瞬夏終冬(しゅんかしゅうとう)

 入場ゲートを抜け、最初に目に飛び込んでくるのは、天井一杯までの高さがある巨大な水槽だ。

「これこれ。懐かしいな」

 陽の光が入るように設計されているのか、水槽を見上げるとまるで海の中から空を仰いでいるかのような感覚になる。揺れる水面がキラキラと眩しい。

 ウミガメ、ネコザメ、ホシエイ。
 その他、大小様々な魚たち。

「入ってすぐのこの大きな展示が大好きでさ。ずっとへばりついて魚を見てたな」

 ガラス面に沿って、ホシエイがスーッと滑らかに移動する。

「エイの裏側って、人の顔みたいだよね」
「な。俺もずっと思ってた」

 順路に沿って、ゆっくりと進む。
 マダイ、タカアシガニ、メガネモチノウオ。
 知っている魚も知らない魚も、周は水槽の中の世界を覗いては「美味しそう」「あの足、絡まったりしないのかな」「ぼーっとした顔がいいね」などと感想を述べた。館内は小さな子どもを連れた家族連れや学生らしきカップルが数組いる程度で、混雑とは程遠い。タイミングによっては貸切かと錯覚するぐらい閑散としている。

「これじゃあ『はぐれるなよ』とか言って手を繋いだり出来ないね」

 メレンゲウミウシを眺めながら、ぽつりと周が呟く。

「ちょっと残念」

 黄色く縁取りされた部分を大きく波打たせながら移動するメレンゲウミウシはとても優雅で、さながら舞踏会の広場に翻るドレスの裾のようだ。俺は周の左手を取ると、ゆるく握ってやった。

「んん?」

 驚いた周の視線が、俺の顔から手元に移動する。

「これはどういう……」
「……迷子防止」
「僕、18歳だよ」
「どう生きたらいいのか、人生に迷ってるってことで」

 一瞬きょとんとした顔を見せたかと思うと、周は空いている方の手を口元に当てて吹き出した。

「何それ。そんなこと言ったら葉くんだって悩める大人じゃん」

 周が手を握り返す。

「船頭役が2人ってことか」
「違うよ、一緒に進んでいくんだよ」

 しれっとそんなことを言われると、俺の立場がない。一回り以上も年上なのに、全く大人らしく振舞えない。

「素直に繋ぎたいから繋いだって言えばいいのに」
「大人は何するにしても理由がないと出来ないもんなの」

 迂闊にひょいひょい動ける年齢はとっくの昔に過ぎた。
「大人って面倒臭いんだね」と言いつつも「ま、いいんだけど」とスパッと切り替えられるのが周のいいところである。

「ありがと、葉くん」
「(仮)とはいえ、デートだからな」

 外にいたなら繋いだ部分の熱さに理由をつけられたのに、ひんやりとした展示フロアでは誤魔化すことも出来ない。俺はちらりとスマートフォンの画面を見る。

「あと15分ぐらいでイルカショーが始まるけど、どうする」
「もちろん、行くに決まってるでしょ」

 目を輝かせながら頷く。
 時刻は昼前。
 あと少しで、今日が半分終わる。