隣のクラスの白縫くんに好きだと言われました

「は、はわ……はわわ……」

「さっきからはわはわしか言ってないじゃ〜ん笑」

「いやだって……あまりにも眩しすぎて……灯本くんをこんな至近距離で見たら誰だってこうなります……」



 発光してるんじゃないかと見間違えた三人のうちの一人、灯本くんの顔を、僕は勝手ながらじっと見つめた。

 灯本燈(とうもとあかり)くん。一般人ながらSNSの総フォロワー数が三十万人を超える有名人で、投稿にはいつも万単位でいいねがつく、今をときめくインフルエンサーだ。

 灯本くんはその性格の明るさも人気だけど、なんといっても顔がとても魅力的だと僕は思う。少し猫っぽい、目尻がキュッと吊り上がった目は可愛さとクールさを兼ね備えていて、目尻に添えられた泣きぼくろがその魅力を百倍ぐらい跳ね上げている。M字の唇は笑うと細くなって、こんな僕にも庇護欲(ひごよく)が湧いてくるような、とても愛らしい顔だ。



「え〜そんなに光ってるの僕たち! やったね良ちゃん!」

「迷惑だって言いたいんだろ、唐橋くんは」



 僕からジロジロと見られていることに気づいていないのか気にしていないのか、灯本くんは「え、そうなの!?」と両手で自らの頬を挟んで大袈裟にリアクションを取った。



「ごめんな唐橋くん、困らせちゃって。燈はうるさいけど悪い奴じゃないんだ」

「っ富士宮(ふじのみや)くん」



 灯本くんを諌めた後優しく声をかけてきたのは、富士宮くんだ。



(りょう)でいいよ、名字だと呼びづらいから。燈に比べてキラキラしてないから呼びやすいだろうし」

「え……じゃあ、良くん」



 うん、と自虐気味に笑いながら頷く良くんに、普段固まりに固まっている僕の心も、少しずつ溶けていく。

 さすがだ、校内一の優男と女子から言われているだけある。危うく僕まで恋してしまうところだった。

 良くんは、あまりに優しくジェントルマンであることから、女子から大人気なのだ。その優男伝説は色んな人間が語っており、嘘か誠かわからないレベルにまで発展している。

 顔だって、良くん本人は自虐として話しているけど、とてもかっこいいと思う。すっきりとした目の中にはミルクティーのような優しい茶色の瞳が輝き、瞳と同じ色の髪の毛は短く爽やかな印象を与える。肌は燈くんに負けず劣らずの白さで、いわゆる塩顔の中に優しさを混ぜたような、すごく魅力的な顔だ。



「え〜良ちゃんだけずるい! 青っち、僕のことも燈くんって呼んでいいからね!」



 良くんとの間にほわほわした柔らかい空気が流れていると、対抗するかのように灯本くんが割り込んできて、自分のことも呼び捨てするように、と要求してきた。しかも、まだ自己紹介もしていないのに、オリジナルの愛称で僕のことを呼んでくる。陽キャ特有の強引さというかなんというか、万年陰キャの僕には経験したことのない状況だ。



「え、いや、そんな」

「つべこべ言わなーい! リピートアフターミー、あ・か・り・く・ん!」

「あ、燈くん」

「うーんよくできました!」



 舌足らずな言い方でなんとかその要求に沿うと、燈くんはわしゃわしゃわしゃ、と愛犬を相手にするような手つきで僕を撫で回した。かと思えばぱたりと手を止め、



「そういえば、青っちはなんでこんなとこいるの?」



 と唐突に疑問を投げかけてきた。随分気まぐれだなあなんて思いながら、僕はぐしゃぐしゃになった髪を手櫛(てぐし)で整えつつ、今日起きたことを不器用に説明した。



「へ〜そんなことがあったんだ〜青っちかわいそう」

「横山先生って遅刻にかなり厳しいからな。運動部の顧問もやってるし、運が悪かったと思う」

「そう、なんだよね。それに二限も遅れちゃってるから、早くそこのコンピューター室に行かなきゃいけないんだけど……その……」



 話しながら、僕はチラチラと”その人”に視線を向けていた。それに気づいたのか、燈くんと良くんもああ……という顔をしつつ僕と同じようにその人を見て、口をつぐむ。

 実は、先ほどからとてつもなく強い視線を向けられている。”最後の一人”からだ。



「……いい加減なんか喋りな? 凪那」



 燈くんにそう振られても、表情ひとつ変えず、ひたすらに僕をじっと見つめてくる。

 そう、この人こそが、この爆イケ集団の最後のメンバーにしてリーダー的存在、白縫くんだ。

 本名、白縫凪那(しらぬいなな)。どこかの漫画から飛び出てきたんじゃないかと思うような端正な名前とそれに負けない容姿は、今やこの学校を抜けて、社会でも有名になっている。

