拝啓、お父さんお母さん。学校一のイケメンから告白されました。
理由はわかりません。来世は一度で良いから告白されてみたいという願望が、ズレた形で叶ったのでしょうか。ということは、ここは天国か何かなのでしょうか。
「聞いてる? 青葉」
あまりのカオスな展開にもはやこの世の出来事とも思えないでいると、いつの間にか歩みを進めていたのか、白縫くんは制服が触れるような近さまで迫ってきていた。そのまま優しく両手で顔を包まれ、下を向いていた僕の視線は、強制的に白縫くんの顔に固定される。
「は……はい……」
大きな手からはフローラル系のいい香りがして、思わず彼方へ意識を飛ばされそうになる。がしかし、踏ん張って理性を保ち、
「じゃ、じゃなくて! ちょっと、いくら白縫くんでも急に触られると困るよ」
と反論することに成功した。その調子で手も離させようと試みたけど、なぜかとてつもない力がはたらいていたため、諦めざるを得なかった。
「……名前」
「え?」
「名前。知ってくれてたんだ」
「そりゃ知ってるよ……?」
白縫くんの微かな声から出た的外れな質問に、僕はあんぐりと口を開けた。
知ってるに決まっている。自分がどれほど有名なのか、理解していないのだろうか。
「当たり前なんだ。嬉しい」
「嬉しい?」
「うん。この学校入って青葉と話したことなかったから、てっきり覚えてないと思ってた」
「え、だって有名人だし」
正直にそう言うと、白縫くんは少しムッとした表情になった。なんでだ、事実を言っただけだしむしろ嬉しいことじゃないのか、なんで不機嫌そうになるんだ、と僕はまたも戸惑った。
「というか、そっちこそ、なんで僕の名前を知ってるの?」
燈くんもそうだけど、なぜ今まで接点のなかった人が僕の名前、それも下の名前を知っているんだと、困惑も恐怖も通り越して純粋な疑問を抱く。共通点は同じ学年であるということだけだ。だからだよ、とか当たり前じゃない? なんて返されたら、今度こそ僕は理解が及ばなくなる。
「青葉のことは何でも知ってる」
「だ、だからなんで」
「まだわからない? 好きな子のことなら、何でも知ってるってことだよ」
白縫くんはそう言って、包んでいた手の力を少し強くする。燈くんと良くんの慌てたような声が聞こえるけど、行動と言動についていけずぽかんとする僕には、何を言っているかまではわからない。そんな僕の顔は少しずつ引き寄せられ、どんどん白縫くんと近くなる。
(ん?)
違和感を感じた頃にはもう遅く、白縫くんの鼻と僕の額がくっつきそうなほどに接近する。吐息も重なるような距離だ。必然的に、視界に周囲が入らなくなる。
(……睫毛、長いなあ)
いまだに状況が理解できない僕は、いっそのことこれを夢だと思おう! なんて考えて、白縫くんからの視線も二人の声も気にせず、顔を見つめていた。国宝級顔面をこんな間近で見られるだなんてそうそうあることではない。見やすいよう少しだけ踵を浮かせて、じっくりと観察する。
(鼻高いなあ、無加工でこれ? 目は細長いけどさっきみたいな怖い印象は抱かないし、むしろ知的な印象が増してる感じ。唇も薄いから、かっこいいというより綺麗って言葉の方が似合うと思うな。あ、瞳黒色だと思ってたけど、光が入るとちょっとグレーっぽくなるんだ)
見れば見るほど造形美をまざまざと感じさせられて、もっと見たいという気持ちになる。これは好意というより、美しいものに対する探究心だと思う。画面越しでもこんなに近づけないのに、僕はなんて運がいいんだろう。今朝のバッドラックがあったからこその、神様がくれた貴重な体験なのかもしれない。
「……っ、無理限界」
ジロジロと目をかっ開いて眺め続けていると、ふと白縫くんが苦しそうに声を出した。そして視界が少し傾き、さらに近づいて、白縫くんの唇が大きくなる。
「っ白縫く」
「ストーーップ!!!!」
絞り出した言葉は燈くんの叫びによってかき消され、同時に良くんの手によって白縫くんと引き剥がされる。
「……なんで邪魔すんの」
「邪魔じゃない。唐橋くんの身の危険を案じたんだ」
「そーだそーだ! いくらなんでも飛ばしすぎだぞ! 犯罪者になっちゃうぞ!」
先ほどまでの苦しそうな表情とは打って変わって額に青筋を立てた白縫くんと、俺を守ってくれた? 燈くんと良くんが、言い争いをしている。言葉の綾なのか、彼らの会話は少々大袈裟に感じる。
「あ、あの……よくわかんないけど、守ってくれた、ってことかな?」
「違うよ青葉。俺たちは二人に邪魔されたんだ」
「そ、そうなの」
「違うよ!?!? 守ったんだよ!?」
それぞれの意見が食い違っていて、誰を信じていいのかわからなくなる。とりあえずこの状況では燈くんの意見を汲むことにして、「なんか、ありがとね」というそれとない言葉で僕のターンを終わらせると、三人は口論を再開させた。
