隣のクラスの白縫くんに好きだと言われました

「青っち、僕にできることがあったらなんでも言って!!」

「ありがとう燈くん」

「私も。手伝えることがあったら、なんでも」

「あ、ありがとうございます、神野さん」



 注ぎたての紅茶から出る湯気越しに、華々しいオーラの二人と対面する。僕の家で。もう一度言う、僕の家で。



「そんなお世辞はいいからとっとと喋れよ」

「ちょっと霧ちゃん!」



 霧ちゃんはキッチンで自分用のコーヒーにたっぷりと角砂糖を入れた後、僕の隣に座った。口の悪さは相変わらずだ。

 燈くんは面識があるから百歩譲っていいとして、どうして圧倒的に立場が違う神野さんに対しても、同じ態度で接せるのだろうか。緊張感とか持ってないんだろうか。



「すみません、口が悪くて」

「気にしないで、元はと言えば私のせいなんだし。それに、この世界じゃ誹謗中傷なんて当たり前。まだまだ優しい方だよ」

「へえ、意外と強いんだ。おもしろ」

「霧ちゃん!! もう黙ってて!!」



 いかにも厨二病のような、それでいて不良のようなことを言う霧ちゃんはほんと……恥ずかしいというかなんというか。とにかく黙っていなさいと命令して、あらためて二人と対峙した。



(それにしても、何でこんな状況になったんだっけ)



 今をときめく女優と、あまりの親しみやすさから忘れがちだけどSNS界における逸材。そんな二人が僕の家のリビングの、ボロボロに割れている合成皮革の椅子に座っているだなんていまだに信じられないが、間違いなく事実だ。そしてこの事実が作られたのが、間違いなくあの日。

 僕は”あの日”こと霧ちゃんが不審な動きをしていた日のことを思い出した。



 霧ちゃんが不審な動きをしていた日。それはつまり伯母さんと話した日、五日前の一月三日だ。

 あの日僕は特に言及することをしなかったけど、それは僕の単純さという欠点を見事に表していた。なんてったって、霧ちゃんはまさにあの時、二人にアポを取っていたからだ。

 ついさっき、二人が家に来る前に聞いたことだけど、どうやら霧ちゃんは、僕の様子がおかしくなった原因が神野さんにあると考えたらしい。僕は学園祭をきっかけに自分でもわかるくらい憔悴してしまったけど、霧ちゃん曰(いわ)く公開撮影の時から変だった、と。だからあの場所にいて、最も凪那くんの近くにいた人物、すなわち神野さんがこの件に関係しているはず、と踏んだそうだ。

 しかしもちろん、神野さんと直接連絡が取れる訳でも、一発で神野さんの元に声が届くくらい求心力がある訳でもない。そこで霧ちゃんが目をつけたのが、燈くんだった。

 燈くんのSNSは凪那くんを載せて以降グングンと伸び続け、つい先日五十万人を突破した。テレビに出ないのが不思議なレベルだ。そんな彼ならDMを送れば一発で認知されるだろうし、何より有名人に送らせた方が事の重大さが伝わるだろう、と霧ちゃんはほくそ笑んでいた。その時の笑顔ったら、忘れられない。

 という訳で二人が僕の家に集合した……というのが全貌なのだけど、正直まったく理解ができない!

 多忙なのにも関わらず、なぜ神野さんは承諾してくれたのか。霧ちゃんへ質問をする前に二人がやって来てしまったから大人しく座っているだけで、本当はいますぐにでも立ち上がって質問責めにしたいくらいだ。欲を言うなら、本人に。



「きっと、なんで私がここにいるんだろうって、不思議に思ってるよね」



 全員が何から話を始めるべきなのか模索していた最中(さなか)、最初に口を開いたのは神野さんだった。役者という職業の洞察力は凄まじく、僕の考えをそっくりそのまま的中させた。



「……はい。そう思ってます」

「だよね。結論から端的に言うと、白縫君は私のせいで、あなたを諦めてしまうかもしれない。もしそうなったとしたら、どれだけ責任を取っても取りきれない。だから手遅れになる前に行こう。そう思ってここに来たの」

「諦める? ど、どういうことですか。凪那くんに何か言ったんですか。……まさか、神野さんも凪那くんのことが好きだったりして」

「それはない」



 神野さんがぴしゃりと、僕のどんどん悪い方向に進んでいく想像を止めた。



「ドラマの撮影中、空き時間によく話してたの。白縫君はあなたのことばっかり話してた。最初は好きになったきっかけとか、何月何日に駅ですれ違って、その次の日には学校でもすれ違って、ほんと運がいいんですみたいな可愛らしい話を聞いてた。でも知り合って、話せるようになって、アタックも嫌がられなくて、一緒に補習を受けて、夏祭りに行って……って、イキイキと話す彼を見ていたら、私も自分のことを話したくなっちゃったの。それで……詳しくは言えないんだけど、過去を話して、あと先輩としてのアドバイス的なことも、少し付け加えた。今回灯本君経由で連絡が来た時、もしかしたらそれが、彼が気持ちを変えるトリガーになったのかもと思って。さっきも言ったけど、事実だとしたら、私はどれだけ謝っても許されないことをしてしまった。本当に、ごめんなさい」



