろう。どうしてそんな話になったんだ……? と考えていたら俺に話が振られた。

「ねっ瑛」
「……急に言われてもなんもわからんのですけど、なんの話?」
「るいてぃーって顔でモテてると思いきや、実は内面に中毒性があるーって話」
「母親が率先してなんちゅう話題を……」
「えーだってそう思わない? あの子普通に変でしょ?」
「あまりにもデリカシーも躊躇いもない言葉だな?」

 実の親ってこういうところある、と父親のことを思い出してげんなりしている内にアナウンスが発せられた。もうすぐ瑠比人たちのステージが始まる。新生『晴れるかな』は七夕祭が初ステージとのことだ、きっとこのメンバーでの演奏はそう何度もあるものではない。しっかりと目に焼き付けなければ、俺は舞台上へ目を向けた。
 シャカリキに舞台へ上がった沖田先輩はステージの中央で大きく両手を広げる。客席からのパワーなのか、エネルギーなのかを受け取ろうとしているのか。あとに続いた他のメンバーはその姿を二度見、三度見しながら自分の立ち位置についた。別に沖田先輩のルーティーンって訳ではないんだな、瑠比人は兎も角他の二人もビビり散らかしてるし。客席側もほぼ同じリアクションだった。

『みなさん、どうもこんにちは。「晴れるかな」です! 拍手~!』

 自ら拍手を促す沖田先輩、俺らの集団は力いっぱい手を叩く。片耳に掌を添えて拍手の音を堪能した沖田先輩は自分のギターを構え、マイクに口を近付けた。

『では早速やっていきます。今日は三曲! 楽しんでってくれよな~!』

 MCの終わりと同時にドラムが鳴り響く。よく考えると生でバンド演奏を聞くのは初めてだった、生歌唱も。



 沖田先輩の声はすごく不思議だった。普段話している時は普通に男性の声、って感じなのに歌い出すと中性的、むしろ女性のように響いてくる。
 永倉のドラム演奏は、詳しいことは何もわからないけど、足も手も全然ちがう動きをしていて単純にすげえなって。それでアイコンタクトも入れてるもんな、マルチタスクの極みだ。
 ベースの人はいぶし銀という感じで、前に滅茶苦茶出てくる訳じゃないけどきちんと存在感があった。個人的にすげえカッコ良いと思った。
 それで瑠比人は……、

「お疲れるいてぃー!」

 ステージが終わって降りてきた瑠比人はギターケースを背中に背負っていた。わかりやすくくたびれているこいつを労わるべく、灰谷が買ってきたお茶を頬にぐいぐい押し付けている。逆に疲れそうだ。瑠比人もすっごく迷惑そうな顔してるし。

「あの、あり、ありが、っええい! やめい!」
「るいてぃーのためにお茶を開けてあげよう」
「ありがとね!? っていうかまなまなと太弦もありがとう、観に来てくれて!」
「いやいや、こちらこそだよ」
「ああ。良いもん観たっていうか聴いたっていうか」
「つか俺と礼美さんにはお礼なしかよ」
「そうだそうだー」
「だってふたりは絶対観に来てくれるじゃん……」

 そう言われると閉口せざるを得ない。お前だって俺の剣道の試合を絶対観に来てくれるしな。
 ギターケースを背負った瑠比人を見て、舞台上のこいつがフラッシュバックする。正直、カッコ良い、と思った。中学時代にギターを弾いている瑠比人なんて散々見たけど、その時とはちがう感覚だ。見たことのない瑠比人を見たというか、逆か、中学の頃は見たことがなかった練習熱心な姿を見たことでよりカッコ良さに拍車がかかったというか。でもこれを直接言うのはな……そんなことを思っていると、灰谷に腕を小突かれた。

「なんだよ」
「んー? 思ったことはちゃんと言った方が良いんじゃね、と思いましてなー」
「エスパーかお前……」
「アキラの顔が分かりやす過ぎなんだわ」

 そこまでわかりやすい顔をしていたか? 怯えながら瑠比人の方を見ると、礼美さんとしっかり話し込んでいた。良かったというかなんというか……。

「母さん、じいちゃんの方はもう大丈夫なの?」
「問題なし。瑠比人には随分迷惑かけたね、お父さんの世話とかお父さんの世話とか」
「父さんの世話ばっかじゃん!? まあそうだけど……」
「そうなんじゃん。まあ夏休み前までにはなんとかするとは言ってあったしね、ある意味計画通りよ」
「……でも、嬉しい。母さんが見てくれて、本当に」

 ありがとう、と言った瑠比人の声は本当に小さくて、周囲の喧騒でかき消されそうなくらいだったけど礼美さんにはちゃんと届いていたようだ。彼女は愛おしそうに瑠比人を見つめて、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるように撫でる。頭がぼさぼさになった瑠比人は信じられないと目で訴えかける。

「じゃあお母さんは帰るわ。晩御飯の用意もしないとだし」

 何時に帰ってくる? と尋ねられ瑠比人はまごまごと答えた。何時に終わるか厳密に覚えていないんだろうなという答え方だ。礼美さんも心配そうな表情を浮かべていた。

「……まあ良いか。気を付けて帰ってらっしゃい、今日はしゃぶしゃぶだから」
「えっやった」
「じゃあ瑛、あとみなさんも気を付けて。お邪魔しました~」

 礼美さんは去り際にそう言って正門の方へ向かって行った。母親の背中を見送る瑠比人、ようやく日常が戻ってきたことに対する安堵が雰囲気に滲んでいて俺までほっとしてしまう。思わず抱き締めたくなった、いや抱き締めても良いのか、もう。……そっと横から腰に腕を回す。ギターの分、密着出来ていないけど充分ハグだろう。顔を上げると瑠比人の驚愕した顔が目に飛び込んできた。そこまで驚くことか?

