ポストスプリクト・ラブ


 匠からの『本気で落としにいく』とは、どういうことだろう。考えてみたけれど、引っ込み思案で俺と同じく臆病なので、思うほど日常は変わらないだろうと、俺は匠の宣言を軽く見ていた。

 ——しかし、そんなのは俺の甘い考えだった。

 昼休みに匠から短く『ねえ』とメッセージが来たので、ほとんど反射的に顔を上げると、一軍男子に紛れて談笑している匠と目が合った。しかし、彼は薄く笑みを浮かべるだけで、こちらに話しかけて来るような気配は見せない。俺が『なに?』と、メッセージで返すと、
『こっち向いて欲しかっただけ』
 と、無邪気な返事が返ってきた。

 俺は思わず弾丸で心臓を撃ち抜かれたんじゃないかと思うくらいの衝撃を受け、更に、
『今日もかわいい。すげー好き』
 と追撃が飛んでくる。

 俺はそっとスマホを伏せて、自分も机に突っ伏した。
 心臓が爆発するのではないかと思うほど、体の内側で鼓動が鳴っている。鳴っているなんて生優しいものではない。暴れ回っている。

「高岡? どした?」
「ライフポイントがなくなった」
「なんだそれ」

 意味が分からないと突っ込まれるけれど、それを説明する気力もなく、俺は隠すことのなくなった匠からの好意に撃墜した。ゆっくりと顔を上げて、こっそりと匠を見れば、俺の視線に気づいたのだろう。彼は口元だけに僅かな弧を描いて、俺の反応を楽しんでいるような笑みを浮かべる。

 誰だ、あいつは。
 あの奥手だった匠は、どこに行ってしまったのだ。

 そんなことを訴えたい気持ちを、心の中だけで叫んで、俺は彼から目を逸らした。

「なんか、顔真っ赤だけど、大丈夫そ?」
「まだライフポイント戻ってないんじゃね?」

 二人に突っ込まれながらも、なにも言い返せず、俺はとりあえず匠の方は見ないようにと、身体を捻り背中を向けた。

 物理的に見えなければ、遠距離攻撃も飛んでこない。たとえ飛んできたとしても、視界に入らなければ、無効だ。そんな安易な考えにほっとしているのも束の間。

「あれ? 御子柴?」
 その名前にびくりとすると同時に、
「なぁんで、俺に背中向けてんの?」
 綺麗な顔に覗き込まれて、思わず悲鳴を上げそうになった。鼻先が擦り合うほどの距離で見つめられると、頭がくらくらしてしまう。

「御子柴、高岡で遊ぶなよ」
「遊んでねーし。……なんか凛、顔真っ赤だけど、大丈夫か?」

 ——お前のせいだよ、お前の!

 周りに人がいることもあり、そう訴えることもできないまま、俺は「何でもない」と首を横に振った。
 俺は勘弁してほしいと願いながらも、自分だけに送ってくれる合図が恥ずかしいと同じくらいに嬉しくて、完全な拒絶ができない。

「おい、匠」

 不意に彼を呼ぶ声がして、そちらに視線を向けると、安田の睨むような眼差しとぶつかった。彼はあからさまな態度で、俺から視線を逸らすと、匠を手招きする。匠は不機嫌そうに「なに」と答えるが、
「ちょっとこっち!」
 と、強く呼びつけてくる。匠はそんな安田にため息を吐くと、すんなりと元の席へと戻ってしまった。俺はそれにほっとしつつも、何だか彼を奪われてしまったような気もして、どんな顔をすればいいのか分からなくなる。

 そして、彼が本気で落としにいくと言ったあの言葉は、冗談でも嘘でもなかったのだと痛感させられた。
 そんな匠に対して、俺も好きだと言ってしまいたい気持ちが、ないわけではない。

 彼が一歩一歩と距離を縮めてくれるたびに、同じ気持ちで寄り添いたい気持ちが高まって、俺も好きと告げたい気持ちに駆られる。

 けれど、もう躊躇うことなんてなにもないはずなのに、また両思いになった後、どうなるのだろうと思うと、一歩が踏み出せない。また同じことを繰り返しはしないだろうかと、不安が頭を過ぎる。

 現実として起こってしまった過去の事実ばかりに焦点を当てていても、仕方がないとは分かりつつも、そこから視線が逸せない。だって俺は、もう二度と匠を失いたくないし、好きにならなければ、付き合わなければ良かったなんて、思いたくない。湧き出てくる不安に対して、一々考えていても仕方ないとは思いつつも、安心と不安が混ざり合い、素直な気持ちが、言葉として出てこない。

 ふと視線を上げれば、楽しそうな安田と談笑している匠の姿が目に留まった。

 匠は変わった。
 俺も変わらなければならない。でもあの頃から変わった者同士で、今度こそ上手くいくのだろうか。

 ——匠から、離れたくない。ずっと、彼の視界の中にいたい。だから、近づけない。

「もう少し、待っててくれないかな……」

 思ってることが意図せず口から溢れると、それを拾い上げた瀬尾が視線を向けてくる。俺は気まずくて思わず視線を逸らすと、彼はなにを考えたのか、匠を見やった。

「……まあ、待ってくれるんじゃね?」

 瀬尾はそう言った。

 きっと何の話かも分かっていないだろう。けれど、そう言ってくれることで少しだけ救われる気もした。

「え、待って。何の話? 俺のこと置いてくなよ」
「千葉はいいんだよ」
「なんでだよ、仲間外れにすんなよ」

 まるで何も分かってない千葉の存在にも救われながら、俺は「ありがと」と笑った。