 噛んだり黙ったりを繰り返しながら、神野さんは長く長く、事の顛末を話してくれた。そして話し終わると、深々と頭を下げた。役の影響か、綺麗に染められた金色の髪がダイニングテーブルに乗り、すぐにはらりと落ちた。



「どんな話を、したんですか」

「私は仕事のために、とある大切なものから背を向け続けていたの。期間でいうと三年間ぐらい。その時期は本当に辛かったけど、その経験をしたからこそ得られた感情っていうのが、少なからず今の演技に影響してるっていう話。そしたらその後、やけに感動してくれて。『参考にしたいと思います』って、あくまで姿勢のことだと思ってたんだけど……今になってみると、自分も真似しますって意思表示だったのかもしれない。その時は気づかなくて適当に謙遜しちゃったけど、あの時止められてたら……ううん、止められなかったとしても、詳しく聞くことができてたら、こうはならなかったかもしれない。本当に……本当に、ごめんなさ「もう大丈夫です」



 今度は僕がぴしゃりと、神野さんの言葉を止めた。



「あ、ちょっと冷たい感じになっちゃいましたね……すみません。その、もう結構って意味じゃなくて、神野さんが謝ることではないので、もう頭を下げていただかなくても大丈夫ですって意味です。神野さんは今自分自身を責めてると思うんですけど、当事者の僕からすると、神野さんは何にも悪くないです。むしろあんなに人付き合いが嫌いな凪那くんが話したがるような、人間的な魅力にあふれた人だと思います。だからもう、そんな申し訳なさそうにしないでください」



 僕が話している間も、神野さんはずっと頭を下げたままだった。でも僕が話し終わってから、ゆっくりと顔を上げた。

 血管が見えそうなほど肌が白くて、かすかに震えていて。それだけでもう、彼女の性格も、このことに対する真剣さも全部見えた。



「……喋りづらい雰囲気にしちゃってごめんね、燈くん」



 神野さんとの話が一段落ついてから、僕は燈くんに顔を向けた。



「ほんとだよ! 凪那がそんなこと思ってたなんて知らなかったし、青っちがいつの間にかすんごい大人になってるし、僕全然関係ないのに一番泣いちゃいそうだよ!!」



 そう言う彼の目元には、確かに涙が滲んでいた。それでもさすが、アイラインは滲んでいない。

 燈くんは案外涙もろいみたいだ。まあテンションが高い人は涙腺もゆるいという説を聞かないこともないし、きっと、ううん絶対に情に厚い人だから、こうも情熱的になってくれているのだろう。何だか嬉しい。



「それで、灯本はただ付き添いとしてここに来たんじゃないんだろ?」



 うまく収拾がつかないこの場を、不慣れな僕に代わってまとめようとしてくれている霧ちゃんは、ティースプーンをくいくいと揺らして燈くんを指した。

 てっきり霧ちゃんと神野さんの架け橋になったという理由だけで来ているのだと思っていた僕は、すぐに彼に真相を聞いた。



「そうなの? 燈くん、なにか話したいことがあるの?」

「えっと……うん。実はそうなんだ」



 何やら気まずそうに、後ろめたそうにモジモジと体を動かす燈くん。なかなか話そうとしない彼に霧ちゃんが業を煮やした。



「あーーもうどいつもこいつもメソメソしてんな! 言いたいことがあったら早く言えって、その方が楽になんだから!」

「わ、わかってるってば! ……あのね青っち、ほんとはこれ、凪那に『青葉にだけは話すな』って口止めされてるの。でもでも、こんなに悩んでる青っちを目の前で見て、僕もう耐えられなくなっちゃった。青っちにこれ以上悲しい顔させたくないから、話しちゃうことにする」



 よしいいぞ、という霧ちゃんの合いの手に乗じて、燈くんは話を続けた。



「青っち、六年前の八月十三日のこと、覚えてる?」

「え……えっと、ごめん、覚えてない」

「『唐橋』って名札をつけて、いつものように困ってる子を助けてた日、って言ったらわかるかな?」

「え、なんで知って……あ」



 急にピンポイントに日付を指定されて、そんなの覚えてる訳ないじゃんかという本音が口から出そうになった矢先。

 燈くんからのヒントによって、その日の記憶が突然、鮮明になって僕の頭に降り立った。



「覚えてる、かも」

「ほんと!? ちょっとずつでいいから、思い出せたところから話してみてほしいんだ」

「わかった」



 あの何でもない日の記憶がどう凪那くんとつながっているのかはいまいちわからないけど、指示通り、僕は湧き出てくる記憶を彼に向けて話した。