終わりの始まりがいつだったのか。今となっては分からない。
最初のコロニーが崩壊した時かもしれない。資源不足が深刻化した時かもしれない。あるいは、人類が新しい星へ辿り着いたその瞬間から決まっていたことなのかもしれない。
確かなことは一つだけだった。人類は生き延びた。だが、永遠ではなかった。
設備の故障、維持費の増大、資源の枯渇。最初は些細な問題だった。それでも着実に削られていった。
そして、人口は少しずつ減っていった。本当に少しずつだった。
だから、誰も危機感を持てなかった。
段々とコロニーが閉鎖される。学校がなくなって、病院がなくなって、街が統合される。かつて賑わっていた居住区は無人になり、やがて地図からも消えていった。
気付けば、僕が知っていた場所は何一つ残っていなかった。そして、知っている人も。
高坂さんの息子もとっくの昔に亡くなった。孫も、曾孫も。皆、先に行った。墓標だけが増えていく。
僕だけを残して。
やがて人類は数千人になった。数百人になった。数十人になった。
それでも僕は変わらなかった。
歳を取らない。病気にもならない。傷も塞がる。
最初は羨ましがられた。次は不思議がられた。最後には誰もその話をしなくなった。気味が悪かったのだと思う。
僕だってそうだった。
最後のコロニー。最後の居住区。残された人類は、僕を含めて片手で数えれるくらいしかいない。
そのうちの一人が病室にいた。
高坂悠人。高坂さんの血を引く最後の一人だった。
「なあ」
かすれた声だった。
「なんですか」
悠人さんは窓の向こうを見ていた。
「爺ちゃんから聞いたことがある」
僕は黙って耳を傾ける。
「ずっと昔。戦争の時代に、湊って奴がいたって」
思わず苦笑した。
「いましたね」
「変な奴だったらしい」
「そうですか」
「しぶとくて」
「よく言われました」
「運が良くて」
「そう思っていました」
「全然死ななかったって」
そう言うと、悠人さんはこちらを向く。
僕は少しだけ笑う。でも、上手くは笑えていないのかもしれない。
「だいたい合ってます」
悠人さんも笑った。昔の高坂さんによく似た笑い方だった。
でも、不意にその笑顔が曇る。
「なあ」
「はい」
「なんでだろうな」
長い沈黙。今はここにいない誰かの返事を聞いているようだった。
「俺の親父も死んだ」
悠人さんは静かに言った。まるで当たり前の事実を確認するみたいに。
「爺ちゃんも死んだ」
窓の向こうへ視線を向ける。その目は、遠い過去を見ているようだった。
「そのまた爺ちゃんも」
小さく息を吐く。
「みんな死んだ」
病室にさっきよりも重く、長い沈黙が落ちる。生命維持装置の電子音だけが響いていた。
高坂さん。その息子、孫。そのまた子供たち。僕はその全員を知っている。
太陽みたいに笑う顔も、誰かを守ろうとして怒る顔も、どうしようもない別れに泣く顔も。全部覚えている。けれど、皆もういない。
ゆっくりと、悠人さんは僕を見る。老いた瞳だった。
「なんであんただけは、生きていられるんだ」
言葉が出なかった。答えられなかった。その瞬間、脳裏に蘇る。
『祝福をあげるよ』
『長生きできるよ』
無邪気に笑う神。あの日の言葉。あの日の病室。
今なら分かる。これは祝福なんかじゃない。呪いだ。
人類最後の一人になるまで、全てを見届けさせるための。孤独のための力だ。
悠人さんはそれ以上何も聞かなかった。ただ小さく笑った。
「そうか」
まるで答えを聞いたように。
「長生きも大変なんだな」
それが最後の会話だった。
数日後、高坂悠人は息を引き取った。
僕はその手を握っていた。その手は高坂さんのものではない。当然だ。だけど、高坂さんによく似た手だった。
生命維持装置が止まる。電子音が消える。それと同時に静寂が訪れる。返事をする人はいない。笑う人だって、怒る人だって、泣く人だって。もう誰もいない。
僕は病室を出て、廊下を歩く。足音だけが響いている。どこにも人の気配はない。誰も呼び止めない。誰も待っていない。
窓の外には星々が輝いていた。あの日、七海と見上げた夜空のように、あまりにも遠く。