「お、どろくでしょ……。急にどうしたんですか」
「急にも何も、七夕祭のお前のステージは終わった。俺もインターハイは終了、つまり」
「解禁!? どっちにしろ急だろ!」
「どうしたお前ら」

 騒ぎ出した俺らに御木本がうんざりしたように声を掛ける。灰谷も水町もうんざりした笑顔を向けてきた。なんだそのうんざりした感じ、と思いつつ三人に俺は宣言した。

「両想いとなったため、付き合うことになりました」
「自動で条件満たしたみたいな……あの、そういうことになりました」

 どうせうんざりした感じは続行なんだろう、と斜に構えていた俺が馬鹿だった。三人の表情が見る見るうちに変化していく。はっきりとしていた、驚きから喜びへ。えっお前ら瑠比人のナチュラル告白の時、一緒にいたよな? なんて俺は思ってしまうけどそれはそれだし、これはこれだったらしい。
 気が付けば俺らは五人で抱き合っていた。ああ、こういう風になるんだと妙に感動した。

「おめ、おめでとー! やばい! えええまじか!」
「あー良かった……自然消滅していたらどうしようかと……」
「自然消滅!?」ナチュラル告白から音沙汰なかったから!?「それはねえよ!」
「いやなくはないだろ……ないと思ってたけど、はああぁ……良かった……」
「気を揉ませてたようで申し訳ないなあ……」

 喜びの余り、なのかわからないけど、五人でひとつの塊となった俺らはその場でぐるぐる回り出す。それに気付いた同じクラスの奴らが集まってきて、一緒にぐるぐると回り始めた。二年あおば組の渦が出来てそれはしばらくの間語り草になったけど、どうしてその渦が出来たのか、俺ら五人以外説明が出来なかったのがミソである。

   ★   ★   ★

 校庭脇にそびえる大きな竹には多数の短冊がくっついていた。カラフルな短冊は、そういう現代アートのようにも見える。不思議な風習だなあと瑠比人は常々思っていた。
 渦を作ったあとは先生からちゃんと怒られ、折角だからふたりきりで回ってこい、と三人から送り出された。出店や出し物などを一通り見終わって、短冊が飾られている竹の前に辿り着いた。ステージの出し物が盛況なのか周りに人はいない。そこで瑛が淡々と言葉を吐き出す。

「そう言えば折角付き合ったじゃん」

 直球過ぎる言葉に、瑠比人は照れつつ頷いた。

「お付き合い、しましたね」
「そう。でさデートとかってどこ行くんだろう、とか思った」
「あー確かに? 夏だしプールとかお祭りとか、そんな感じ?」
「でもさ、そういうとこって正直言うと」

 瑛が言葉を区切って、瑠比人に身を屈めろと指示を出す。四センチの身長差の分だけ屈んだ瑠比人は、聴覚を極限まで集中させる。

「あいつらとも行きたくね、と思って」
「わかる」
「あっわかる!?」

 同意を得て瑛は大きく口を開けた。そしてそのまま両手で顔を覆う。覆われた中から長い溜息が聞こえてきた。

「いやわかってもらって良かったわ、怒られたらどうしようかと……」
「怒んないよ、こんなことで」

 あいつら、というのはもちろん灯哉、太弦、真汰のことだ。この一年以上ずっと過ごしてきた彼らの存在は、ふたりにとってかなり大きなものになっていた。
 当然恋愛としては互いのことがいちばん好きだし大切だけど、もう少し範囲を広げれば最優先人物という枠組みに彼らは含まれる。もし自分達に気を遣って三人で遊びに行った、なんて話を聞いてしまったら相当落ち込む自信があるほどだ。

「でも気を遣わせるのはちがうから……ううん、難しいね?」
「めっちゃ難しいよな。どうしたら良いんだか……」
「俺らが頑張るしかないかな……流石にこればっかりは」

 と言っても頑張り方もわからない訳なのだが。ふたりで顔を見合わせて溜息をつき、そのシンクロ具合に笑うしかない。
 ひとまず相談していこう、という方向で話はまとまった。大事なのは互いに気を遣うこと、そして気を遣い過ぎないこと。恋人同士になっても三人と各々友達であることは変わりない、彼らに辛いこと、苦しいこと、悲しいことが起こったらそのケアを最優先にしようと瑛と瑠比人は話していた。

