「青葉、お雑煮のお餅何個にする?」
「……うん」
「青葉、お前が好きって言ってた芸人出てるぞ」
「……うん」
ダイニングチェアにぽつんと座り気の抜けた返事しかしない僕に、キッチンに立っている母とソファーに座り新聞を読んでいる父は、気まずそうに顔を見合わせた。
学園祭の日からずっとこんな状態でいる。「引きずりすぎじゃないか?」とか「そろそろ”普通”に戻ったら?」とか、そういった類の言葉を言われてしまうのが怖くて、二人には何も言えていない。
それに、二人には凪那くんのことも話していないから、今僕がこうなっている理由を打ち明けようと思うと、まず凪那くんとのこれまでの関係から話さなければいけなくなる。そんなの億劫だし、何より一から彼のことを思い出すのは、あまりしたくない。
だからこうやって、”何も言ってくれない、でも辛いのは間違いない息子を献身的に支える親”という役割を、二人に演じさせてしまっている。
「青葉君。なにか嫌なことがあったの?」
「伯母さん」
僕の隣に座り、久しぶり、と優しく話しかけてくれたのは、霧ちゃんのお母さんであり僕の母の姉である、伯母さんだ。変わらない雰囲気に少し、心が安らぐ。
言い忘れていたけど、今日は一月三日。我が家を含めた親戚一同では、毎年この日どこかの家に集まり、談笑したりご飯を食べたりとにかくダラダラする、という風習がある。集まる家は毎年変わって、今年は唐橋家になった。だから今日は霧ちゃん家を始めとした親戚の人たちが大勢来ているのだ。未だ傷心中の女々しい男がいる家で新年を祝うだなんて、みんな本当についていない。
「嫌なこと、というか……はい、嫌なことです。すごく悲しいけど、自分じゃどうにもできない、みたいな」
いくら安心するとはいえ、全てを話すのは気が引けた。だからどんな悩みなのかは悟られないように、少しシリアスな雰囲気を纏わせて、言ってみた。
「あおばお兄ちゃん、それってこいじゃない!?」
「え」
すると、それまでテレビに向けられていた溌剌な声が僕に向けられた。声の主はたしか、霧ちゃんのお父さんの弟さんの娘ちゃん……だった気がする。名前は遥ちゃん。保育園の年長さん、じゃなかったっけ。
遥ちゃんはリボンやハートでごてごてに飾られたスティックをぶん回しながら、僕の元へとやってきた。危ないでしょ!! と大人の怒声が聞こえても全く気にせずに。そんなところ、見習いたい。
「こ、恋?」
「うん! きのうドラマでやってたやつだよ、女の子が男の子にふられちゃって、うえ〜んって泣いちゃうやつ!」
「な、泣いちゃうやつか。そっか……」
きっと、遥ちゃんは恋が何なのかわかっていない。だから気にしなくていいんだ。いいはずなのに……そんな無邪気で無害な言葉に限って、僕の心を深く突き刺してきた。
「ほら遥ちゃん、今28分だよ! もうちょっとで遥ちゃんの好きなプチキュア、始まっちゃうんじゃないかな〜?」
「え、ほんとだ! みたいみたい!」
伯母さんが遥ちゃんの注目を僕からテレビに戻すと、彼女はきゃああ! とかわいい奇声を発しながらテレビの前に戻っていった。自分が何を言ったのかなんて、もう覚えていないだろう。
「ありがとうございます。僕が辛そうにしてたからですよね」
「違うよ。私が、青葉君と話したかったから」
「……」
ありがとうございますと、消え入るような声でもう一度言った。
そうは言っても実際、伯母さんは遥ちゃんの言葉に苦しさを覚えた僕を、助けてくれたんだろう。それに僕が気づいていることはわかっていて、その上であくまで自分のためだと言って。霧ちゃんといい伯母さんといい、なんでこうも僕の周りは優しいんだろう。