その瞬間、相沢湊は人類最後の生存者になった。
最初のコロニーが崩壊した時かもしれない。資源不足が深刻化した時かもしれない。あるいは、人類が新しい星へ辿り着いたその瞬間から決まっていたことなのかもしれない。
確かなことは一つだけだった。人類は生き延びた。だが、永遠ではなかった。
設備の故障、維持費の増大、資源の枯渇。最初は些細な問題だった。それでも着実に削られていった。
そして、人口は少しずつ減っていった。本当に少しずつだった。
だから、誰も危機感を持てなかった。
段々とコロニーが閉鎖される。学校がなくなって、病院がなくなって、街が統合される。かつて賑わっていた居住区は無人になり、やがて地図からも消えていった。
気付けば、僕が知っていた場所は何一つ残っていなかった。そして、知っている人も。
高坂さんの息子もとっくの昔に亡くなった。孫も、曾孫も。皆、先に行った。墓標だけが増えていく。
僕だけを残して。
やがて人類は数千人になった。数百人になった。数十人になった。
それでも僕は変わらなかった。
歳を取らない。病気にもならない。傷も塞がる。
最初は羨ましがられた。次は不思議がられた。最後には誰もその話をしなくなった。気味が悪かったのだと思う。
僕だってそうだった。
最後のコロニー。最後の居住区。残された人類は、僕を含めて片手で数えれるくらいしかいない。
そのうちの一人が病室にいた。
高坂悠人。高坂さんの血を引く最後の一人だった。
「なあ」
かすれた声だった。
「なんですか」
悠人さんは窓の向こうを見ていた。
「爺ちゃんから聞いたことがある」
僕は黙って耳を傾ける。
「ずっと昔。戦争の時代に、湊って奴がいたって」
思わず苦笑した。
「いましたね」
「変な奴だったらしい」
「そうですか」
「しぶとくて」
「よく言われました」
「運が良くて」
「そう思っていました」
「全然死ななかったって」
そう言うと、悠人さんはこちらを向く。
僕は少しだけ笑う。でも、上手くは笑えていないのかもしれない。
「だいたい合ってます」
悠人さんも笑った。昔の高坂さんによく似た笑い方だった。
でも、不意にその笑顔が曇る。
「なあ」
「はい」
「なんでだろうな」
長い沈黙。今はここにいない誰かの返事を聞いているようだった。
「俺の親父も死んだ」
悠人さんは静かに言った。まるで当たり前の事実を確認するみたいに。
「爺ちゃんも死んだ」
窓の向こうへ視線を向ける。その目は、遠い過去を見ているようだった。
「そのまた爺ちゃんも」
小さく息を吐く。
「みんな死んだ」
病室にさっきよりも重く、長い沈黙が落ちる。生命維持装置の電子音だけが響いていた。
高坂さん。その息子、孫。そのまた子供たち。僕はその全員を知っている。
太陽みたいに笑う顔も、誰かを守ろうとして怒る顔も、どうしようもない別れに泣く顔も。全部覚えている。けれど、皆もういない。
ゆっくりと、悠人さんは僕を見る。老いた瞳だった。
「なんであんただけは、生きていられるんだ」
言葉が出なかった。答えられなかった。その瞬間、脳裏に蘇る。
『祝福をあげるよ』
『長生きできるよ』
無邪気に笑う神。あの日の言葉。あの日の病室。
今なら分かる。これは祝福なんかじゃない。呪いだ。
人類最後の一人になるまで、全てを見届けさせるための。孤独のための力だ。
悠人さんはそれ以上何も聞かなかった。ただ小さく笑った。
「そうか」
まるで答えを聞いたように。
「長生きも大変なんだな」
それが最後の会話だった。
数日後、高坂悠人は息を引き取った。
僕はその手を握っていた。その手は高坂さんのものではない。当然だ。だけど、高坂さんによく似た手だった。
生命維持装置が止まる。電子音が消える。それと同時に静寂が訪れる。返事をする人はいない。笑う人だって、怒る人だって、泣く人だって。もう誰もいない。
僕は病室を出て、廊下を歩く。足音だけが響いている。どこにも人の気配はない。誰も呼び止めない。誰も待っていない。
窓の外には星々が輝いていた。あの日、七海と見上げた夜空のように、あまりにも遠く。
その瞬間、相沢湊は人類最後の生存者になった。