「あいつらには恩があるしな。沢山応援してもらったし」
「確かにね」
「……ん?」
「え?」

 なにかおかしなこと言ったかな、と首を傾げる瑠比人に瑛も、なにかおかしなことがあった気がする、と首を傾げる。ひとつずつ言語化していくことにした。

「お前も、応援してもらったのか?」
「応援……してもらった、あの、ともちに」
「灰谷!? 灰谷だけ!?」
「うん。俺、結構早い段階でバレちゃったんだよね。ともちに、お前のことが好きだって」

 そっから結構I!talkとかで相談したりしてた、となんてこともなく言う瑠比人。瑛はその話を聞いて、身が自然と震えることを経験した。

「お、俺も」
「お前も?」
「灰谷にも、水町にも、御木本にも気付かれてて」
「ん? えーっとちょっと待って?」

 互いの恋心を知っていた人間の中に、重複している人間がいる。灰谷灯哉だ。つまり灰谷は最初から両想いであることを知っていた、ということになる。
 あ、でも、と瑠比人は発言をし思考を一旦打ち切った。

「今思うとうっすらまなまなと太弦にも気付かれてたのかなあ、って感じする。直接は何も話してないけど」
「……そうなると、あの三人全員知ってたってことになるよな」
「……生き恥過ぎない!? 生きるは恥だが今すぐあの世へゲラウェイじゃん!?」
「なに訳のわかんねえこと言ってんだ!?」

 瑠比人が盛大に頭を抱えてしまい、それを見て瑛は笑いが抑え切れなくなった。自分も同じ立ち位置であるはずなのに、先に瑠比人が悔やみ始めてしまったからただひたすらに面白い。しかしながら気まずさは消えない、あのうんざりした感じは両想いであることがわかっていたからか。さて。

「なんか、あいつらのケアが最優先とか話してたけど」
「うん……」
「普通にあいつらへの恩返しのが優先順位高くね?」
「それは……そうだけど、多分めっちゃ断られるよ? 折角両想いになったんだから互いのために生きろ的な」
「もうごんぎつねになるしかないのか……」
「自宅の前にきのことか木の実とか置いておくの、現代だと普通に迷惑じゃん」
「いやしねえけどさ、そんなことは。食べれるきのこわかんねえし」

 ふたりは顔を見合わせて、同時に笑った。
 しょうもない話をして笑って、同じことに悩んで相談し合える。良い友達も複数人いる。
 幸せとはこういうことを言うんじゃないか?

「そう言えば、言っておけって灰谷に言われたから言うんだけど」
「前置き長くない?」

 瑛は瑠比人の指に、そっと自分の指を絡める。

「ギター弾いてるお前、マジでカッコ良かった」

 瑠比人の指に力がこもる。しっかりと握られた手の感触に慣れていなくて、少し面白くなってしまう。

「なんの笑いだよお、それ」
「いやなんか……慣れてないって感じして」
「慣れてる訳ないじゃんか、初恋人だよ!?」
「それは俺もだけど」

 瑛は絡み合う指先をじっと見つめながら「いつから好きだったの」と問い掛ける。瑠比人は遠く一点を見つめて、「なー」と唸った。

「忘れた。気付いたら好きだったから。小学生くらいの頃かな」
「俺も似た感じだわ。うちの母さんが死んだ頃くらいから、わりと決定的になってきたけど」
「えっ、それは、その、大丈夫な感じのやつ……?」

 なにがだよ、瑛は瑠比人の心配した顔に笑い顔をぶつける。

「大丈夫なやつだから。お前がいてくれて有り難いなっていうのと、お前のことがラブだなっていうのはちょっとちがうから」
「ああそう……良かった、なんか洗脳とかしてたらやだなって思ったから……」
「どっちかっていうと内面ラブの補強がそれだった、みたいな感じか? つか洗脳とか出来んのかお前」
「ちょっとやったことないですね……教えてもらえば、まあ……」
「出来ねえだろ。適当言ってんなあ……」

 この適当さも嫌になったりするのだろうか。瑛は少しだけ考えて、今でも少し嫌だなと思う時があることに気付いた。別に付き合ったからと言って好きになる訳でもないし、逆に滅茶苦茶嫌になりそうではある。でもそれは、ある意味自己責任だろう。瑛の心には太弦の話がずっと残っていて、それは瑠比人も同じだった。

「なんかあったら、太弦に相談しよう」
「俺もそれ思った。灰谷にも水町にもな」
「助けてもらおう、また、いっぱい」

 そんで助けよう、俺らも。
 瑠比人の力強い言葉に、良いタイミングで風が吹き荒ぶ。ざらりとした笹の葉が揺れる音、紙の擦れ合う音、人々の悲鳴や歓声が耳に届く。
 ちょっと出来過ぎなくらい、良い日かも知れない。

「情けは人のためならず、だもんな」

 恋をしたら世界は恋する相手だけになるかと思いきや意外とそんなこともなく、色んな人の力で生きていっているのには変わりない。
 有り難い限りだ、と瑛は呟いた。世界が鮮やかに見えるのは、この場合恋だけが理由ではない。