『好きなこと』を職業にするのは、わがままなことなのか?

重いブザーのような音を立てて、セダンのドアが閉まった。途端に、外を支配していた虫の声や風のそよぎが遮断され、車内は耳が痛くなるほどの静寂に包まれる。エアコンの吹き出し口から漏れる、かすかにガソリンの匂いが混じった生温かい風が、私の濡れた前髪を揺らした。

父は何も言わずにキーを回した。セルモーターが低く唸り、エンジンが目覚める。カチカチと小刻みな音を立ててフロントガラスのワイパーが動き出し、残された雨粒を左右に弾き飛ばした。ヘッドライトの光軸が、廃校の崩れかけた壁をなぞるようにして回転し、私たちはゆっくりと、あの時間の止まった場所を後にした。

サイドウィンドウの外を、黒い木々のシルエットが高速で通り過ぎていく。山道を下る車内は、ダッシュボードのデジタル時計が放つかすかな緑色の光と、時折すれ違う街灯のオレンジ色の光に交互に照らされていた。

父の横顔は、まるですべての感情を削ぎ落とした石像のように硬直していた。ハンドルを握る両手には、私を育てるために二十年以上働き続けてきた男の、浮き出た血管と細かな傷が見える。その手が、私の知らない父の人生の重みを無言で主張しているようで、私は言葉を失った。

「理央」

山道を抜け、市街地の街灯が車内を規則正しく照らし始めた頃、父がぽつりと口を開いた。その声は、カーオーディオから流れる微弱なノイズに混ざり、ひどく掠れていた。

「お前が言ったことは、半分は正しいのかもしれない」

私は驚いて父の横顔を見つめた。父が私の意見に対して「正しい」などという言葉を使うのは、私の記憶にある限り初めてのことだった。

「私には、夢がなかった。お前くらいの頃、ただ普通に就職して、普通に家庭を持って、波風を立てずに生きることだけが人生の目的だった。それが一番確実で、一番誰も傷つけない方法だと信じていたからだ。だから、お前にもそれを求めた。それが親としての愛だと、疑いもしなかった」

父の視線は、まっすぐに前方の赤信号を見つめていた。ブレーキを踏む足の動きには、いつもの正確さがあったけれど、その言葉には微かな震えが混じっていた。

「だが、お前がさっき、あの暗い教室で私を睨みつけたとき……私は、自分の選択が間違っていたのではないかと思ったわけじゃない。ただ、お前の中に、私には決して持つことのできなかった、燃えるような何かが存在していることだけは理解した」

信号が青に変わる。車は静かに滑り出した。

「私はお前の道を応援することはできない。絵で食べていくことがどれほど過酷か、それを知っているからだ。お前がいつか挫折して、泣きながら帰ってくる日を想像するだけで、私の心は引き裂かれそうになる。……それでも、お前が自分の足で歩くというなら、私はもうお前の手を引っ張って連れ戻すことはしない」

父の言葉は、決して許可ではなかった。それは、一人の大人として、十七歳の私の覚悟を認めたという、冷徹で、そして最大限の「対等な通告」だった。

「……ありがとう、お父さん」

私は胸の奥が熱くなるのを感じながら、小さく呟いた。
車は、見慣れた我が家の分譲住宅地へと入っていく。どの家も同じような形をして、同じような明かりが灯っている。かつてはその均一さが私を窒息させようとしていたけれど、今の私には、それが誰かが必死に守り抜いてきた「別の正解の形」なのだと理解できた。

車が我が家のガレージに収まり、エンジンが止まった。
父が先に車を降り、私もそれに続いた。玄関のドアを開けると、いつもの家庭の匂い――出汁の匂いと、洗いたての洗濯物の匂いが混ざり合った、私の日常の匂いがした。

「理央……!」

奥から飛び出してきた母の顔は、涙と腫れぼったい目、そして乱れた髪で覆われていた。母は私の姿を見るなり、激しく私を抱きしめた。その身体は小さく、そして驚くほど震えていた。

「どこに行ってたの……怪我はない? 何か変な人に遭わなかった? どうして、どうして何も言わずに……」

母の言葉は支離滅裂だった。その手の温もりと、私の背中を叩く必死な力が、私が犯した「家出」という罪の重さを、改めて私に突きつけてきた。

「お母さん、ごめんなさい。心配かけて、本当にごめんなさい」

私は母の背中に手を回し、何度も謝罪を繰り返した。
私は自分の正解を選んだ。その代償として、私を最も愛してくれている人を、これほどまでに傷つけてしまったのだ。自由になるということは、誰も傷つけずに生きるという手軽な綺麗事を捨てることなのだと、私は母の涙を通じて身を以て知った。

その夜、私は久しぶりに自分の部屋のベッドに横たわった。
天井の木目は何も変わっていない。けれど、そこから見える世界は、昨日までのものとは完全に異なっていた。

私はポケットからスマホを取り出し、電源を入れた。
画面が起動すると、SNSのアプリにはまだ無数の通知が残っていた。しかし、私はその通知の数字を気にすることはなかった。私は検索欄を開き、あのアカウント――「Bird_in_the_cage」のページを開いた。

そして、迷うことなく「アカウント削除」のボタンを押した。

画面に表示される『本当に削除しますか?』という確認の文字。私は「はい」をタップした。
一瞬の硬直の後、画面は真っ白になり、私がこれまで吐き出してきた数々の絵や、何千人ものフォロワーからの言葉、そして『K』との対話の記録は、すべて電子の海の藻屑となって消え去った。

(さようなら、私の鳥籠。さようなら、私の『K』)

結衣が私にくれたあの歪んだ救いは、もう必要ない。ネットの向こうの誰かに肯定されなくても、私は私の意志で筆を握ることができる。

私は起き上がり、勉強机に向かった。
教科書や参考書が乱雑に積まれた机の片隅に、汚れのない新しいスケッチブックを置く。
鉛筆を一本、丁寧にカッターナイフで削り始めた。木片が転がり、芯の黒い粉が机の上に落ちる。指先はまだ絵の具の跡で汚れているけれど、その指先で握る鉛筆の感触は、これまでになく確かだった。

明日になれば、私は学校へ行かなければならない。
担任からの厳しい指導が待っているだろう。クラスメイトたちからの好奇の目や、陰口も避けられない。そして何より、結衣とどんな顔をして会えばいいのか、その答えはまだ出ていない。

それでも、私は逃げない。
現実のレールを外れたはみ出し者として、私は私の戦いを始めるのだ。
17歳の長い夜が、ゆっくりと明けていく。窓の外の空が、濃い群青色から、かすかな薄紫色へと変化し始めていた。