両親にも言えなかったことを、伯母さんになら話してもいいかなと思った。いや、話したいと思った。
「その、あんまり両親に聞かれたくない話なので小声で話すんですけど。好きな人が、いるんです。その人は僕と違う世界に住んでて、なのに僕を好きになってくれて。すごく、夢みたいな日々だったんです、ついこの前までは」
「そう言うってことは、変化が起きたってことかな?」
「はい。でもなんでなのかわからないんです。一緒に夏祭りも行ったし、その時もすごく優しくて、何か企んでるような素振りは全くなくて。でもある日……夏休みが終わってすぐぐらいだったと思うんですけど、急に会ってくれなくなっちゃって、連絡しても既読しかつけてくれなくて。そのまま時が過ぎて、学園祭の日に、奇跡的に少しだけ会うことができたんですけど、その時も様子が変で、会いに来てくれたのに避けられてるみたいな、そんな感じで。でそこからはもう、なんにもないんです。今どこにいるのかも、何をしてるのかも知らない。知りたいとは思うけど、でも自分にそんな資格ないよなって、諦めちゃってるんです。まあでもこんな性格してるから、向こうも愛想尽かしたのかもしれないんですけど……はは」
こんな話をしている自分が情けなくて、自己防衛として軽く笑う。伯母さんが少しも笑わず真剣な表情をしていたから、恥ずかしくなってすぐに辞めた。
「……辛かったんだね」
伯母さんはそう言って、背中を優しく撫でてくれた。
優しいけど少し力強い。いつもの感じだ。
「勝手に愛想尽かして、連絡もつかなくなって、それでも青葉君は好きでいつづけてるっていうのに」
(……ん?)
何だろう。少し、ほんの少し、違和感を感じた。たしかに連絡はつかないし、僕は好きという気持ちを持ち続けている。「愛想を尽かされたかも」も冗談として言った。
あ、そこだ。僕は冗談で言った。絶対にありえない訳ではないけど、でも可能性は低く見積もっていいんじゃないだろうかと、そう思ったから言った。自分で言うのと、他人に言われるのは違う。
自分で言えるのは、心の中でそうではないと信じているからだ。それに対して、他人からは事実として言われる。自分はそうではないと思っているのに、一方的にそうだと決定される。そんなの嫌だ。
「あの、たしかに自分でもそう言いましたけど、まだ向こうは僕のことを完全に嫌った訳じゃないと思うんです」
「元々住む世界が違うのに勝手に近づいてきて、こっちが嫌だ、辞めろって言っても構わず迫ってきて」
「あの、伯母さん。僕は嫌だとも辞めろとも言ってないです」
「きっと夏祭りも、強引に言ってきたからOKしたんだよね? 逆らったら何されるかわかんないから」
「伯母さん? 僕の声届いてます?」
「そんな人、別れて当然だと思う。向こうが青葉君を嫌いになったのと同じように、青葉君も嫌いになればいいよ」
「好きです!!!!」
気づけば声は出ていた。僕の大声と対照的に、居間は静寂に包まれた。全員が僕を見つめる。
「あ……すみません、大声出しちゃって。お構いなく」
急いで椅子から立ち上がりペコペコと浅い礼をすると、遥ちゃん達子どもはテレビに、女性陣はコーヒーを片手に旦那の愚痴に、男性陣は日々の苦労話に意識を戻した。
「そんな大きな声、出せるんだね」
伯母さんはテレビと、テレビに齧り付く子ども達をそっと見つめながら、微笑んで言う。
「その声の大きさが、その子への想いの強さ、ってことなんじゃないかな」
そう言い終わってから、僕の目を見た。先ほどの非情さが感じ取れない、夜の海のように静かで、穏やかな目だ。
「わ……わざと、だったんですか」
