ポストスプリクト・ラブ


「御子柴となんかあった?」

 振替休日の翌日、早速瀬尾から問われた。

 俺はそれに「まあ」とお茶を濁しながら首を傾げ、のらりくらりと言葉を躱す。そんな俺の煮え切らない態度に、色々察したのか、彼は「ふうん?」と意味深か気な眼差しを寄越してから、
「まあ、喧嘩してないなら良かったよ」
 と頷いた。俺は考えてもなかった単語が飛び出してきたので、一瞬面食らって瀬尾に視線を投げる。

「喧嘩?」
「なんかお前ら微妙そうじゃん。合ってんだか合ってないんだか、よく分からん」
「まあ、チグハグなのは自覚あるよ……」

 今や一軍様と地味男子だもんな、という自虐を胸に、納得していると、
「仲良くしたいけど、なんかあって仲良くできてない感じだよな」
 と、言葉が降りてくる。

 確信を突くような言葉を、すとんと落下させてきたのは千葉だった。彼はおはよ、と自席につきながら鞄を下ろすと、教科書を取り出す。

「二人って多分本当に仲良かったんだろうなってのは分かるんだけど、昔なんかあったんじゃね? って感じ」
 相変わらず野生の勘というのだろうか、鋭い。
 しかし、そんな千葉の言葉に、瀬尾も頷いて同意を見せてくるので、なんだかんだで二人とも察しがいいのかもしれない。——それが有り難いのかそうでないのかは、別問題として。

「凛、おはよ」

 ふと声が掛かって振り返ると、今登校してきただろう、匠が立っていた。まだ肩には鞄が掛けられていて、朝一番に声をかけてくれたのが分かった。そう思うとそれが嬉しい反面、昨日のこともあって、一瞬反応に戸惑ってしまう。

「お、おはよ」
「……凛、口のとこ、なんかついてるけど」
「え、うそ」

 歯磨きしたのに、と思って慌てて口元を押さえると、
「嘘だよ」
 と、笑みを浮かべて、匠は俺の髪を撫でると、するりと自席に向かってしまう。俺は匠の背に、「ばーか」と言葉をぶつけた。

「……御子柴、機嫌よさそう」
 ぽつりと千葉が呟くと、
「やっぱなんかあったんだろ!」
 と、瀬尾が乗っかってくる。

 俺は前のめりになってくる瀬尾を「まあまあ」といなし、
「ほら、席つけ~、ホームルーム始めるぞ」
 と、入ってきた担任に心で合唱した。俺は早く前向けよ、と瀬尾を促すと、彼は渋々という眼差しで話を中断し、ため息混じりに身体を前に向ける。俺はそれにほっとしながら、胸を撫で下ろした。

 瀬尾や千葉なら、同性愛について意外とすんなり受け入れてくれそうな気がするけれど、それを自ら進んで申告していく気はない。

 そしてほっとするのも束の間、それを見計らったように、今度はポケットの中のスマホが震えた。俺は机の下でこっそりとメッセージを開く。

『昨日、伝えたこと忘れてないよな?』

 匠からのメッセージに、心臓が音を立てる。顔を上げると、彼は黒板の方を向いたままで、振り返る気配はない。けれど、彼の右手が、机の下でスマホをいじっているのは見えた。そして、匠がスマホを制服のポケットに滑り込ませるタイミングで、またスマホが震える。

『好きだよ、凛』

 たった七文字の言葉の破壊力に、思わず息が詰まってしまう。
 俺は細く長い息をゆっくりと吐き出しながら、そっとスマホの明かりを落として、ポケットにそれを仕舞い込む。加速するばかりの鼓動に、落ち着け、と何度も心の中で唱えるけれど、身体は言うことを聞いてくれない。じわじわと顔に血が昇ってくるのが、嫌でも分かる。

「体育祭終わったからって、気ィ抜いて遊んでんなよ。期末近いからな~」

 担任の戒めの言葉を聞きながら、俺は両手で顔を覆い、はぁい、と気の抜けた返事をするクラスメイトに紛れて、
「分かってます……」
 と小さく呟いた。