(めっちゃ、疲れた)
何なら授業に出るより体力を使ったんじゃなかろうか。こんな異次元の労力を使うぐらいなら、非常階段なんか使わずさっさと教室に行けばよかった。
そう思いたいのに、そう思わなきゃいけないのに。不思議と、楽しいと感じている自分がいた。
気兼ねなく話せる相手がほとんどいない僕にとって、すごく新鮮な初対面での会話。普通は嫌がったり避ける人が多いのに、この三人は対等に僕と接してくれた。それだけで、目が潤んでしまうほど嬉しい。
(……でも、行かなきゃ)
この場を離れるのは少々心苦しいというか、正直に言って寂しい。だけど、三人はたまたま僕と鉢合わせたから会話をしてくれたというだけで、ここから先仲良くなることも、それ以前に話すことも、きっともうない。だから今感じている喪失感なんて無駄なのだ。早く忘れて、現実に戻るべきだ。
「ごめん三人とも。僕は授業に行かなきゃいけないんだ。じゃあね」
これ以上この場に残ると嫌な気持ちにばっかりなると思って、そっと離れようとした瞬間。
「待って青葉。そのシャツのボタン、留めてから行って」
「え、ボタン?」
白縫くんに腕を掴まれ、同時にシャツを指さされた。自分でも見下ろしてみて、開けたままの第一ボタンが視界に入る。そういえば時間がないからって後回しにしてたな、と今さら思い出した。
「俺が留めるね」
「え、いいよ自分でできるから、って」
謎の積極性を発揮する白縫くんは、僕が遠慮したにも関わらずシャツに触れた。そして燈くんと良くんからじっと見つめられる中、ボタンに指をかけてやけに丁寧に留めた。
「よし。これで行っていいよ」
白縫くんは満足そうに微笑む。
「な、なんで」
「俺が危ないから」
「おれがあぶないから……?」
「うん。青葉のこと襲いそ」「あーーちょーーっと一旦黙ろうか!?!?」
なんで急にそんなことするの、という僕の質問には言い切ることなく答えが来て、その答えはまたも頓珍漢なものだった。そして、再び燈くんの叫びによって掻き消されて、全部は聞こえなかった。ほんと、どこまでも不思議な人たちだ。
「? よくわかんないけど……ほんとに、もう行くね。ありがとう、色々と」
ぽかぽかと白縫くんを殴る燈くんと、不満げな表情の白縫くんと、二人を気まずそうに見ながら笑ってこちらに手を振ってくれる良くんに背を向けて、僕はやっと、真の目的地であるコンピューター室に向かうのだった。
理由はわかりません。来世は一度で良いから告白されてみたいという願望が、ズレた形で叶ったのでしょうか。ということは、ここは天国か何かなのでしょうか。
「聞いてる? 青葉」
あまりのカオスな展開にもはやこの世の出来事とも思えないでいると、いつの間にか歩みを進めていたのか、白縫くんは制服が触れるような近さまで迫ってきていた。そのまま優しく両手で顔を包まれ、下を向いていた僕の視線は、強制的に白縫くんの顔に固定される。
「は……はい……」
大きな手からはフローラル系のいい香りがして、思わず彼方へ意識を飛ばされそうになる。がしかし、踏ん張って理性を保ち、
「じゃ、じゃなくて! ちょっと、いくら白縫くんでも急に触られると困るよ」
と反論することに成功した。その調子で手も離させようと試みたけど、なぜかとてつもない力がはたらいていたため、諦めざるを得なかった。
「……名前」
「え?」
「名前。知ってくれてたんだ」
「そりゃ知ってるよ……?」
白縫くんの微かな声から出た的外れな質問に、僕はあんぐりと口を開けた。
知ってるに決まっている。自分がどれほど有名なのか、理解していないのだろうか。
「当たり前なんだ。嬉しい」
「嬉しい?」
「うん。この学校入って青葉と話したことなかったから、てっきり覚えてないと思ってた」
「え、だって有名人だし」
正直にそう言うと、白縫くんは少しムッとした表情になった。なんでだ、事実を言っただけだしむしろ嬉しいことじゃないのか、なんで不機嫌そうになるんだ、と僕はまたも戸惑った。
「というか、そっちこそ、なんで僕の名前を知ってるの?」
燈くんもそうだけど、なぜ今まで接点のなかった人が僕の名前、それも下の名前を知っているんだと、困惑も恐怖も通り越して純粋な疑問を抱く。共通点は同じ学年であるということだけだ。だからだよ、とか当たり前じゃない? なんて返されたら、今度こそ僕は理解が及ばなくなる。
「青葉のことは何でも知ってる」
「だ、だからなんで」
「まだわからない? 好きな子のことなら、何でも知ってるってことだよ」
白縫くんはそう言って、包んでいた手の力を少し強くする。燈くんと良くんの慌てたような声が聞こえるけど、行動と言動についていけずぽかんとする僕には、何を言っているかまではわからない。そんな僕の顔は少しずつ引き寄せられ、どんどん白縫くんと近くなる。
(ん?)