「ごめんね? 意地悪なこと言って。でもいつも霧香から話を聞いてて、あれぐらい嫌〜な感じを出さないと青葉君はしゃっきりしないのかな、って思ったの。もちろん相手さんのことを悪く思った訳じゃないし、青葉君のことを応援してる」
「伯母、さん」
「青葉君よりもだいぶ長生きしてる私から言わせてもらうと、恋愛って、あみだくじみたいなものだと思うの。選択肢は何本もあるし、しかも最初だけじゃない、途中にもたくさんある。時には回り道したり、逆にショートカットすることもできるけど、ゴールはどれも同じところにある。何をゴールとするかは青葉君次第だよ。でもきっと、ゴールには良いことばっかり書いてあると思う。今は相手さんとすれ違っちゃってるかもしれないけど、もしかしたらそれって、いい未来のために神様が与えた試練なのかもしれないよ?」
「試練、ですか。良いゴールのための」
「そう。少なくとも私はそう思ってるし、青葉君にもそう思ってほしい。それだけで人生って変わるから」
「……」
その言葉を聞いてどう感じたか、うまくは言い表せない。
でも例えるなら、それまで暗闇に包まれていて、光というものの存在すら疑いたくなるほどに暗かった洞窟に、太陽の光が降り注いだ感じ。久しぶりに光を肌で感じて、ああ、たしかに光って温かかったな、眩しかったなって懐かしくなるような、喜びとも哀しさとも違う、でもひたすらに泣きそうになってしまう、あの感覚。
ちょっとした相談のつもりだったのに、気づけば心はずいぶんと軽くなっていた。
「青葉君? 大丈夫?」
「はい。ただちょっと、考えてただけです。どうやって気持ちを伝えようかって」
「うん、良いね、その意気だよ。さっきも言ったけど、私は本当に青葉君のこと応援してるから。いつも霧香の暴走止めてくれてるし、この前の定期試験だって、青葉君のおかげで赤点一つも取らなかったんだから。あの子あんなに数学苦手なのに」
「せっかくしんみりしてるのにその話は余計なんじゃないんですか〜?」
ほんわかとした空気に割って入ってきた声の主は、ダイニングとキッチンを仕切っている大きな柱に寄りかかっていた。タプタプとスマホ上で親指を慌ただしく動かし、渋い顔をしている。
「うわ、霧ちゃん! いつの間に?」
「ずっと近くにいたよ。青葉が気づかなかっただけ」
「そんなに青葉君と喋りたいんなら話しかければよかったのに」
「は? そんなんじゃないよ、毎日嫌っていうほど会って喋ってるんだから」
「素直じゃないわね」
「だから違えってば」
「そ、そんな真剣な顔で何してるの、霧ちゃんは!?」
やけに刺々しい霧ちゃんの物言いがこれ以上悪化しないよう、咄嗟に話題を変えた。自分を間に挟まれた状態での言い合いというのは、どうも落ち着かない。
僕の質問を聞いた霧ちゃんは、なぜかニヤッという不敵な笑みを浮かべた。何かとてつもないことを企んでいそうだ。
「内緒。だけど青葉のためになること」
「何それ。怪しいこと? 危ないことに巻き込まれたりしない? ほんとに大丈夫なやつ?」
「だーーもう!! とにかく待てって意味だよ! いちいち心配しすぎなんだよ青葉は!」
「だって、」
「ごめんね、こう見えても青葉君に気遣ってるのよ」
この子家でもこんな感じだから、と伯母さんはため息を漏らした。
「それにしても、こんなオバちゃんになって恋愛の、しかも高校生の悩みなんて聞けることそうそうないから、私も学生に戻ったみたいで楽しかったわ。ありがとね青葉君、付き合ってくれて」
「いえ、お礼を言うのは僕の方です。伯母さんのおかげで気持ちの強さに気づけましたし、あとあみだくじの話も。絶対もう一度会って、想いを伝えます」
頑張ってね、と伯母さんは背中をさすってくれた。動作は一瞬だったけど、その温かさはいつまでも、背中に残り続けていた。
