隣のクラスの白縫くんに好きだと言われました

「あーーえっとね、それは……へ、名前?」



 何を訊かれてもいいよう構えたけど、白縫くんが突きつけてきた問いは、僕がまったく予想していなかったものだった。



「なんで。燈と良は名前で呼んでるのに」

「え、それはそのーー……まだ、お許しをもらってないので……」



 逃がさない、とでも言うようにぐいぐいと迫ってくる白縫くん相手に正直になるしかなく、たじたじになりながら理由を打ち明けた。

 本音を言うなら、さっきのような視線やら陰口やらが怖いと言うのが一番の理由だ。だけど燈くんと良くんからは名前で呼んでいいというお許しをもらっているから、もし誰かに何か言われたとしても、本人から許可をもらいました! と堂々とできる。

 だけど、まだ白縫くんからは何も言われていない。なのに自分から提案するのもどうかと思うし、なにしろ今までそんなことを聞けるような状況じゃなかったことも相まって、呼び方を模索している最中だったのだ。

 なんて、こんなこと全部話したとしても、言い訳だとしか受け取られないだろう。だから直訳だけを率直に伝えることにした。

 僕の返答を聞いた白縫くんはムスッとした表情をする。冷静沈着、ポーカーフェイスが彼の代名詞なのに、僕と話している時は表情がコロコロと変わる気がするのは、自意識過剰だろうか。



「凪那って呼んで。許可するから今からはそうやって呼んで」



 口を尖らせ、目を細め、ふてくされてます感を全面に押し出して白縫くんは言う。そんな顔をしてもかっこいいなんてチートだ。イケメンの底力をこれでもかと感じさせられた僕は言われた通りに口を動かしそうになったけど、すんでのところで止まった。



「えっと、呼び捨ては、まだ無理かな」

「どうして」

「どうしてって……その、まだ知り合ってすぐだし、ハードルが高いと言いますか」

「はあ……青葉は恥ずかしがり屋なんだね」



 白縫くんは諦めたような、がっかりしたようなため息をつく。そして僕から離れもとの位置につき、そのまま口を閉ざしてしまった。突然の行動に、彼の名前を言いかけ手を伸ばすけど、その手は空を掴む。

 なんで僕が悪いみたいになってるの!? と心の中で訴えたけど、その声はもちろん届かない。白縫くんがこんなに気まぐれな人だとは思わなかった。いつも仲良くしている燈くんと良くんならこんな時の対処法知ってるよな、と思い救いを求めるように二人に目を向ける。



「わー、今日の空はほんとに綺麗だなあ」

「そうだな、綺麗だな」



 だけど二人とも首を思いっきり上に向けて空を眺めて、下手くそな会話をしている。「頼むからこっちに振らないでくれ」「俺らじゃどうにもできないんだ」という強い意思が伝わってきたため、泣く泣く諦めた。



(霧ちゃん……!)



 もう一人の救世主である彼女が助けてくれるんじゃないか。そう思い自尊心は全無視して霧ちゃんにも視線を送る。霧ちゃんは今にも白縫くんに飛び掛かりそうなのを必死に抑えるように貧乏ゆすりをしていて、あ、大変なことになる……と本能で察した。



(自分でどうにかするしかない、ってことか)



 頼れる人がいなくなった今、僕は拳を握りしめて勇気を出し、不機嫌オーラを纏わせる白縫くんを呼んでみた。



「あ、そ、その……今はまだ、勇気が出せないけど……いつか、呼び捨てで呼べるようにするからね。凪那、くん」



 まだ面と向かって言い切れる度胸はなく、おずおずと凪那くんの顔を見上げながら言った。

 僕が名前を呼んだ瞬間、凪那くんは地面に向けていた視線をすぐさま僕に向け、少し開かれた瞳孔で僕を見つめた。そして顎に手を当てて、彫刻のような綺麗なポーズを取りながら、



「なるほど、呼び捨てしか勝たんって思ってたけど……くん付けもいいな」



 などという、よくわからないことをボソボソと呟いた。一応聞き取れはしたけど、なんだか意味を聞かない方がいい気がして、触れないことにした。



「ありがとう青葉。青葉のおかげで午後も乗り越えられそうな気がする」

「え、うん、どういたしまして?」



 凪那くんは生気(せいき)が宿った瞳で僕のことをまっすぐ見つめ、僕の手をぎゅっと握って感謝の言葉を口にした。一度名前を呼んだだけなのに、しかも怖気づいて結局呼び捨てで呼べなかったのにこんな大袈裟な反応、やっぱり一般人とは感覚が違う。



「……っよし! なんかうまーいこと話もまとまったようだし、この話はこれでおっしまい! でいいよね、凪那?」

「うん」



 (よど)んでいるような、揺蕩(たゆた)っているような、そんな微妙な空気を入れ替えるように、燈くんがパンッと手を叩いた。元はと言えばそっちが呼び捨てを要求してきたんだし、助けを求めても応じてくれなかったじゃないか……と視線で訴えたけど、二人には届かなかった。もう、仲良くなれたからいいやって割り切ろう。その方が早い。



「てか青っちすごいじゃん! もう凪那のこと飼い慣らしちゃったの!?」



 燈くんはずっとキラキラした顔で色んなことを聞いてくるから、冗談なのか本当なのかわからない。今の質問だってそうだ。飼い慣らすということは、僕が凪那くんの上に立っているということになる。そんなのある訳がない。



「飼い慣らしてるなんて、ど、どこが?」

「まさかの無自覚か」



 もしかして、気づかないうちにとんでもない失礼なことしちゃってた……!? と内心焦っていると、良くんからも無礼(?)な態度を指摘された。そして二人は何かを考えるような素振りで、コソコソと口元を隠しながら会話を重ねた。



「……うん! 凪那の平穏は青っちに託された!」

「俺たちだけじゃ限界があったからな。申し訳ないけど、今日からは唐橋くんにも協力してもらうよ」



 謎の話し合いが終わって、僕は二人からよくわからない使命を受けた。ごめん、よくわからないんだけどと言っても、青っちはそれでいいんだよ! とまたもやよくわからないことを言われる。



「現に今は幸せそうにしてるからな」



 良くんは腕を組んで、やれやれ……といった様子で凪那くんを見る。

 さっきから凪那くんは僕の手を離す素振りがない。にぎにぎと握ったり、恋人繋ぎをしたり、子どもが初めてのおもちゃで遊ぶかのように、興味津々に僕の手に触れている。正直こそばゆいけど、芸能人の感覚は我々とは違うと悟ったばかりだし、午後の活力になる的なことも言っていたから()めさせるのも気が引けて、このままでいいやと放置している。結局お弁当を食べる間も僕の片手は掴まれたままで、完食するのに普段の倍の時間がかかった。凪那くんはと言うと、口にゼリー飲料を突っ込みちゅうちゅうと吸いながら、一心不乱に僕の手を触っていた。予鈴のチャイムが鳴るまで、手が離れることはなかった。