 燈くんのアカウントに紹介程度で顔を載せたところ、一晩で十万いいねを超える大バズ状態に。それが芸能事務所の目に留まり、あれよあれよという間に事務所所属、そして俳優としてデビュー。最近だと新進気鋭のミュージシャンのMVに出るなど、光の速さでスターダムを駆け上っている。そのバズり投稿がちょうど五ヶ月前のクリスマスイブにされたというのもあって、”神からのクリスマスプレゼント”という通り名がネット上で流行り、プチ社会現象にまでなった。いくら芸能事情に疎い僕でも、同じ高校の同級生ということもあり詳しく知っている。

 そんな白縫くんから、見られている。ずっと。



「もおー! だから喋りなって凪那!」



 じれったそうに両腕をばたばたと上下に振りながら燈くんは言う。それでも白縫くんは何も言わず、混乱した僕は



(もしかして、お前がいて不快だよ、早く立ち去れよ……ってことかな)



 と白縫くんの心情を察するゲームをしていた。

 でもきっと、間違ってはいない。僕を見る目がキラキラとしていたら違う印象を受けるけど、白縫くんの目はなんというか、スンッ、としているのだ。切れ長な形も相まって、完全に僕を敵として認識しているような、そんな視線。次第に、自分がこの場にいることがお門違いのように感じてきた。



「……」

「え、」



 すると、不意に白縫くんが立ち上がった。僕からまったく視線を外さぬまま、フラつく素振りも見せずに、長い足で綺麗にバランスを取る。思わず声を漏らし、無意識のうちに自分も立ち上がっていた。



(あ、やばなんかつられて立っちゃった。どうしよ、でも座り直すのもそれはそれで違和感だもんな。かといってこのまま教室に行くのも逃げてるようで気まずいし。あ、どうすればいいんだろ)



 ぶわーっと頭の中で自問自答を繰り返す。その間に白縫くんは一歩、また一歩と歩みを進め、着実に僕に近づいてきていた。



(え、うそなんか近づいてくるんだけど。なんで? 僕なんかいけないことした? わかんない、とりあえず謝っとこ)



 パニックになった脳が最終的に出した答えは、謝罪という、何とも陳腐(ちんぷ)なものだった。でも、お金も名誉もコミュニケーションスキルも持っていない僕には、これしかなかった。自分が何を犯したかもわからないけど、とりあえず最大限誠意を見せて謝っておく。そうするだけで、大体の人間は僕をつまらないものだと判定して、以後関わってくることはない。

 僕は腕をピンと伸ばしてまっすぐ体の横にくっつけ、背筋を伸ばして恐れ(おのの)きながら白縫くんと目を合わせる。向こうが一瞬息を呑み、口を開こうとするのを見て、先手を取られてはなるまいと勢いよく頭を下げた。



「好きだ」

「すみませんほんと! 僕が面白みのない人間っていうのはこれでわかってもらえたと思うので、今後僕からは近づかないようにしますので………………え?」



 降り注いできた言葉にはて? と首を傾げ、顔を上げる。

 今この人は何を言ったんだろうか、僕の聞き間違いじゃなかろうか、と確認するために、僕は聞き返した。



「好き、だ? あの、僕は唐橋青葉と言って」

「知ってる。好きだ」



 もしかして、僕を違う誰かと勘違いしているのかも。わずかな可能性を信じて聞いてみたが、全部を言い終わらないうちにあえなく遮られた。

 迷うこともなく、真っ直ぐ僕を見据えて同じ言葉を連呼する白縫くん。その瞳には真剣さだけが映っていて、嘘をついている訳じゃないんだなということは伝わる。

 いや、だとしたらなんで?