「……うん」
「青葉、お前が好きって言ってた芸人出てるぞ」
「……うん」
ダイニングチェアにぽつんと座り気の抜けた返事しかしない僕に、キッチンに立っている母とソファーに座り新聞を読んでいる父は、気まずそうに顔を見合わせた。
学園祭の日からずっとこんな状態でいる。「引きずりすぎじゃないか?」とか「そろそろ”普通”に戻ったら?」とか、そういった類の言葉を言われてしまうのが怖くて、二人には何も言えていない。
それに、二人には凪那くんのことも話していないから、今僕がこうなっている理由を打ち明けようと思うと、まず凪那くんとのこれまでの関係から話さなければいけなくなる。そんなの億劫だし、何より一から彼のことを思い出すのは、あまりしたくない。
だからこうやって、”何も言ってくれない、でも辛いのは間違いない息子を献身的に支える親”という役割を、二人に演じさせてしまっている。
「青葉君。なにか嫌なことがあったの?」
「伯母さん」
僕の隣に座り、久しぶり、と優しく話しかけてくれたのは、霧ちゃんのお母さんであり僕の母の姉である、伯母さんだ。変わらない雰囲気に少し、心が安らぐ。
言い忘れていたけど、今日は一月三日。我が家を含めた親戚一同では、毎年この日どこかの家に集まり、談笑したりご飯を食べたりとにかくダラダラする、という風習がある。集まる家は毎年変わって、今年は唐橋家になった。だから今日は霧ちゃん家を始めとした親戚の人たちが大勢来ているのだ。未だ傷心中の女々しい男がいる家で新年を祝うだなんて、みんな本当についていない。
「嫌なこと、というか……はい、嫌なことです。すごく悲しいけど、自分じゃどうにもできない、みたいな」
いくら安心するとはいえ、全てを話すのは気が引けた。だからどんな悩みなのかは悟られないように、少しシリアスな雰囲気を纏わせて、言ってみた。
「あおばお兄ちゃん、それってこいじゃない!?」
「え」
すると、それまでテレビに向けられていた溌剌な声が僕に向けられた。声の主はたしか、霧ちゃんのお父さんの弟さんの娘ちゃん……だった気がする。名前は遥ちゃん。保育園の年長さん、じゃなかったっけ。
遥ちゃんはリボンやハートでごてごてに飾られたスティックをぶん回しながら、僕の元へとやってきた。危ないでしょ!! と大人の怒声が聞こえても全く気にせずに。そんなところ、見習いたい。
「こ、恋?」
「うん! きのうドラマでやってたやつだよ、女の子が男の子にふられちゃって、うえ〜んって泣いちゃうやつ!」
「な、泣いちゃうやつか。そっか……」
きっと、遥ちゃんは恋が何なのかわかっていない。だから気にしなくていいんだ。いいはずなのに……そんな無邪気で無害な言葉に限って、僕の心を深く突き刺してきた。
「ほら遥ちゃん、今28分だよ! もうちょっとで遥ちゃんの好きなプチキュア、始まっちゃうんじゃないかな〜?」
「え、ほんとだ! みたいみたい!」
伯母さんが遥ちゃんの注目を僕からテレビに戻すと、彼女はきゃああ! とかわいい奇声を発しながらテレビの前に戻っていった。自分が何を言ったのかなんて、もう覚えていないだろう。
「ありがとうございます。僕が辛そうにしてたからですよね」
「違うよ。私が、青葉君と話したかったから」
「……」
ありがとうございますと、消え入るような声でもう一度言った。
そうは言っても実際、伯母さんは遥ちゃんの言葉に苦しさを覚えた僕を、助けてくれたんだろう。それに僕が気づいていることはわかっていて、その上であくまで自分のためだと言って。霧ちゃんといい伯母さんといい、なんでこうも僕の周りは優しいんだろう。