違和感を感じた頃にはもう遅く、白縫くんの鼻と僕の額がくっつきそうなほどに接近する。吐息も重なるような距離だ。必然的に、視界に周囲が入らなくなる。
(……睫毛、長いなあ)
いまだに状況が理解できない僕は、いっそのことこれを夢だと思おう! なんて考えて、白縫くんからの視線も二人の声も気にせず、顔を見つめていた。国宝級顔面をこんな間近で見られるだなんてそうそうあることではない。見やすいよう少しだけ踵を浮かせて、じっくりと観察する。
(鼻高いなあ、無加工でこれ? 目は細長いけどさっきみたいな怖い印象は抱かないし、むしろ知的な印象が増してる感じ。唇も薄いから、かっこいいというより綺麗って言葉の方が似合うと思うな。あ、瞳黒色だと思ってたけど、光が入るとちょっとグレーっぽくなるんだ)
見れば見るほど造形美をまざまざと感じさせられて、もっと見たいという気持ちになる。これは好意というより、美しいものに対する探究心だと思う。画面越しでもこんなに近づけないのに、僕はなんて運がいいんだろう。今朝のバッドラックがあったからこその、神様がくれた貴重な体験なのかもしれない。
「……っ、無理限界」
ジロジロと目をかっ開いて眺め続けていると、ふと白縫くんが苦しそうに声を出した。そして視界が少し傾き、さらに近づいて、白縫くんの唇が大きくなる。
「っ白縫く」
「ストーーップ!!!!」
絞り出した言葉は燈くんの叫びによってかき消され、同時に良くんの手によって白縫くんと引き剥がされる。
「……なんで邪魔すんの」
「邪魔じゃない。唐橋くんの身の危険を案じたんだ」
「そーだそーだ! いくらなんでも飛ばしすぎだぞ! 犯罪者になっちゃうぞ!」
先ほどまでの苦しそうな表情とは打って変わって額に青筋を立てた白縫くんと、俺を守ってくれた? 燈くんと良くんが、言い争いをしている。言葉の綾なのか、彼らの会話は少々大袈裟に感じる。
「あ、あの……よくわかんないけど、守ってくれた、ってことかな?」
「違うよ青葉。俺たちは二人に邪魔されたんだ」
「そ、そうなの」
「違うよ!?!? 守ったんだよ!?」
それぞれの意見が食い違っていて、誰を信じていいのかわからなくなる。とりあえずこの状況では燈くんの意見を汲むことにして、「なんか、ありがとね」というそれとない言葉で僕のターンを終わらせると、三人は口論を再開させた。
(めっちゃ、疲れた)
何なら授業に出るより体力を使ったんじゃなかろうか。こんな異次元の労力を使うぐらいなら、非常階段なんか使わずさっさと教室に行けばよかった。
そう思いたいのに、そう思わなきゃいけないのに。不思議と、楽しいと感じている自分がいた。
気兼ねなく話せる相手がほとんどいない僕にとって、すごく新鮮な初対面での会話。普通は嫌がったり避ける人が多いのに、この三人は対等に僕と接してくれた。それだけで、目が潤んでしまうほど嬉しい。
(……でも、行かなきゃ)
この場を離れるのは少々心苦しいというか、正直に言って寂しい。だけど、三人はたまたま僕と鉢合わせたから会話をしてくれたというだけで、ここから先仲良くなることも、それ以前に話すことも、きっともうない。だから今感じている喪失感なんて無駄なのだ。早く忘れて、現実に戻るべきだ。
「ごめん三人とも。僕は授業に行かなきゃいけないんだ。じゃあね」
これ以上この場に残ると嫌な気持ちにばっかりなると思って、そっと離れようとした瞬間。
「待って青葉。そのシャツのボタン、留めてから行って」
「え、ボタン?」
白縫くんに腕を掴まれ、同時にシャツを指さされた。自分でも見下ろしてみて、開けたままの第一ボタンが視界に入る。そういえば時間がないからって後回しにしてたな、と今さら思い出した。
「俺が留めるね」
「え、いいよ自分でできるから、って」
謎の積極性を発揮する白縫くんは、僕が遠慮したにも関わらずシャツに触れた。そして燈くんと良くんからじっと見つめられる中、ボタンに指をかけてやけに丁寧に留めた。
「よし。これで行っていいよ」
白縫くんは満足そうに微笑む。
「な、なんで」
「俺が危ないから」
「おれがあぶないから……?」
「うん。青葉のこと襲いそ」「あーーちょーーっと一旦黙ろうか!?!?」
なんで急にそんなことするの、という僕の質問には言い切ることなく答えが来て、その答えはまたも頓珍漢なものだった。そして、再び燈くんの叫びによって掻き消されて、全部は聞こえなかった。ほんと、どこまでも不思議な人たちだ。
「? よくわかんないけど……ほんとに、もう行くね。ありがとう、色々と」
ぽかぽかと白縫くんを殴る燈くんと、不満げな表情の白縫くんと、二人を気まずそうに見ながら笑ってこちらに手を振ってくれる良くんに背を向けて、僕はやっと、真の目的地であるコンピューター室に向かうのだった。
