瞬夏終冬(しゅんかしゅうとう)

「で、学校はどうなの」

 グラスに冷えた麦茶を注ぎ、一口飲んで尋ねる。

「平日の昼間にここでそうめん食ってるヤツが行ってると思う?」
「だよな」

 ずるずると麺をすする音がやけに耳につく。
 高校2年の夏休み明けから今日まで、周は一度も学校へ行っていない。 
 文字通り、ただの一度も。
 最初のうちは戸惑っていた姉夫婦も、今では「新聞の一面や社会面に載るようなことさえしなければ」ということで、周の好きなようにさせている。

「来年卒業だろ。出席日数とか受験とか大丈夫なのか」
「さぁ。でも今の学校には行きたくない」
「何で」
「言いたくないし。ていうか葉くん、踏み込み過ぎ」
「お前はうちの家に物理的に踏み込みまくってるけどな」

 学校へは行かない癖に、俺の家にはほぼ毎日のように来る。特に雨の日は必ず。

「葉ちゃん。悪いんだけど、周くんの様子を見ていて欲しいんだ。あの子、私にはいつも笑って誤魔化すの。無理にこじあけるようなことはしたくないから」

 言いたいことを我慢しないタイプの姉は、周のことになると途端に遠慮がちになる。長く父と子のふたりで過ごしていたところへ割って入ったようなものだし、自我がほぼ出来上がった年齢の子どもを途中から育てるなんて想像するだけで難しそうだ。当然距離感に悩むのも理解出来る。
 その点、俺には『YK』というアドバンテージがあるし、身内になったといえど血の繋がりはなく、いつでも関係を薄く出来る。これぐらいの存在の方が周にとっては何かと気楽なのかもしれない。

「ごちそうさまでした」

 食べ終わった食器を下げると、周はスポンジを片手に即洗いにかかった。

「マメだなぁ」
「ひとつをちゃんと片付けないと、次の事が出来なくて落ち着かないんだよ」
「俺も若い頃はそうだったけど、段々出来るようになっちゃうんだよなぁ、これが」
「それって、出来てるように思ってるのは自分だけで、本当は単にやりっぱなしになってるだけじゃないの? 葉くん、ルーズなところあるから」
「若いが故の潔癖さがツラい……」

 痛いところを突かれたなと思っていると、食器を洗い終えた周が手を拭きながら「あのさ」とこちらを見た。

「葉くんは僕のことを子ども扱いし過ぎ」
「まだ10代だし、高校生は俺にとっちゃ子どもだよ」
「何言ってんの、18歳は大人なんだよ? 民法だって改正されてる」
「あー、そういえば」

 既に成人していた俺にはあまり関係ないと思い特に気にもしていなかったが、改正当時は色々と話題になっていた。

「結婚だって親の同意なしで出来るんだからね」
「確かに。すんの?」
「……やんないよ」

 周は目を逸らす。

「言ってみただけ」
「だよな」

 はははと俺は笑ったが、テーブルを拭きながら少しだけ反省した。
 俺が18歳だった頃と比べて、周には“期待”だとか“願望”だとか、そういった類のものを敢えて避けている節がある。ふとした時に、どこか遠いところにままならない欲を置いてきたかのような顔をすることがあって、それが物凄く引っ掛かった。

 求めて止まないもの程、目を伏せて諦める癖がついているのかもしれない。
 そういうのはもっと年を取ってからでいいのに。

 だから、せめて俺の前でだけはもっと子どもらしくあれと考えてしまうのだ。
 もっとも、そんな俺自身まともな大人とは言えないのだが。