両親にも言えなかったことを、伯母さんになら話してもいいかなと思った。いや、話したいと思った。
「その、あんまり両親に聞かれたくない話なので小声で話すんですけど。好きな人が、いるんです。その人は僕と違う世界に住んでて、なのに僕を好きになってくれて。すごく、夢みたいな日々だったんです、ついこの前までは」
「そう言うってことは、変化が起きたってことかな?」
「はい。でもなんでなのかわからないんです。一緒に夏祭りも行ったし、その時もすごく優しくて、何か企んでるような素振りは全くなくて。でもある日……夏休みが終わってすぐぐらいだったと思うんですけど、急に会ってくれなくなっちゃって、連絡しても既読しかつけてくれなくて。そのまま時が過ぎて、学園祭の日に、奇跡的に少しだけ会うことができたんですけど、その時も様子が変で、会いに来てくれたのに避けられてるみたいな、そんな感じで。でそこからはもう、なんにもないんです。今どこにいるのかも、何をしてるのかも知らない。知りたいとは思うけど、でも自分にそんな資格ないよなって、諦めちゃってるんです。まあでもこんな性格してるから、向こうも愛想尽かしたのかもしれないんですけど……はは」
こんな話をしている自分が情けなくて、自己防衛として軽く笑う。伯母さんが少しも笑わず真剣な表情をしていたから、恥ずかしくなってすぐに辞めた。
「……辛かったんだね」
伯母さんはそう言って、背中を優しく撫でてくれた。
優しいけど少し力強い。いつもの感じだ。
「勝手に愛想尽かして、連絡もつかなくなって、それでも青葉君は好きでいつづけてるっていうのに」
(……ん?)
何だろう。少し、ほんの少し、違和感を感じた。たしかに連絡はつかないし、僕は好きという気持ちを持ち続けている。「愛想を尽かされたかも」も冗談として言った。
あ、そこだ。僕は冗談で言った。絶対にありえない訳ではないけど、でも可能性は低く見積もっていいんじゃないだろうかと、そう思ったから言った。自分で言うのと、他人に言われるのは違う。
自分で言えるのは、心の中でそうではないと信じているからだ。それに対して、他人からは事実として言われる。自分はそうではないと思っているのに、一方的にそうだと決定される。そんなの嫌だ。
「あの、たしかに自分でもそう言いましたけど、まだ向こうは僕のことを完全に嫌った訳じゃないと思うんです」
「元々住む世界が違うのに勝手に近づいてきて、こっちが嫌だ、辞めろって言っても構わず迫ってきて」
「あの、伯母さん。僕は嫌だとも辞めろとも言ってないです」
「きっと夏祭りも、強引に言ってきたからOKしたんだよね? 逆らったら何されるかわかんないから」
「伯母さん? 僕の声届いてます?」
「そんな人、別れて当然だと思う。向こうが青葉君を嫌いになったのと同じように、青葉君も嫌いになればいいよ」
「好きです!!!!」
気づけば声は出ていた。僕の大声と対照的に、居間は静寂に包まれた。全員が僕を見つめる。
「あ……すみません、大声出しちゃって。お構いなく」
急いで椅子から立ち上がりペコペコと浅い礼をすると、遥ちゃん達子どもはテレビに、女性陣はコーヒーを片手に旦那の愚痴に、男性陣は日々の苦労話に意識を戻した。
「そんな大きな声、出せるんだね」
伯母さんはテレビと、テレビに齧り付く子ども達をそっと見つめながら、微笑んで言う。
「その声の大きさが、その子への想いの強さ、ってことなんじゃないかな」
そう言い終わってから、僕の目を見た。先ほどの非情さが感じ取れない、夜の海のように静かで、穏やかな目だ。
「わ……わざと、だったんですか」
