『好きなこと』を職業にするのは、わがままなことなのか?

九月。二学期の始業式を迎えた校庭には、まだ真夏の残り香のような熱気がしがみついていた。けれど、吹き抜ける風の端々には、確実に季節が移り変わろうとしている冷ややかな気配が混ざり始めている。

特進クラスの教室の空気は、夏休み前とは比べものにならないほど張り詰めていた。
黒板の右端に書かれた「共通テストまであと〇〇日」の数字は、一日ごとに容赦なく削り取られていく。教室内には、休み時間であっても談笑する声はほとんどなく、ひたすら参考書をめくる音や、模試の自己採点結果に一喜一憂する重い溜息ばかりが満ちていた。

「宮下、ちょっといいか」

昼休み、教壇にいた阿部先生から手招きをされた。
夏の間に何度か進路指導室で激論を交わした教師の顔には、かつてのような激しい怒りはもうなかった。そこにあるのは、どこか諦めに似た、冷徹な事務処理の目だった。

「これ、東京の私立美大と、お前が希望している国立美大の入試要項だ。取り寄せたから目を通しておきなさい。……それから、一応確認だが、共通テストの出願は予定通り国立の教育学部レベルの5教科7科目で出すんだな?」

「はい。学科で足を引っ張りたくないので。実技の時間を引いても、点数は維持します」

私が迷わずに答えると、阿部先生は眼鏡の奥の目をわずかに細め、短く「そうか」とだけ言った。

「香川も同じようなことを言っていたな。あいつも私大の推薦を全部断って、一般入試で勝負するそうだ。お前たち二人が夏の間、駅前の予備校で何を学んできたのかは私には分からない。だが、ここは特進クラスだ。実技にうつつを抜かして学科の平均点を下げるような真似だけは、絶対に許さんからな」

「分かっています。失礼します」

私は要項が詰まった重い封筒を抱え、自分の席へと戻った。
右斜め前の席では、結衣がヘッドホンを耳に当てたまま、世界史の暗記カードを凄まじい速度でめくっていた。彼女の横顔には、他者を寄せ付けないほどの鋭い緊張感が漂っている。

私たちは、あの夏期講習で「A判定」を勝ち取った。
けれど、それはあくまで夏という短いお祭りの中での話に過ぎない。二学期が始まり、浪人生たちがさらに実力を蓄え、全国の隠れた天才たちが本気を出してくる秋の陣において、私たちの「夏の貯金」なんて一瞬で吹き飛ぶことくらい、自分たちでも嫌というほど理解していた。

放課後、私たちはいつものように駅前の「美大進学ゼミ」へと向かった。
しかし、九月に入ってからの画室の空気は、夏のあの開け放たれた「青い熱」とは異なり、どこか重苦しく、排他的なものへと変化していた。

「おい、宮下。キャンバスの張りが甘い。そんな緩んだ画面でまともな筆圧がかけられるか。やり直しだ」

佐伯先生の指導は、夏よりも一段と厳しさを増していた。
秋の課題は、より実践的な「コンクール形式」が中心となり、毎回、冷酷な順位がつけられる。夏にあれほど褒められた私の絵も、九月の最初のコンクールでは、浪人生たちの圧倒的な完成度の前に埋もれ、B判定、時にはC判定へと叩き落とされていた。

「形は追えている。だが、夏にあったような『狂気』が消えた。秋になって、また小綺麗な優等生の顔が覗いてきているぞ。受験のプレッシャーに負けて守りに入った絵なんて、誰も見たくないんだよ」

佐伯先生の言葉が、私の胸の奥に深く突き刺さる。
守りに入っている。その指摘は、自分でも気づかないうちに私を蝕んでいた恐怖そのものだった。
学科の勉強と、毎日四時間以上の実技。肉体的な疲労は限界に達しており、夜、ベッドに入っても、自分が描いた歪んだ絵の具の層が夢の中にまで現れて私を苦しめた。

「ガリガリガリッ」

隣のイーゼルから、結衣がナイフで画面を削る音が聞こえる。
結衣もまた、苦しんでいた。彼女の持ち味であった「冷徹な美しさ」は、モチーフが複雑になるにつれて、単なる「冷たいだけの説明的な絵」に陥り、判定を落としていた。

私たちは、最初のスランプという名の巨大な壁に、正面からぶつかっていた。