翌朝の空は、信じられないほど晴れ渡っていた。
それがかえって、今の私には残酷なほど突き放しているように感じられた。昨日、校門を飛び越えてから、私は一度も家に帰っていない。駅前のネットカフェで夜を明かし、始発の音を聞きながら、私はただじっと自分の指先を見つめていた。
スマホの画面は、もう何千という通知で溢れかえっている。
有名になったのだ。私が校舎を飛び出したあの夜、投稿した絵が、誰かの共感を呼び、ネットの海を駆け巡ったらしい。
「無責任だ」「親の顔が見たい」「甘ったれている」。そんな非難の言葉と、「救われた」「ありがとう」という感謝の言葉が、同じ場所で渦を巻いている。
(これが、私という存在に対する世間の『正解』の定義なのね)
私は冷めた目で、自分の名前がタグ付けされた投稿を眺めた。
私は、誰でもない私であるはずなのに、社会は勝手に私を「反抗する少女」というレッテルでラベル貼りし、理解したつもりになっている。
ふと、カフェのドアが開き、冷たい風が入り込んだ。
私は反射的に身を縮める。誰かに見つかるのではないか、という恐怖がまだ少しだけ残っている。しかし、それ以上に強かったのは、今の私には誰の助けも、誰の同意も必要ないという、奇妙なまでの充足感だった。
『理央さん、大丈夫?』
Kからのメッセージが届く。
相変わらず、その言葉には温度がない。まるで遠い星から信号を送ってくる観測者のような冷静さだ。
『大丈夫じゃないかもしれない。でも、戻るつもりはないよ』
私は短く返信を打った。
Kはそれに対して、すぐには答えない。沈黙が続く間、私は再びスケッチブックを開いた。鉛筆の芯が画用紙を擦る音が、今の私の心臓の鼓動と重なる。
私は、自分が何を描きたいのか、まだ答えを出せずにいた。
ただ、今のこの「行き場のない」感情を、紙の上に刻みつけなければならないという衝動だけが、私を突き動かしている。
ふいに、カフェの入り口付近に人影を感じた。
制服姿の生徒たちだ。学校へ向かう学生たちだろう。彼らの笑い声が、ここまではっきりと聞こえてくる。
「ねえ、聞いた? 昨日、うちの学校の理央先輩、逃げ出したんだってさ」
背中越しに聞こえてくる会話。私は息を止め、身体を硬直させた。
「聞いた聞いた。あの人、成績優秀で先生からも期待されてたのにね。意外とメンタル弱かったのかな」
「結局、優等生って言ってもその程度ってことだよ。今の時代、SNSでチヤホヤされたいだけなんじゃない?」
彼女たちの言葉は、私の存在を「理解不能な異物」として処理しようとしていた。
私は、唇を噛み締めた。
悔しさではない。ただ、彼らの言葉の中に、私自身の「正解」が一片も存在していないという事実に、深い孤独を感じたのだ。
(ああ、そうか。私はもう、彼らとは違う空を飛んでいるんだ)
そのことに気づいた瞬間、身体が少しだけ軽くなった。
彼らがどれだけ私をどう解釈しようと、私の人生が彼らのものになるわけではない。
私はカフェの伝票を掴み、立ち上がった。
外に出れば、また日常の喧騒が待っている。しかし、今の私にとって、それはもはや呪縛ではなく、ただの風景に過ぎなかった。
私は街へと歩き出した。
目指す先は、この町の外れにある、かつて父と訪れたことのある小さな森だ。そこなら、誰の目も気にせず、心ゆくまで私自身の「正解」を描き殴ることができるはずだ。
それがかえって、今の私には残酷なほど突き放しているように感じられた。昨日、校門を飛び越えてから、私は一度も家に帰っていない。駅前のネットカフェで夜を明かし、始発の音を聞きながら、私はただじっと自分の指先を見つめていた。
スマホの画面は、もう何千という通知で溢れかえっている。
有名になったのだ。私が校舎を飛び出したあの夜、投稿した絵が、誰かの共感を呼び、ネットの海を駆け巡ったらしい。
「無責任だ」「親の顔が見たい」「甘ったれている」。そんな非難の言葉と、「救われた」「ありがとう」という感謝の言葉が、同じ場所で渦を巻いている。
(これが、私という存在に対する世間の『正解』の定義なのね)
私は冷めた目で、自分の名前がタグ付けされた投稿を眺めた。
私は、誰でもない私であるはずなのに、社会は勝手に私を「反抗する少女」というレッテルでラベル貼りし、理解したつもりになっている。
ふと、カフェのドアが開き、冷たい風が入り込んだ。
私は反射的に身を縮める。誰かに見つかるのではないか、という恐怖がまだ少しだけ残っている。しかし、それ以上に強かったのは、今の私には誰の助けも、誰の同意も必要ないという、奇妙なまでの充足感だった。
『理央さん、大丈夫?』
Kからのメッセージが届く。
相変わらず、その言葉には温度がない。まるで遠い星から信号を送ってくる観測者のような冷静さだ。
『大丈夫じゃないかもしれない。でも、戻るつもりはないよ』
私は短く返信を打った。
Kはそれに対して、すぐには答えない。沈黙が続く間、私は再びスケッチブックを開いた。鉛筆の芯が画用紙を擦る音が、今の私の心臓の鼓動と重なる。
私は、自分が何を描きたいのか、まだ答えを出せずにいた。
ただ、今のこの「行き場のない」感情を、紙の上に刻みつけなければならないという衝動だけが、私を突き動かしている。
ふいに、カフェの入り口付近に人影を感じた。
制服姿の生徒たちだ。学校へ向かう学生たちだろう。彼らの笑い声が、ここまではっきりと聞こえてくる。
「ねえ、聞いた? 昨日、うちの学校の理央先輩、逃げ出したんだってさ」
背中越しに聞こえてくる会話。私は息を止め、身体を硬直させた。
「聞いた聞いた。あの人、成績優秀で先生からも期待されてたのにね。意外とメンタル弱かったのかな」
「結局、優等生って言ってもその程度ってことだよ。今の時代、SNSでチヤホヤされたいだけなんじゃない?」
彼女たちの言葉は、私の存在を「理解不能な異物」として処理しようとしていた。
私は、唇を噛み締めた。
悔しさではない。ただ、彼らの言葉の中に、私自身の「正解」が一片も存在していないという事実に、深い孤独を感じたのだ。
(ああ、そうか。私はもう、彼らとは違う空を飛んでいるんだ)
そのことに気づいた瞬間、身体が少しだけ軽くなった。
彼らがどれだけ私をどう解釈しようと、私の人生が彼らのものになるわけではない。
私はカフェの伝票を掴み、立ち上がった。
外に出れば、また日常の喧騒が待っている。しかし、今の私にとって、それはもはや呪縛ではなく、ただの風景に過ぎなかった。
私は街へと歩き出した。
目指す先は、この町の外れにある、かつて父と訪れたことのある小さな森だ。そこなら、誰の目も気にせず、心ゆくまで私自身の「正解」を描き殴ることができるはずだ。