「ごめんね? 意地悪なこと言って。でもいつも霧香から話を聞いてて、あれぐらい嫌〜な感じを出さないと青葉君はしゃっきりしないのかな、って思ったの。もちろん相手さんのことを悪く思った訳じゃないし、青葉君のことを応援してる」
「伯母、さん」
「青葉君よりもだいぶ長生きしてる私から言わせてもらうと、恋愛って、あみだくじみたいなものだと思うの。選択肢は何本もあるし、しかも最初だけじゃない、途中にもたくさんある。時には回り道したり、逆にショートカットすることもできるけど、ゴールはどれも同じところにある。何をゴールとするかは青葉君次第だよ。でもきっと、ゴールには良いことばっかり書いてあると思う。今は相手さんとすれ違っちゃってるかもしれないけど、もしかしたらそれって、いい未来のために神様が与えた試練なのかもしれないよ?」
「試練、ですか。良いゴールのための」
「そう。少なくとも私はそう思ってるし、青葉君にもそう思ってほしい。それだけで人生って変わるから」
「……」
その言葉を聞いてどう感じたか、うまくは言い表せない。
でも例えるなら、それまで暗闇に包まれていて、光というものの存在すら疑いたくなるほどに暗かった洞窟に、太陽の光が降り注いだ感じ。久しぶりに光を肌で感じて、ああ、たしかに光って温かかったな、眩しかったなって懐かしくなるような、喜びとも哀しさとも違う、でもひたすらに泣きそうになってしまう、あの感覚。
ちょっとした相談のつもりだったのに、気づけば心はずいぶんと軽くなっていた。
「青葉君? 大丈夫?」
「はい。ただちょっと、考えてただけです。どうやって気持ちを伝えようかって」
「うん、良いね、その意気だよ。さっきも言ったけど、私は本当に青葉君のこと応援してるから。いつも霧香の暴走止めてくれてるし、この前の定期試験だって、青葉君のおかげで赤点一つも取らなかったんだから。あの子あんなに数学苦手なのに」
「せっかくしんみりしてるのにその話は余計なんじゃないんですか〜?」
ほんわかとした空気に割って入ってきた声の主は、ダイニングとキッチンを仕切っている大きな柱に寄りかかっていた。タプタプとスマホ上で親指を慌ただしく動かし、渋い顔をしている。
「うわ、霧ちゃん! いつの間に?」
「ずっと近くにいたよ。青葉が気づかなかっただけ」
「そんなに青葉君と喋りたいんなら話しかければよかったのに」
「は? そんなんじゃないよ、毎日嫌っていうほど会って喋ってるんだから」
「素直じゃないわね」
「だから違えってば」
「そ、そんな真剣な顔で何してるの、霧ちゃんは!?」
やけに刺々しい霧ちゃんの物言いがこれ以上悪化しないよう、咄嗟に話題を変えた。自分を間に挟まれた状態での言い合いというのは、どうも落ち着かない。
僕の質問を聞いた霧ちゃんは、なぜかニヤッという不敵な笑みを浮かべた。何かとてつもないことを企んでいそうだ。
「内緒。だけど青葉のためになること」
「何それ。怪しいこと? 危ないことに巻き込まれたりしない? ほんとに大丈夫なやつ?」
「だーーもう!! とにかく待てって意味だよ! いちいち心配しすぎなんだよ青葉は!」
「だって、」
「ごめんね、こう見えても青葉君に気遣ってるのよ」
この子家でもこんな感じだから、と伯母さんはため息を漏らした。
「それにしても、こんなオバちゃんになって恋愛の、しかも高校生の悩みなんて聞けることそうそうないから、私も学生に戻ったみたいで楽しかったわ。ありがとね青葉君、付き合ってくれて」
「いえ、お礼を言うのは僕の方です。伯母さんのおかげで気持ちの強さに気づけましたし、あとあみだくじの話も。絶対もう一度会って、想いを伝えます」
頑張ってね、と伯母さんは背中をさすってくれた。動作は一瞬だったけど、その温かさはいつまでも、背中に残り続けていた。
