面談室の机の上には、ここ一ヶ月の私たちのコンクール結果のデータと、描きかけの作品の縮小コピーが並べられていた。折れ線グラフは、夏をピークにして、右肩下がりに落ち込んでいく私たちの現状を冷酷に示している。
「惨ったらしいな」
佐伯先生はパイプ椅子に深く腰掛け、タバコの箱を弄びながら言った。
「夏のお前たちは良かったよ。失うものが何もなかったからな。泥をすする覚悟で、自分のドロドロした内面をそのまま画面に叩きつけていた。だが、秋になって『A判定』という色気が出てきた。合格したい、失敗したくない、誰かに認められたい。……お前たちが一番嫌っていたはずの『他者の評価』という檻に、自分からもう一度飛び込んでどうするんだ?」
先生の言葉は、私の肺の奥の、一番痛い部分を正確に射抜いた。
そうだ。私は、いつの間にかまた優等生に戻ろうとしていたのだ。「美大受験の優等生」という、新しい正解の枠の中に、自分を押し込めようとしていた。
「宮下、お前は『自分の人生で失敗したい』と言ってここに来たはずだ。香川、お前はこの街から飛び出すために、現実を捩じ伏せると言ったな。だったら、判定ごときに怯えて縮こまるな。お前たちの絵の価値は、俺が決めるんじゃない。お前たちのキャンバスの上が、お前たちの世界のすべてだろうが」
佐伯先生は、机の上のデータを乱暴にゴミ箱へと投げ捨てた。
「今日の課題はもういい。道具をまとめて、今すぐ帰れ。そして、もう一度思い出しな。お前たちがなぜ、あの安全な特進クラスのレールを降りてまで、この真っ黒な手を我が物にしたのかをな」
面談室を出た私たちは、夜の八時の駅前ロータリーに立っていた。
秋の冷たい風が、私たちの薄手の制服を通り抜けていく。
「理央」
結衣が、私の服の裾をギュッと握りしめた。それは、小学生の頃、あの廃校の前で彼女が私を引き留めようとした時と同じ仕草だった。けれど、彼女の手の力は、あの頃よりも遥かに強かった。
「私、やっぱり悔しい。浪人生たちに負けるのも、自分の絵が濁るのも、全部、死ぬほど悔しい」
「うん。私もだよ、結衣」
私は結衣の手の上に、自分の真っ黒に汚れた手を重ねた。
「私たちは、誰かに褒められるためにレールを降りたんじゃないよね。自分の足で歩いて、転んで、血を流すためにここに来たんだ。……だったら、何回だって描き直せばいいよ。判定なんて、クソ喰らえだ」
結衣は私の言葉を聞き、涙の溜まった目で、ふっと力強く笑った。
私たちの内側で、一度冷え込みかけていた「青い熱」が、再びパチパチと音を立てて火花を散らし始める。
学校のテストが何点だろうと、予備校の判定が何だろうと、関係ない。
私たちは私たちの意志で、この退屈な灰色の現実に、もう一度私たちの色彩を叩きつけてやるのだ。
十月の長い夜の向こうで、私たちの本当の冬の戦いが、今、静かに幕を開けようとしていた。
「惨ったらしいな」
佐伯先生はパイプ椅子に深く腰掛け、タバコの箱を弄びながら言った。
「夏のお前たちは良かったよ。失うものが何もなかったからな。泥をすする覚悟で、自分のドロドロした内面をそのまま画面に叩きつけていた。だが、秋になって『A判定』という色気が出てきた。合格したい、失敗したくない、誰かに認められたい。……お前たちが一番嫌っていたはずの『他者の評価』という檻に、自分からもう一度飛び込んでどうするんだ?」
先生の言葉は、私の肺の奥の、一番痛い部分を正確に射抜いた。
そうだ。私は、いつの間にかまた優等生に戻ろうとしていたのだ。「美大受験の優等生」という、新しい正解の枠の中に、自分を押し込めようとしていた。
「宮下、お前は『自分の人生で失敗したい』と言ってここに来たはずだ。香川、お前はこの街から飛び出すために、現実を捩じ伏せると言ったな。だったら、判定ごときに怯えて縮こまるな。お前たちの絵の価値は、俺が決めるんじゃない。お前たちのキャンバスの上が、お前たちの世界のすべてだろうが」
佐伯先生は、机の上のデータを乱暴にゴミ箱へと投げ捨てた。
「今日の課題はもういい。道具をまとめて、今すぐ帰れ。そして、もう一度思い出しな。お前たちがなぜ、あの安全な特進クラスのレールを降りてまで、この真っ黒な手を我が物にしたのかをな」
面談室を出た私たちは、夜の八時の駅前ロータリーに立っていた。
秋の冷たい風が、私たちの薄手の制服を通り抜けていく。
「理央」
結衣が、私の服の裾をギュッと握りしめた。それは、小学生の頃、あの廃校の前で彼女が私を引き留めようとした時と同じ仕草だった。けれど、彼女の手の力は、あの頃よりも遥かに強かった。
「私、やっぱり悔しい。浪人生たちに負けるのも、自分の絵が濁るのも、全部、死ぬほど悔しい」
「うん。私もだよ、結衣」
私は結衣の手の上に、自分の真っ黒に汚れた手を重ねた。
「私たちは、誰かに褒められるためにレールを降りたんじゃないよね。自分の足で歩いて、転んで、血を流すためにここに来たんだ。……だったら、何回だって描き直せばいいよ。判定なんて、クソ喰らえだ」
結衣は私の言葉を聞き、涙の溜まった目で、ふっと力強く笑った。
私たちの内側で、一度冷え込みかけていた「青い熱」が、再びパチパチと音を立てて火花を散らし始める。
学校のテストが何点だろうと、予備校の判定が何だろうと、関係ない。
私たちは私たちの意志で、この退屈な灰色の現実に、もう一度私たちの色彩を叩きつけてやるのだ。
十月の長い夜の向こうで、私たちの本当の冬の戦いが、今、静かに幕を開けようとしていた。



