体育祭当日の天気予報は、快晴に変わっていた。雨雲は前倒しで過ぎ去り、昨日の昼頃には、雨雲は霧散しながら太平洋側へと抜けて行った。
日の照りつけるグラウンドには、全校生徒が集まり、じりじりと肌を焼き付けてくる太陽に、誰もが「こんな晴れなくていい」と文句を吐き捨てている。俺や千葉、瀬尾ももれなく同じ文句を垂れながら、長ったらしい校長の開会式挨拶にうんざりしていた。
今日の最高気温は二十八度の予想であり、熱中症には十分注意しましょうと述べる校長に、今すぐ日陰に移動させてくれと訴えたい。俺はまだ運動前だと言うのに、じわりと滲み出てくる汗を手の甲で拭い、ため息をこぼした。
「凛、大丈夫?」
ふっと足元に影ができて、背中の温度がわずかに下がる。驚いて顔を上げると、俺の背後に、ぴったりと寄り添う形で、匠が立っていた。
「辛そうな顔してっから……」
「大丈夫、ありがと」
「寄りかかっていいよ」
「そこまではいいよ」
目の前の千葉と瀬尾に目をやれば、二人は不思議そうに俺と匠を眺めてから、
「……ほんとだ、ちょっと顔赤いぞ。水飲むか?」
と、瀬尾が気を使ってくれる。
おそらく、もっと言いたいことはあるだろう。なんで匠が自ら日除になりに来てくれてるんだ、とかお前らどんな関係なの? とか。しかし、そんな野暮な質問をしないのが瀬尾である。気遣いレベルが高い。
「御子柴って、高岡の何?」
——千葉、お前って奴は!
瀬尾の気遣いも虚しく、千葉は純粋な表情で俺の背後にいる匠を見上げた。
「前から思ってたけど、高岡と距離近すぎじゃね?」
ご尤もな質問が悪意なく、匠に投げつけられる。そろりと匠を見上げれば、まるでそんな質問なんてされると思っていなかったような、少し驚いたような表情をしていた。しかし、すぐに「あー……」と言葉を濁して。
「中学は別だったけど、ガキの頃はずっとこのくらいの距離でつるんでたから、くせ?」
「あー、元小学校一緒って言ってたもんな」
それで納得してくれた千葉もすごいが、昔からこんな距離感だったなんて、初めて知ったぞと、俺はさらりと嘘を吐く匠にも成長というものを感じてしまう。——良いのか悪いのかは別として、だが。
「俺らすっげえ仲良かったんだ。中学の頃も仲良かったけど、受験が忙しくて、なんとなく疎遠になっちゃって……な?」
話を振られて、俺は話を合わせるように頷いた。千葉はさらに納得したのだろう、そうだったんだ、と頷くと、
「じゃあ同じ高校入ったのって約束してたのか?」
とさらに話を突っ込んでくる。俺はなんて答えて良いのかと迷った。確かに、一緒の高校に入ろうと約束はした、でもそれは恋人同士だった頃の話で、約束は無効のはずだ。
俺がこの高校に入学した理由と、匠がこの高校に入学した理由が、一緒のはずない。
——でも、だったらなぜもっと上を目指せる匠がここにいる? そう思い当たってしまうと、意識が匠の答えに向かってしまう。
あの約束を、匠はどう思っていたの? そう聞いてみたいのに、それは声音にならない。
「約束してた。だから、ここを受験した」
はっとして顔を上げると、
「だよな?」
と匠がわずかに首を傾げてくる。
あの約束は、無効じゃなかった? 恋人同士ではなくなった今でも、匠は約束を覚えていてくれて、そしてそれを果たしてくれるために、ここにいる?
それはつまり。
胸の奥が、少しずつ熱を持ち始めるのがわかった。
「凛だって、そうだろ?」
どうしよう、答えないと。でも、俺はここで頷いていいのか? 頷いたらどうなる?
「……うん」
俺が意を決して頷くと、千葉は「仲良すぎじゃん!」と笑った。瀬尾は特に意見することなく、会話の流れを見守っている。
「マジで親友って感じなんだな」
「そう、そんな感じ。な、凛」
「うん、そうそう」
そんな話をしている内に開会式の最後を締めくくる校長の話は終わっていた。
「それでは、体育祭を開催します!」
体育祭実行委員会の宣言に、ざわめきと拍手が湧き上がった。開会式が解散となると、早々に第一種目の案内がアナウンスで流れる。
「匠、席戻ろーぜー」
ふと、彼の背後から声が聞こえてきた。安田達だ。匠はそれに軽く返事をしてから、首にかけていたタオルを、俺の頭に被せてくれた。
頭に影ができたことで、ほんの少し楽になった気がする。
「日避け、まだこれ使ってねーから」
匠はそれだけ言って先にクラス席へと戻ってしまった。俺は慌てて「ありがとう!」と声をかけると、彼はわずかに振り返って、手を振ってくれた。
「えー、惚れそう」
「こうして、高岡凛の初恋が始まった」
「勝手にモノローグつけんなよ」
隣で勝手に呟き出す二人に、きっちりとツッコミを入れてから、俺たちもクラス席へと戻った。



