ポストスプリクト・ラブ


「俺、凛のことが好き、なんだけどさ……、俺が好きとか言って良いのかな」

 告白はそんな弱気に満ちたものだった。

 顔を上げると、彼の悩みである吹き出物の潰れたおうとつのある肌が見えて、脂肪に窪んだ眼差しが暗く俺を見つめている。長く伸びっぱなしの前髪の奥の双眸が、酷く怯えて震えているのが見えて、俺は思わず彼の右手を握りしめた。脂肪で赤ちゃんみたいにふっくらした指や手のひらは柔らかく、俺はその手を心底好きだと思う。

 俺は視線を彼からわずかに逸らし、カーブミラーに映る、少し湾曲した自分たちを見つめる。縦にも横にも幅がある彼の後ろ姿。ぼさぼさで手入れを知らない伸びっぱなしの黒髪。――正直に言って、彼の見た目は良くない。
 街で誰かとすれ違えば、一日に何回かはその容貌に対し、嘲笑を投げつけられてしまう事も少なくない。

 ――でも、俺は知っている。

 小学生の頃から、自身に対しては無頓着で無関心ではあるけれど、動物には優しいし、自分を悪く言う相手にも、分け隔てなく心遣いができる。プラモデルを作る事や、絵を描くことが上手で、俺がリクエストすれば自分の中に持ちえる全ての技術を捻り出して、全力で答えてくれる。笑う事は少ないけれど、ふとした瞬間に綻ぶ優しい口元が、俺は好きだ。

「好きって、……友達として?」
 意地悪に問いかけると、彼は自然に下がっていく視線を持ち上げて、首を横に振った。
「違う。俺は……凛のことが……っ」
 必死な口ぶりに、鼓動が高鳴る。
「凛の事が、その……、凛と恋人になりたい」
 色と形をはっきりと宿した告白に、身体の奥からやさしい波のような温かさが溢れてくる。
「凛の、もっと近くにいたいんだ……」

 彼の唇から冬の空気に冷やされた、温かい呼気が白く溢れる。申し訳なさそうに下がる視線を、俺は真っ直ぐと見つめながら、そんな彼を——匠を好きだと思った。
 友情として留めておくには、大きくて溢れてしまった感情が、彼の言葉と混じり合い、漣みたいに広がって、俺の元まで優しく届いてくる。
 俺はそんな彼の優しさも、俺一人に命懸けみたいな顔をして、告白してくる姿も好きだと思った。

 ——外見ではない。

 少しずつ重ねてきた地層のような「好き」は、揺るぎなく、俺の中にあって、ゆっくりと芽吹く瞬間を、きっとずっと待っていた。

「うん、俺もずっと前から、匠が好きだよ」
 俺の中に、彼の申し出に断る理由なんて一つもなかった。
 何をそんなに怯えながら言うのかと、責めたくなるくらいに嬉しくて、この気持ちを、どうやって寸分の狂いもなく、彼に伝えられるのかが、分からないくらいに好きだ。

「ほ、ほんと……?」

 少し潤んだ黒い眼差しが、冬の夕陽の光を吸い込んで、柔らかく蕩けた。その笑顔を、俺は本当に好きだと思う。
 また違う形で彼の隣に居られると思うと、嬉しくて堪らない。繋いだ手を握り締めれば、同じ力で握り返してくれる優しさが、胸の奥を柔らかく締め上げてくる。

「凛、好きだよ。大事にする」
「うん、俺も匠のこと大事にする」

 囁きあった言葉に、一つも嘘なんてなかった。

 ――それなのに、俺達の付き合いは三か月後には自然消滅を迎え、それ以降連絡を取らなくなってしまった。